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探求者と初めてのお買い物








 1人部屋を2つ取るよりも安かったので、2人部屋を取り、夕食もとらずに2人はベッドに転がっていた。

 サーバー有数の資産家である三河が居るのだから金の心配など要らないが、いかんせんサカサマは貧乏性で、三河はケチだ。本人は倹約家だと言っているが。


「とりあえず、寝る……」

「……私も……」


 数秒とせず、両方から寝息が聞こえ出す。

 男女が同じ部屋に、しかも30センチしか離れていないベッドに眠っているというのに、色めいた雰囲気が流れる余地もないほどの鮮やかな入眠である。


 そして、まだ日も暮れぬうちに部屋は静寂に包まれた。



 目が覚めたのも、既に日が高くなった頃だ。


「うーん……んん?」


 もぞもぞと動いていた三河が起き上がり、ふと横を見た。

 隣のベッドに寝ている筈のサカサマの姿がない。

 きょろきょろと部屋を見回し、そして首を傾げてベッドから足を下ろし――


「っうわ!」


 ベッドの隙間に落ちていたサカサマに気づき、ばっと足を上げた。



「いやー、俺寝相悪いんだよな。布団とか野宿ならまだいいけど、ベッドは気が抜けるな」

「……そうスか」


 朝から嫌な意味でドキドキする目に遭わされ、三河はぶすっとした顔で朝食のパンにバターを塗っている。


「で、どうする? 暫くここに滞在するよな」

「ええ。情報の少ないままふらつくのも無益なんで……ああ、別に1人でふらふら知らない地で野垂れ死んでもいいっすよ、どうぞ」

「どうぞじゃねえよ。見捨てないでくれ」

「気持ち悪いっす。……なんか、口の悪さがなくなりましたね」

「そりゃ、女子中学生は罵倒できないだろ」


 ネカマと男プレイヤーという間柄であった頃は、それはもうぎゃんぎゃんと吠えたものである。

 尤も、今も昔も三河に論破されるのは変わりないが。


「そういうの、嫌なんすけど」

「区別するなってか? つってもな、普通、誰にでも同じ態度で接したら大問題だろ」

「それはそうっすけどね」


 尤も、三河は誰に対してもほとんど接し方は変わらない、身内と他人の境目がはっきりとしているタイプだ。――サカサマだけは例外のようなものである。


「まあ、サカサマ以外にここまで暴言吐きませんし、私も」

「優しくしてくれよ……よく考えたら、俺以外にはさん付けだしな、お前」

「当たり前じゃないすか」

「なんで俺だけその当たり前から除外されるんだ」


 なんとなく、としか言いようがない。


 ――三河も、けしてサカサマを尊敬していない訳ではないのだ。

 コミュニケーション能力というのは、けして馬鹿にはできない才能だ。少なくとも三河は、彼のように振る舞うことはできない。

 一見本能で動いているように見えて、一歩引いて見てみると彼は上手く立ち回っている。

 “人に好かれる”のは、才能だけでなく、彼の努力の賜物でもある訳だ。


 そんな姿を見て感心することも多いのだが、何故か、憎まれ口を叩いてしまう。

 何故なのか分からないが、とにかくそうなのだ。


「さあ」

「さあ、ってなあ……まあ、いいか。いっそ快感になってきたわ」

「会話やめたいんすか」

「ちょっ、ごめんって」


 つんと横を向いて、パンを咀嚼する。しかし本気で怒っている訳ではなく、ただからかっているだけなのだが、サカサマは弱ったように眉をへの字にし、デザートの果物まで差し出してくる。

 その様子を見て少し溜飲を下げ、三河は言葉を続けた。


「ま、ひとまず今日はこの街を回ってみましょう。何か情報も手に入るかもしれませんし」

「おう!」


 サカサマはにこにこと悩みの無さそうな笑顔を浮かべ、元気よく返事をする。

 分かりやすい表情を見て、三河も自然と笑みを零し、それを見たサカサマがひっくり返らんばかりに驚いてまた三河が機嫌を損ね――といった風に、2人は今日も喧嘩を繰り返すのであった。






 街を歩き始めて数分で、2人は周囲の視線の妙な色に気づいた。

 三河には恐れと軽蔑の入り混じった視線が向けられ、対照的にサカサマは哀れむようなそれが浴びせられるのだ。


「どういう事っすか。なんかお天道様に顔向けできないような事、しました?」

「え、俺なの?」


 ――人間族ではまた別だが、エルフや半妖精ハーフリングなどの妖精系種族は男女共にあまり髪を短くしない。魔力が宿ると言われている部位だからであるし、弱点である長い耳をむき出しにする事は好ましくないからだ。

