探求者と格闘家、決める
その後、目を覚ましたアルティノを交え、王族三兄弟と昼食をとった。
料理は町で食べたものとあまり変わりなく、素材の旨味を生かしたような味付けの薄いものが多かった。肉や脂っこいもの、炭水化物も少なめである。
ただ、流石に町のものよりいい素材を使っているのは確かで、薄味でも十分に美味しかった。
そして帰りもわざわざ馬車で送ってもらい、2人は宿へと戻ったのであった。
「どうする?」
夕食を終えて部屋に戻り、暫く黙り込んだ後、サカサマが問う。
「……どうしたいっすか?」
「いや……まあ、会いに行ってもいいんだけどな。別に、殺される訳じゃないだろうし」
サカサマは他人にかなり寛容である。人がいい、とも言う。
なので会う事自体には抵抗がない。ただし、気分によっては何を仕掛けられるか分からないのが問題だ。
「私は嫌っすけどね」
「……いや、まあ、うん。付いてこなくてもいいけど」
ギルド内でも、三河とリノは特に好き嫌いが激しい。年齢的にまだ大人になりきれない所もあるのだろうが、2人とも好感度が露骨に現れるタイプである。
三河はエイリアンを苦手だという態度を崩さない。――ちなみに思い切り裏目に出て、エイリアンの方からは気に入られているようである。
「まあ、行くなら付いて行くっすけど……」
三河は渋々といった調子で言う。
右も左も分からない状況で、離れるべきではない。――三河の場合は尚更である。
「じゃ、明日行くか。……つーか、どこだっけ?」
「南西の森、と言ってたっすけど」
「南西……、また地図見に行くか。あと、方位磁石は」
「あるっすよ。一応」
アイテムボックスから方位磁石を取り出す。少し古いが、問題なく使用出来るものだ。
「……え、そんなんあったか?」
「ただの収集品っす。普通に使えるっすけど」
テーブルに方位磁石を置き、ベッドに腰掛けて一息吐いている三河を見ながら、サカサマは内心で思った。
――あっても迷うんだから意味ないよな、と。
ともあれ、2人はエイリアンに会いに行く事を決めたのであった。
◆
ラドウィルは、先に席についていた兄と弟に軽く頭を下げて椅子に座った。
「遅かったな、ラディ」
「……少し、ね。“虫”の調整をしてたから」
はぁ、と小さく溜息を吐く。
気の乗らない仕事だった。いや、今に限らず、マズディルからの依頼はいつでも胸糞悪いと彼は思う。
――虫とは、魔法で作られたごく小さな通信機である。もっとも今日使ったものは通信機というよりは、盗聴器だが。
「気が進まないか」
「俺は、マズとは違うよ」
実は、この兄弟はほとんど年は変わらない。アルティノとラドウィルが2歳違いで、マズディルはその1つ下である。ただ、ハイエルフの成長はそもそも遅い上に、力が強ければ強いほど更に遅くなるので、これほど見かけに差が出ている。
エルフにとって数歳の差は誤差のようなものなので、上下関係は無きに等しい。なので他人の前でならまた別だが、3人しか居ない場ではみな愛称で呼び合っている。
「……まったく、どの口で友達になれなんて言えるんだか」
「友達でも、危険なものは危険だ。何かあってからでは遅いからな」
マズディルは、それが普通の事だと思っている。――友情を持つ相手であろうと、国のためにならないと判断すればすぐさま切り捨てられるし、誰かを深く信頼することは永遠にないのだろう。
どちらかというと祖母に育てられた上の2人と、両親によって養育されたマズディルの、もっとも大きな差がこれであった。
彼が信用しているのは、たった3人の身内だけであり、他のものが裏切らない保証などどこにもない、と思っている。
「彼らは悪人じゃないよ。ね、アリー」
「そうだな。強かった」
「強いと悪いは別問題じゃないか?」
噛み合わない会話に、ラドウィルは溜息を吐く。
昔から――彼にとっては、兄も弟もまるで別の生き物のようだった。兄弟として愛してはいるが、理解できる日は来ないと諦めてもいた。
そしてラドウィル自身もまた、2人には理解されていない。けれど、それは自分がまだ“普通”であることの表れだと彼は思っていた。
祖父母が改革を推し進めた時、当然ながら特権階級であった貴族たちの反発は大きかった。そして残念なことに、両親――王太子夫妻もまた民主化を拒む側だった。
どうにか説得しようとはしたが、芳しくはなく、王太子夫妻はいよいよ離宮に追いやられ、兄弟のうちアルティノとラドウィルは祖父母の元で育てられる事になった。
そして数年後、王が死ぬ。
表向き病死とされてはいるが、明らかに不自然な所はあった。しかし祖母はそれでも王太子夫妻を、自分の子供を疑いはしなかった。
しかしその信頼は、早々と裏切られる事になる。
反乱を企てている動かぬ証拠を持ち込んだのは、マズディルだった。
伸び伸びと育てられた2人の兄とは違い、マズディルは両親によって“王”としての心得を叩きこまれ、幼いながらに頭脳面では大人顔負けであった。
彼は彼の思想に基づき、国のことを考えた上で、自らの両親を裏切ったのだ。
そして――王妃レレイシアの最後の仕事は、貴族たちと、己の子供の処刑となった。
まだ幼かったというのに、父母の死に泣いたのは、ラドウィルだけだった。
兄も、弟も、人の死を――肉親の死を、なんとも思っていないように見えた。
その時、幼いながらにラドウィルは悟った。一生、この2人を理解できはしない、と。
――食事を取っていたラドウィルは、ぱちんと何か弾けるような音を聞いた。
何事もなかったかのように食事を続けるが、内心、その音の正体に気づいてほくそ笑む。
(流石だな)
それはポケットに入れていた受信機が、異常を伝えるサインだ。
“虫”もまた、貸本の魔法のように高すぎる魔力には耐え切れなかったらしい。
ラドウィルが城に彼らを連れてきたのは、会ってみたいという兄弟たちの要望を聞いてのことだ。まだ様子見だと思っていたし、まさかあのタイミングで、協力を求めるとは思っていなかった。
ダークエルフを始め、黒妖精が増えている事は確かであるが。襲撃というのは噂でしかない。寄り集まったことがないというのも、大まかな種族ごとにばらけていただけだ。
そもそも、普通の妖精種も本来は種族ごとに里を作るものであって、この都市が異常なだけなのである。
「あの時は断られたが、恐らく彼らは黒妖精たちの元へ行くだろう」
茶を飲みながら、マズディルがそう言った。
「……どうして?」
「彼らは白髪赤目のハイエルフを恐れてはいたが、嫌ってはいなかった。旧友に会いにいくのは不自然ではない」
「まあ、そうだけど……」
祖母に聞いた話では、嘘か真か――彼らは1000年もの月日、人里に下りていない。その状態で、かつての知人がいると聞けば、まず間違いなく会いに行くだろう。
尤も、祖母自身も本気でそれを信じている訳ではなく、ただ深入りしていないだけだが。
「吉と出るか、凶と出るか……まあ、凶と出たならば、アリーの出番だが」
「マジか? よし、縁起悪そうな事一通りやってくるわ」
「やめてよね」
ラドウィルが、べし、と後頭部を叩く。
――まったく堪えてはいなそうだった。
……お、お久しぶりです!2月はさぼってすいません。
とりあえず、あと数話で戻りたいと思います。
ラドウィルは身内に甘い。
ところで私はよくラドウィルの名前を間違えます。うっかりラズウェルとかラズウィルとか……うーん。
……うっかりミスしている事もあると思うので、もし気づいたらお知らせください。




