狼人間と遊び人
ひとまず無法者は再び眠らせ、男衆が自警団の建物に運んで行った。リノは助けたもののどうしようか、と逃げるタイミングを窺っていた。
どうやらコボルト達は旅をしながら商売をしている集団らしい。しかし今回はこの街に賊が蔓延っている事を風の噂で聞き、離れた場所でテントを張って立ち往生している所を襲われたそうだ。
「しかしあれ、でっかいテントだね。建てるのにどれくらいかかるの?」
「皆でやればそんなに掛かりませんよ。5、6時間程ですかね」
長の息子だという青年、ウハルとのんびりとお茶をしながら待つ。かれこれ数十分も経っていたが、なんだかんだで会話を引き伸ばす手腕は確かに商人に向いた感じで、リノも若干感心していた。感心はするがそろそろ逃げたい。
「おや、どうやら街の方々に話が伝わったようですね」
「へぇー。僕はそろそろお暇した「この後食事を用意しておりますので是非ともご一緒していただけますか?」……うん」
畳み掛けるように言い、にっこりと犬顔が笑う。どうやらコボルトにも人種のようなものがあるらしく、ウハルはなんとなくサモエドに似ていた。白い毛に笑い顔がまさにサモエドスマイル。本当に商人向きだな、とリノは力なく頭を垂れた。
数十分後、リノは半泣きで会場内を逃げ惑っていた。ここですよ、と連れてこられた宿の一階の食事所には、予想よりかなり多い人々が揃っていた。子供達には好奇心バリバリで追い回され、大人たちには涙ながらにお礼を言われ、子供が苦手で賞賛と感謝を向けられるのも苦手なリノは食事もそこそこに逃げ回っているのである。
「待てーーっ!!」
「虎出せっ! とらーーっ!」
「出さないからっ! 来るなーーっ! 寝かすぞ!」
最初は半信半疑だったらしいが、謎の技術を使うリノを見ると疑いも無くなったようだ。リノは特殊技能まで使って逃げ周り、ついには街の方に飛び出――そうとして誰かにぶつかった。
「うわっふ!」
「ん?」
逞しい体躯の男である。見上げれば顔は銀色の狼頭で、しかし袖から出た手は人間なので狼人族だろう。獰猛な顔は怪訝そうにリノを見下ろしている。
しかしリノにはどうでもいい事だった。「もうっ!」と叫ぶなり何故か狼男の両足の間をすり抜けて外に駆け出し、それを子供達が追い、後ろであまりのダイナミックな逃走法に人々が大笑いし始めた。
両足を門扱いされた男は怪訝そうな顔で後ろを振り向きつつ、入り口付近に居た知人に問う。
「何だ今の?」
「やー、ヴィックル。遅かったな、あの嬢ちゃんが皆捕まえちまったよ」
「……はあ?」
ヴィックルは昔この街で暮らしていていた者で、今は王都で騎士をしている。風の噂でこの街の危機を知り、休暇をもぎ取って駆けつけてきた。しかし戻って来たものの街は平常どおりで、人々は何故か宿に集まって宴会中だという。
そして宿に来たら今の展開だ。
全く訳が分からない。
「……どなたか引き取ってくれるかな、ガキどもを」
なんとなく宴会に加わってヴィックルが酒を飲みつつ話を聞いていると、入り口に子供を引っ付けたリノが戻ってきた。3人の子供は揃って熟睡しており、1人は首に巻きついて眠り、残りは小脇に抱えられている。
何とも微笑ましげな視線が集中して「あああかゆい! かゆいからその目!」と再び悶絶し始める。ヴィックルは別の点を抜け目なく観察していた。――あれだけ走り、子供を抱えて戻ってきても全く息切れや疲労が見えない。
「おや、さっきの狼人族。ぶつかって申し訳ないね」
「いや、構わん。それより少し話を聞かせてほしいんだが」
「いいよ。冒険者の人なら、僕も得るものがありそうだし」
カーンとバトル開始のゴングが鳴ったような気がする。にんまりとリノは微笑み、情報を搾り取るだけ搾り取ろう、そして逃げようと覚悟を決める。ヴィックルもまた、リノを見極めようとに獰猛な笑みを浮かべた。
「賊どもを眠らせたと聞いたんだが、《睡魔》の魔法か?」
「いや、僕のはちょっと特殊でね。このあたりじゃ無いのかな、呪歌みたいなのは」
「噂で聞いた事はあるがな。見せてもらえるか」
「構わないよ。じゃあ、一曲」
アイテムボックスからリュートを取り出す。それだけで周囲が驚くが、意に介さずに足を組み、ついでに演奏補助スキルを発動する。これは音を重ねて効果を上げるという物で、テーブルの上にアコーディオンとフルートを持った掌大の小人が現れ、更にざわめきが増した。