 もし髪の短い妖精種が居たとすれば、それは変わり者か、もしくは髪すら売るために短く切られた奴隷なのだ。

 しかもタンクトップにハーフパンツという、この世界の普通の女性にとってはまともとは言えない服装である。

 そして隣に居る三河は、どこからどう見ても異国の富裕層だ。丈の長い詰襟の白い長衣には金糸で美しい刺繍が施され、よく見れば宝石すら散りばめられている。羽織ったカーディガンや下に履いたパンツもまた、上等な素材でできている。


 つまり、異国の商人か貴族の青年が、まともな服も着せずに奴隷の娘を連れ歩いている、という風に見えるのだ。


 そんな事は露知らず、2人は軽い喧嘩をしつつも結論を出した。


「――ああ、なるほど。サカサマ、あんたのその服装が悪いと」

「いや、お前のその石油王ファッションが悪い。つーか女物を着ろ」

「……いいじゃないですか。まあ油田は持ってませんけど、金持ちですし」

「駄目だ。つーか俺もいいかげんこれはちょっとな……よし、服買いに行くか!」


 ――奇しくもそれは、最善の解決策であったが。


 この世界の服屋は、受注生産か古着が基本である。2人はまず古着屋の場所を人に聞き、昨日の地図に書き加えてもらった。

 ついでに手頃な食事処の場所も教えてもらったので、範囲は狭いものの、ちょっとした案内図のようになっている。


「ここっすね」

「――ドヤ顔してる所申し訳ないけどな、お前、ちゃんと付いてこいよ」


 気づけばフラフラと明後日の方向に歩き出す三河に、サカサマは疲れきっていた。

 さほどの距離ではなかった筈だが、おそらく本来の倍ほどの時間がかかってしまった。


「……」

「まあ、入ろうぜ」


 ふい、と素知らぬ顔で横を向く三河を引っ張り、店に入る。所狭しと古着が並ぶ様子は、元の世界の店とそう変わらない。ただ、やはり素材などは元の世界に劣るが。


「とりあえず、サカサマの服からっすね。――出来れば、着て帰りましょう」

「そうだな」


 外で見た人々が着ていたような服をいくつか選ぶ。種族によっても差はあるが、半妖精ハーフリングはエルフなどの種族よりも伝統に厳しくないので、何を着てもいい。

 なので、外でよく見かけたタイプの服をいくつか選んだ。

 ぴったりしたインナーに、少し和服に似た上衣。帯ではなくベルトでもいいらしい。下は自由で、男性でも巻きスカートのようなものを着ることもあれば、女性がゆったりしたズボンを履くこともある。


「何色が好きですか」

「青とか黒かな」

「ベタっすね。でも頭ピンクですから、青はちょっと……まあ、出来る人がやればそれなりに見えるんでしょうけど、人並みのセンスしか無いのでやめときましょう」

「そうだなー」


 残念そうに言いながら、ざんばらのままになった髪を弄る。光が当たるとうっすら金色がかって見える、見事なピンクの頭だ。

 そのうち整えて染めようと思いつつ、帽子も選んでおいた。


「お、これ可愛くね?」

「可愛い基準で選ぶんすか」

「可愛い顔になっちまったしなー。でも高校くらいの頃は、これくらい普通だったけどな!」

「チャラ男だったんすね」


 兎なのか犬なのか分からないが、垂れた耳の飾りがついた帽子を被ってみる。似合いはするが、服と合わない上に、冬物である。

 名残惜しげに帽子を見つめるサカサマを見て、三河が溜息を吐く。


「……まあ、好きにすりゃいいじゃないすか」

「マジか!」


 別に自分の許可など必要ないだろうに、と呆れる。同時に、おもちゃを買い与えられた子供のように嬉しげな表情を見て、なんとなく暖かい気持ちにもなる。

 友人と一緒に買物したことなど、無かった。――家族とすら、殆ど無いのだ。何せ、とても多忙な一家だった。

 学園の友人とも、せいぜいウィンドウを見ながら選ぶ程度だったし、そもそも学園で使うものは全て無料なので“買い物”とも言えない。


「じゃ、買って帰りましょう」

「待て。お前の服も買うっつっただろ」

「――チッ」


 が、そんな初めての気分を味わっている時でも、三河は三河である。

 真顔で逃げようとした三河は、しっかり女物の服を買わされるのであった。







引き続き三河とサカサマです。


リアル身長は三河164、サカサマ169.7くらい(自称170)

今の身長は165と164くらい。それぞれアバターに引き摺られてる訳ですが、そのあたりはいずれ。


●小ネタ

ちなみに現実世界は近未来な訳ですが、服の流行はループしてるので、現代と大して変わりません。ただし、年月の流れとともに世間の懐も深くなり、町中でコスプレっぽい格好をしている人も結構多い。学校の制服も一昔前のアニメみたいなものが多い。

最近のブームは民族衣装風。


電脳学園では大抵の生徒が自国の伝統的な衣装を着ます。制服もありますが、何故か中世風だったり、魔法使いっぽいローブだったりする。





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