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探求者とエセエルフ(兄)








 結局、少し店を冷やかしたりしつつ宿に戻り、翌日また貸本屋を訪れた。

 ――そこには既にラドウィルが待ち構えており、あれよあれよという間に店から連れだされた。



「で、何すか、これ」

「おれんち」

「城だよ!!」


 サカサマが思い切り頭を抱えてしゃがみこんだ。

 三河は金持ちのお嬢様なのでさほど驚いてもいない。本物の城は勿論だが、電脳学園で建築を学ぶ生徒たちがしょっちゅう城を作って遊んでいるので、見飽きてすらいる。


「ま、入って入って」

「門からどんだけあるんだよ、玄関……」

「やだな、歩く訳無いじゃん」

「このボンボン!」

「え、普通じゃないすか」

「こっちもだった!」

「あ、冗談っす。うち、マンションなんで」


 なんだよ、とサカサマが頬を膨らませる。

 マンションはマンションでも、東京を一望できる超高層ビルの最上階ワンフロアと屋上を独占しており、ヘリポートと専用エレベーターまであるとは言わないでおいた。


 衛兵らしき者によって門が開かれ、その先に待っていたのは馬車である。

 サカサマは「いやいやいやいや」と言いながら現実逃避するように首を振るが、さっさと乗り込んでいったラドウィルと三河が彼を急かす。


「今更怖気づいてるんすか?」

「えー、さっちゃんチキン?」

「誰がさっちゃんだよ! ビビってねーし!」


 漸く乗り込んだサカサマだが、暫くそわそわしていた事は言うまでもない。



 馬車で10分ほど進み、漸く入り口まで辿り着いた。

 重そうな扉が開ききる前にラドウィルが入っていったので、その後に付いていく。


 外から見た印象はまさしく“シンデレラ城”で、中もまた似たような印象だ。

 間違いなく戦闘には向かないが、とにかく中も外も綺麗で、下品な派手さもない。

 世の成金には見習ってほしい程だ、と三河は思った。


「こっちこっち」


 案内され、連れて行かれたのは少し広めの部屋である。

 テーブルと、椅子が三脚。絨毯も敷かれておらず、家具はない。


「魔法、教えてあげるよ」

「別に要らないんすけど」

「でも、不便だよ。せめて魔力が流れないようにするくらい、出来るようになってって。――俺の仕事増えちゃうし」

「それが本音か」


 相変わらずの笑顔のまま、さあ、とはぐらかす。


「じゃ、始めようか。これ持って」


 透明の、下敷きのようなシートを渡される。

 受け取ると、触れた部分を中心にサーモグラフィーのように色が変わった。


「色ついてる所が、魔力を感知してる。赤に近い方が強くて、青が一番弱いよ」

「なるほど……あれ? 意外と出てねーな、俺」


 ぺたんと手を乗せて裏側から見てみるが、サカサマの手からは黄から緑程度の魔力しか放出されていないらしい。

 逆に、三河のものは手を中心に広い範囲が真っ赤に染まっている。


「……一応、超闘士サイキッカーのスキルがあるからじゃないすか」

「あ、そっか。気功系の技もあるしな」

「でもまだ及第点でしかないよ、それじゃ。多分本触ったら壊れるね――じゃ、練習始めようか。っていっても、要は瞑想なんだけど」


 魔力を感じる、というのがまず難しいのだ。それこそ、血流を知覚するようなものである。

 しかしこの時代、魔法を学ぶのは魔力を意識することから始める。一定以上の魔力がなければまず無理であるため、これは魔法使いになるための最低ラインでもあるのだ。


「座って楽にしてもいいし、立ったままでもいいけど、とにかく魔力を感じる練習ね。まあ感覚が人それぞれだから説明しにくいんだけど、フワーッと何かあるような感じだよ」

「……んな無茶な」

「でも、出来る時は子供でも出来るんだから、出来るってー」

「そうっすか……まあ、やるだけやってみますかね」


 正直言って、スキル以外の事が出来るようになるとは思えない。

 しかし2人とも、興味はある。