期待が最高潮に高まったところを狙うように手を動かし、演奏を始める。――《琵琶法師の応援歌》というふざけた曲名だが、その効果は絶大だ。
全て演奏すると5分もかかるので使いづらいのだが、HPMP持続回復、ステータス全上昇、取得経験地10%UPにアイテムドロップ率50%UP、更には敵対する相手へのステータス低下とランダム状態異常付与。盛りだくさんだが、その分MP消費が大きい。
ざわめきは消え、ただ皆が息を呑む。なんとなく活力が溢れ、何でもできるような気分になっていくうちに曲が最後の1音を奏で、リノの「じゃ、そういう事で」という言葉に我に返る。そのまま逃走を開始しようとしたのでヴィックルは腕を掴んで引きとめた。
「何だい?」
「話を聞かせてくれると言っただろう」
「この様子で?」
にやりと笑うと共に、周りから万雷の拍手が降り注いだ。これが狙いか、とヴィックルも口元を歪める。
「なら明日聞かせろ」
「ふーん」
にやりと笑うリノだが、いつまでも腕を掴んで笑い合う(ただし笑いの種類がダークサイド)2人を見て、いい雰囲気だと散々からかわれ、ついにキレて全員眠らせたのは余談である。
◆
そのまま宿にタダで泊めてもらった後、食堂の端にバリケードを作成してヴィックルを待ち構えた。その顔は何故か疲弊している。
昨日は吟遊詩人のクラスを使用していたのだが、昨夜の内にクラスチェンジをした。結果、ゲーム内と同じエフェクトが出て「人前でやらなくて良かった……」と心底思った。
至高人限定のエフェクトは大量にあるが、クラスチェンジ時のものはこういったものである。
体が発光し、足元に魔法陣が現れてぐるぐると回転し、軽く体が浮遊する。更に光球のついた神々しい輪が体の周りを回転する。例えるなら置物のモビールのように。
更にトランプが魔法陣の四方のスートから飛び出してそれぞれリノの胸に吸い込まれていき、最後のジョーカーが一際輝いて胸に吸い込まれると共に体が派手に発光する。
そしてふわりと地面に降り立ったリノは、最上位クラスの遊戯人用に設定しておいた装備に切り替わり、手に大鎌(ネタ武器)を持って――見事に地面に肘と膝を付け、いわゆるOTLの体制を取った。
その後床に拳を叩き付けながら叫んだ言葉を、改めて繰り返しす。
「……魔法少女かっ!」
「は? ……というか何だこれは」
「朝から絡まれたから」
四方を巨大トランプの壁で覆った部屋の一面を開き、ヴィックルが現れる。リノはぶつぶつと呟きながら朝食のパンを噛み千切った。
午前10時。色々と涙目だったリノは思い切り眠りこけ、こんな時間にやっと朝食を取っている。……本当は8時に起きたのだが子供の襲撃を受けて2時間もロスした。
どうやらレータに話を聞いたらしく、やたらハンシンを見たがるのである。これは後で締めなければな、とリノは心に決めた。
「で、何だい? 話?」
「ああ。――昨日の演奏だ。あれは原初魔法か?」
「オリジン? ごめん、僕かなり世間知らずなんだ。多分千年前で頭が止まってるから、専門用語は説明を添えて使って」
ひらりと手を振って照れ隠しにオムレツにスプーンを突き刺す。ヴィックルは向かい側の椅子に座ると、既に用意されていた紅茶に口を付けた。
「……千年前?」
「何だか分からないけど、超長い昼寝でもしていたみたいで」
突拍子もない話に、ヴィックルは眉を顰める。リノは既に彼のステータスを分析で見ており、こいつならバラしていいや、と思っていた。
「というか、君も千年前の人じゃないか」
「……。何でだ?」
「分析で。しっかしまあ、ペットが一人歩きか」
時代の流れってすごいね、と笑う。ヴィックルのステータスには、狼人族の剣騎士、レベル682――そして一般市民でも冒険者でも無法者でもなく、ペットの身分であると書かれていた。
狼男ではなく狼人間と書かれているため、モンスターではなく元無法者だろうと予想が付いたが、そこは突っ込まずにおく。
「何のことだ」
「しらばっくれないでよ。しかも師匠のペットだし」
「師匠?」
「イロハ師匠だけど」
――至高人の1人、イロハ・ニホヘト。魔術師のソロプレイヤーで、彼こそが1人目に至高人になった男である。
装備をぎっちりと体力・耐久で固めた竜人族にして、前衛特攻型魔術師の彼は敬意と畏怖を込めて「師匠」と呼ばれていた。
