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探求者と貸本屋

2話連続投稿です。






 翌朝、性別が全く逆の姿で出てきた2人に、宿の主人が仰天した。

 昨日は貴族とその奴隷に見えたが、今日は貴族の令嬢とその若い従者、くらいには見える。

 主人には“いつもは舐められないように男装している”、“髪は戦いで焼けたから切った、服もその時に焼けた”――と、でっち上げの説明をしたものの、他の客たちから視線が突き刺さる。


「……」


 が、無言で三河が睨みつけると一斉に顔を逸らした。

 威圧感のある容姿と、凄まじいレベル差による本能的な恐怖のためだろう。


「まあまあ」


 不機嫌な三河と対照的に、サカサマは上機嫌である。

 ベリーショートに整えた髪と、古着とはいえ新しい服。元々、買い物に出て服を選んだりするのは好きだし、新しい服を着た日は気分もいい。尤もセンスは三河と五十歩百歩なので、人に選んでもらう事が多いが。


「……今日、どうします」

「とりあえず買うもんは買ったし、情報集めか?」

「そっすね」


 そっけなく言い、食後のお茶を飲む。紅茶にも似ているが、妙に香ばしく、ほのかにナッツのような香りがするお茶だ。この都でよく飲まれるものらしい。

 普段はコーヒーしか飲まない三河も、気に入ったらしくおかわりを要求している。


 ともあれ、今日も2人は町へ繰り出す事にした。







「とりあえず、地図を見たいっすね」


 と言った三河に、宿の店主が親切にも地図に幾つかの目印を書き加えてくれた。

 ――そして、宿から出るなり逆方向に歩き始めたので、サカサマは色々と諦めて手を繋いで歩く事にし、数分。


 恐らく三河を1人で放っていれば数時間は掛かっただろうな、と思いつつ貸本屋の扉を開き、中に入った。


「いらっしゃい」


 他の国では別だが、精霊の都では比較的簡単に地図を見ることが出来る。依頼仲介施設――ギルドにもあるし、貸本屋や本屋にも地図がある。

 ただし、全ての地図に特殊な処理が施されており、許可なく外に持ち出したり、複製しようとしたりすれば一瞬で燃えて消え、通報が入る。


「地図はあります?」

「地図ね、ええと、都だけの物かい? それとも、大陸地図か」

「どちらもお願いします」

「はいよ。見ていくかい、それとも借りるか」

「見るだけでいいです」


 耳の長い老婆が、よいしょ、と後ろを向く。年季の入った引き戸を開けて、取り出したのは厚紙を畳んだような形の地図らしきものである。

 合わせた端の中心に穴が開けられ、紐で結ばれている。


「そこの椅子を使っていいよ。外に持ち出しちゃ駄目だからね」


 古ぼけた張り紙に、貸出料が書かれている。また、一度に1人が借りられるのは4冊までのようだ。

 そして、店の中で読むだけならタダである。


「さて、都は後回しにして、とりあえず大陸からっすね」


 そう言って、紐をしゅるりと解く。

 ――その瞬間、ぱちんと泡が弾けるような音がして、きらきらと光が舞った。


「おわっ、何だ」


 持っていた風船が破裂した時のように、三河はびくっと一瞬固まった。

 眠たげに帳簿を眺めていた老婆も、弾かれたように顔を上げた。


「あれ、まあ……どうしたことかのう」


 腰をとんとんと叩きながら立ち上がろうとするので、三河が地図を手にカウンターに戻った。

 老婆はじっと紐を見つめ、灰色の瞳を零れ落ちんばかりに見開かせている。驚いている訳ではなく、単純に既に目が弱っているからだろう。


「……ふむ、ふむ」

「こ、壊れてないですか」


 店のものを壊したことなど生まれてこの方、無い。というか、商品に触れるように置いてある店に行った事がそもそも数えるほどしか無いので、心なし怯えている。

 サカサマは「大丈夫かねー」と呑気な調子である。彼は正反対に、万引きした友人を引き摺ってコンビニで土下座した事もあるので、そのあたり肝が据わっているのだ。謝罪慣れしているとも言う。


「うーむ」


 難しげな顔をした老婆に、三河がいよいよ心配げな顔になる。

 一方のサカサマは、なるほどこんな弱点が、と面白そうな顔をしていた。


「まっっったく分かんないねえ」


 ――そして老婆の一言に、思わず旧時代のコントのようにずっこけそうになった。



 貸し出し用の魔法を提供している本屋ギルドに連絡して、数十分。

 申し訳なさそうに縮こまる三河とのんびり謝るサカサマに、老婆はお茶を振るまってくれた。


「こう見えて、気配には敏いからねえ。変な事してないのは分かってるよ」


 耳の長い種族――つまり妖精種で、容姿が老いて見えるのであれば、かなりの高齢である。

 名をレレイ・エン・ガルファと言うらしい彼女は、子どもたちが巣立った後、亡くした夫の夢だった貸本屋を初めてかなりの年月が経つそうだ。

 顧客は近所の子供と苦学生が多いが、主婦や老人もお茶のみがてらやってくるので、寂しくはないらしい。


「それにしても、あんたたち外から来たのかい?」

「一昨日来たばっかりなんだ」

「なるほど。じゃ、貸本の魔法も知らないんだね」


 うんうんと勝手に納得し、引き出しを開けて小さな冊子を出す。

 文庫サイズの本を開くが、目をぱちぱちとさせてから「見えんのう」と言う。そして、何故読もうと試みるんだろうかと思っている2人を他所に、本をカウンターに出す。


「12ページからだよ」


 言われた通り開いてみると、そこには貸し出しの仕組みについて書かれていた。

 その中の一項に、書物や地図に掛けられた魔法についての説明がある。


「……なるほど、便利っすね」


 感心したように頷いて、冊子を閉じる。その背表紙には、本屋ギルドの証である本と羽ペンが交差したマークが刻印されていた。


「千年前から、この都も厳しい状態だからね。本は絶対に守るべき資源なのさ」

「千年?」

「ん? 何だ、そんな事も知らないのかい。随分世間知らずだねえ……千年前に、冒険者がいきなり居なくなって、大陸は随分荒れたんだよ」


 そう言って、歴史の本があるという棚を指す。サカサマは既に飽きたのか、小説コーナーから本を物色している。

 三河は眉を顰めて適当に取った本を捲る。そして目次を見て、飛び込んできた文字にぴくりと肩に力を入れ、ぱらぱらとページを捲り、閉じて本棚に戻す。

 そしてもう何冊か同じ事を繰り返すと、コメディ小説を流し読みして笑いを堪えていたサカサマの頭をばしんと叩いた。


「いっ! ……な、何だ!?」

「重大発表っす」


 先程までとはまた違う、深刻そうな表情。

 サカサマは頭を擦りながらも、その顔を見て気を引き締める。


「――この世界は、私たちが知っている時代から千年経っています」

「ええ?」


 理解できない様子で、サカサマが目をぱちくりとさせる。


 そんな2人を見て、本当に知らなかったんかい、とレレイが呆れていた。







リノたちの方はナイスミドルが登場しましたが、こっちは妖怪じみたお婆ちゃんです。祟りじゃー!

でも口調はちょっとさばさばしたおばちゃん系。


7/20 何故か名前間違ってたので修正。正しくは“レレイ”・エン・ガルファです。

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