 三河は、スキルという形ではなく、この時代に作り上げられた魔法という技術に、――サカサマは純粋に魔法そのものに興味がある。


「じゃ、お茶でも持ってくるー」


 ラドウィルがそう言って部屋から消える。

 三河とサカサマは顔を見合わせたが、ひとまずは言われた通り瞑想してみる事にした。



 暫く瞑想してみると、これはこれで悪くない、と三河は思い始めた。

 隣ではとっくに眠りこけたサカサマが椅子から落ちかけているものの、三河の意識はむしろ冴え渡っている。

 纏った服の感触や、サカサマの寝息、壁の向こうの生活音。五感が鋭くなり、朧げながら体を巡っているものが分かりかけた――その時だ。


 どくんと鼓動が跳ね上がるような感触と共に、体が勝手に反応した。


「ぬおっ」


 ガキン、と金属同士がぶつかる音がした。

 ――袖の中の隠しナイフが受け止めたのは、どうやら金属製の手甲のようなものらしい。すぐに引いていった手の先には、三河が感じた重さとは裏腹に細い腕が繋がっている。


 互いにばっと後ろへ下がり、三河は相手の姿を見た。


「――兄か何かっすか」

「おう、よく分かったな」


 好戦的な笑みを浮かべた男は、ツナギの上半身部分を脱いで袖を腰で結び、白いランニングシャツを纏っている。弟と同じく、城にはまったく似合わない服装だ。

 ただし長い金髪は弟とは違い、下ろしてある。体つきはいかにもエルフといった感じで肉付きは薄く、筋肉もあるようには見えない。


「ま、そんな事より」


 だが、体格と力が比例しない事は、自分やサカサマを見れば分かる。

 ヒュッと空を切る音がしたかと思うと、一瞬後にはその姿は三河の背後にあった。

 しかし三河はあっさりとその動きを捉え、スカートの布を蹴りあげて太腿にセットしてあったナイフを外し、攻撃を受け止める。


「――強そうな美女が居るとあっちゃ、戦うしかねえだろ」

「迷惑な人種っすね」


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、今度は三河が攻撃を仕掛けた。

 容赦なく大振りなナイフを突き出すが、その先端は手甲に少しめり込んで止まった。

 引きぬく手間をも惜しみ、あっさりとナイフを手放す。


「……にしても、この服、隠し場所が多くて助かりますね」


 またスカートを蹴り上げ、新しいナイフを取る。なんとなく落ち着くので、幾つも武器を隠してあるのだ。


「おいおい、はしたないだろ」

「私より強くなってから言ってください」


 すっと体制を低くし、真正面から懐に潜り込む。

 先程までとは比べ物にならないスピードは、残像すら残さなかった。


「ぐ、っ――!」


 次の瞬間、ナイフの柄が鳩尾に打ち込まれ、抱き合うような姿勢のまま男が体をくの字に折った。

 駄目押しとばかりに背中側に回ると、首筋を叩く。


 意識を失った体が、椅子を巻き込んで床に落ちていった。


「……うおっ、何!?」

「ラドウィルの兄らしいっす。……まあ、襲撃?」


 その時丁度、お盆を片手にラドウィルが戻ってきた。


「たっだいまー……って、うわ、何? 兄ちゃんボロ負け? わー、びっくり」

「……まさか」

「え? いやいやいや。あ、お茶持ってきたよー」


 三河は今度こそ、露骨に嫌そうな顔をした。

 しかしラドウィルは何事もなかったかのように笑っており、手応えはない。あくまで邪気の感じられない表情に、無意識のうちに許しそうになってしまう。

 面倒な相手だ、と三河は思った。


「え、何? 何?」


 そして、何も分かっていない様子で首をかしげるサカサマに、三河だけでなくラドウィルも生暖かい視線を向けるのであった。






たぶん年内ラスト更新……って年越しちゃったすいません。


名前の出てないエルフ兄は、脳筋タイプです。

お前エルフじゃないだろってタイプ。

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