探求者とエセエルフ
――実は山に篭っていて、1000年ほどの常識が欠けているんです。
という滅茶苦茶な説明を信じてもらえるあたりが、妖精種のすごい所である。尤も、三河の方はそうもいかないので、そのサカサマに拾われて一緒に出てきた事にした。
無理はあるが、レレイは納得してくれたようである。
ひとまず話は後にして、本屋ギルドの者を待つ事にした。
「ばあちゃん、来たよー」
「ああ、お前かい」
暫くしてやって来たのは、ツナギのような緑の作業着を着た、エルフらしき美青年である。
さらさらの金髪をダッカールクリップで纏めており、垂れ気味の目は透き通った緑だ。片手はポケットに、もう片方の手はバッグに突っ込んでいる。
「じゃ、修理するけど、壊れたってヤツ見せてくれる?」
「いいけどね、お客さんも居るんだからきちっとした格好しなさい、きちっと」
「えー、王宮でも怒られた事ないよ」
「……ああ、こいつはね、私の3番目の孫だよ。こう見えて頭は孫の中でも一番いい筈さ」
「ばあちゃん、遠まわしに俺の事バカにしてないー?」
色んな意味で驚かされていたサカサマと三河は、同時に似たような愛想笑いを浮かべた。
実に日本人らしい反応である。
「えっと、お客さん? 見ない顔だね。俺、ラドウィル。ラディって呼んでね」
にこにことしながら自己紹介するラドウィルは、この殺伐とした世界に生まれ育ったとは思えないような人懐っこい雰囲気がある。
危機感を持ち続けるには、この街が平和すぎるのかもしれないが。
「初めて来たからな。俺、サカサマっていうんだ」
「……三河です」
「この店をよろしくね。あと――」
へらりと笑って、ラドウィルはすっと目を細めた。
「ばあちゃんになんかしたら、怖いよ?」
力としては圧倒的に三河たちの方が上である筈なのだが、薄ら寒いものを感じる。
何かする予定もなければメリットもないので、2人は頷いた。
「そ、よかった。そんじゃ、見るから――紐外したらはじけたんだっけ?」
「ええ」
胸ポケットに引っ掛けていた眼鏡を掛け、広げた地図の裏側を見る。
何が見えているのかは分からないが、ほんの数秒でラドウィルは顔を上げた。
「……なんだ、強い魔力が一気に流れて、一時的におかしくなってるだけだ。すぐ直せる、けど」
疑うような目で、ラドウィルが三河の目をじっと見た。
「どうしてそれだけ強い魔力の持ち主が、魔力の扱いを知らないの?」
貸出用の魔法は、借りた人間の魔力を僅かに取り込んで店側に送信し、誰が所持しているのか分かるようになっている。
本来は触れた場所から僅かに取り込むものだが、魔力を扱う、という事自体まったく意識していなかった三河は、思いがけず大量の魔力を注いでしまっていたらしい。
三河は物理攻撃職である探求者で、魔力量は仲間に比べればさほど高くはない。
それでもレベルがレベルなので、一番低い魔力のステータスでも、それなりの値にはなる。
しかし、“設定上”きちんと魔力を操っている魔術師や神官でもなければ、魔力の扱いなど身に付いている筈がないのだ。
「……私は魔法なんか使えませんので」
三河は暫く考えてから、溜息混じりに答えた。
探求者は盗賊とやや似ているが、前者は遠隔距離からの攻撃を、後者は中距離から近接での戦闘を得意としている。
実を言うと、この2つの職はスキルのほとんどを物理攻撃が占めているため、最も魔法から遠いジョブなのである。
意外なことに、完全な物理攻撃職に見える戦士や格闘家は、いわゆる魔法戦士のようなクラスがあるため魔法系スキルはそれなりにある。
「えー? 嘘だあ」
「本当っす」
「……うーん、本当っぽい……えー、もったいないなあ。今度教えてあげるから、うちにおいでよ。2人とも」
作業しつつ、ちらりと三河の目を見て残念そうな顔をする。
万年筆のようなもので何か書いているのだが、線は少しも見えない。
「あんたたち、この子の家に行くときは注意しなさいね」
「何でだ?」
「家族“以外”に、面倒が多いからだよ」
「立地とか?」
「はは、それもあるねえ。あたしゃ、もうあそこには戻りたくないよ」
レレイがそう言って笑うと、ラドウィルが頬を膨らませて「そんな事言わないでよー」と拗ねる。
随分とお婆ちゃんっ子のようだ。
「はい、これで終わり。……あ、でも、また触ったら意味がないんだよね。ひとまず、この手袋して読んで。明日の朝8時にまた来るから、その時に返してねー。じゃ、また」
薄手の手袋を三河にぽいと投げて、ラドウィルは眼鏡を外して立ち上がり、止める間もなく去っていった。
強引に約束を取り付けていった事に気づいたのは、その一瞬後である。
「やられたねえ。昔からそうなんだよ、あの子は。言い逃げのプロだよ」
「はあ……」
「ま、明日もおいで」
お茶と菓子くらい用意してやるから、とレレイが笑う。
孫と遊んでやってね、というごく一般的な祖母の言葉だが、残念な事に息子は子供ではない。
呆れたように笑って、三河とサカサマはそれを了承した。
◆
何冊か本を借りて、ひとまず宿に向かってのんびりと戻ることにした。
「……地図を見た所、大陸の大まかな形は変わってないみたいっす。ただ、流石に国とかは入れ替わってますが」
「そりゃ、1000年もすりゃな」
「それで、これからの方針ですが――とりあえず仲間を探しましょう。私達に起きた事が、ギルドメンバーに起きていないとは言い切れないっすから」
「だな」
丁度おやつの時間帯なので、飲み物と、おすすめのスイーツをいくつか頼む。
どうやら妖精種は甘ったるいものはあまり好まないらしく、爽やかなジュレや果物をたっぷり使ったものが多い。
「この街に居れば楽ですが、多分、それは無いでしょうね」
「なんでだ?」
「一番近かった私達すら、それなりに離れた場所だったんで」
――本当に分かってるんだろうか、方向音痴なのに。
サカサマはちらりとそう思ったが、突っ込まない事にした。
斜め上エルフ。
ダッカールクリップって美容師が大量に各ポケットに付けてるあれです。