ヴィックルはその名前を聞くと、驚愕したように目を見開く。毛を逆立てて牙を剥き、怒鳴るように言った。
「イロハ様を知っているのかっ!!」
「既知だけど。居場所は知らないよ」
食い下がるヴィックルを宥め、ひとまず千年前や今までに起こった事を説明させた。
かつての時代は、今では古レイステイル文明と呼ばれているらしい。当時のアイテムの多くは古代遺物として高値で取引され、また研究の対象にもなっている。
当時の冒険者達は千年前に姿を消し、ペット達には契約と忠誠心が残った。無論そのうち老衰で死ぬペットも出たが、今までどおり元の姿で亜空間に戻るだけだったらしい。
ヴィックルは千年前イロハと一緒に居たのだが、唐突に主の姿が掻き消えて跡形も無くなり、そのままイロハの拠点で数百年暮らしたそうだ。
その拠点がこの街付近にある、と聞いてリノが目を見開いた。
「……って事はここ、アーティアレスト!? あれ、王都は?」
「冒険者が消えた後、モンスターを押さえきれなくなって王都は移転した。イロハ様の拠点は守ったが、当時の王都は1度更地になった」
「いや、国も守ってよ!」
「反省はしている。レイクルに叱られて、仕方なく騎士団に入ったんだが」
「レイクルって?」
「同僚だ」
アーティアレスト王国はスタート地点の神殿もある大国、だった。
どうやら今は三つに分裂し、神殿のある東側がアーティアレスト王国、内陸の南側がアーティア共和国、北側にティア・ニール帝国、となっているらしい。外側の国を取り込んでいるので結構大きい国になっているそうだ。
「あと、クラスとかどうなってるの?」
「習得は実質出来なくなった。偶然に条件をクリアして習得する者も稀に居るようだが、気づかないらしい。……あとは、クラスを持って生まれてくる子供が500年くらい前から生まれ始めたな」
「それはまた、……何か、びっくりなんだけど」
「ああ。正直、聞いた瞬間から数時間は口が閉まらなくなった」
「……え、まさか先天的大魔術士とか居ちゃうの?」
ヴィックルが無言で顔を横に逸らす。リノはごくりと唾を飲み込み、思い切りフォークをトマトに突き刺した。――そして重々しい声が述べる。
「いる」
「ころす」
「……イロハ様のクエストは見たし、俺も理不尽すぎるとは思ったんだが」
リノは遊戯人習得クエストを思い出すと、頭痛がする。
まず一段階目からしてぶっ飛んでいる。内容ではなく、数が。
殺人鬼をソロで10000匹狩れ。100か1000の間違いではないかと画面を睨んだリノは正常だ。しかも殺人鬼は格下ながら攻撃力が高く、紙防御のリノにはキツいものがある。一撃で5~10%もHPが削れるのだからやっていられない。
それでもなんとか知り合いにパーティを組まなくていいタイプの支援スキルを掛けてもらい、ひたすら頑張った。一応これはまだ、時間さえ掛ければクリアできるので良心的な方だ。しかし今でも殺人鬼の笑い声がトラウマ気味である。
勿論それだけでは終わらない。
次は道化王をソロで100回討伐。道化王はダンジョンボスで、レベルは850。正直ギリギリだ。しかも1回ごとにダンジョンに潜らなければならないし、入場制限のせいで最初から最後までソロでなければいけない。本気でクラス伝授者を殺したくなった。
その後はレアアイテムを100個やらNPC50人に話をしてこいやら無法者を50人討伐しろやらと地味に胃と頭と精神に来るクエストを繰り返し。
ようやく手に入れた最上位クラスなのである。
他のジョブも似たりよったりで、格闘王なら“PvP(対人戦)で100戦勝ち抜け”やら守護神の“戦闘中に30回以上HPを5%まで減らして生還しろ”やら探検王の“各地に100箇所隠した地点を探せ”、とそんな感じである。
「腹立つ……! あ、という事は僕のホームは残ってるのかな?」
「至高人クラスの拠点は古代遺産扱いだな。丈夫に作ってあるなら残っているだろう」
「それは製作者冥利に尽きるね。ダンジョンは? うちのギルドわんさか作ってたけど」
「……各地に残っているが……ん? お前、まさか」
「あ、そういや自己紹介がまだだったね。【アルテマ】のリノだよ」
ぐあ、と大きな口が開き、ヴィックルは唖然とした。
ゲーム内でも変装してバラしたりするとこの反応だったな、とリノは若干懐かしく思った。




