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格闘家と探求者

本日は2話更新ですので、読んでいない方は前話からどうぞ。







 目が覚めると、ぱちぱちと小気味よい音が耳に届いた。

 全身の疲れは抜けていて、歩いていた間じわじわと足から広がっていた痛みもない。

 それでも精神の疲れというものは取れず、サカサマは緩慢な動きで顔を上げた。


「……お目覚めっすか」


 音の出所はどうやら、焚き火だったらしい。

 その先に、炎に照らされる人間の姿があった。


 青に近い紫の髪を片側で三つ編みにした、青い瞳の中性的な青年だ。

 銀縁の眼鏡を掛け、ゆったりした中東風の服を身に着けている。大きな犬を三匹周囲にはべらせて、椅子代わりに寄りかかってくつろいでいる。

 最も特徴的なのは、後ろ側に布を垂らしたターバンのような帽子から出た兎のような耳だろう。


 サカサマはゆっくりと覚醒し、そして、


「……みっちゃん」

「キモい」


 呟いて、罵倒された。


 ――ギルドメンバー、三河。兎人族ワーラビット探求者シーカーだが、彼はどちらかというと商人として有名なプレイヤーだった。

 戦闘ももちろんできるが、ギルド内でも有数の資産家であり、特別に決められている訳ではないが、ギルドでは経理を担っている。


 そして、サカサマとは犬猿の仲だった。

 といっても半ば冗談交じりの喧嘩ばかりで、本気でぶつかった事は無いのだが、しょっちゅういがみ合っていたのは確かである。

 けれど根底にあるのは、強者同士の連帯感と、信頼だった。

 何かと喧嘩しても、けして相手の力を低く見る事は無かったし、共に戦えばむしろいいコンビだと言われる程だった。


 一言で言うなら、ライバル。

 そんな相手を見て、サカサマは全身から力が抜けるのを感じた。


「な、泣く事ないじゃないすか、ちょっと」

「え? ……あ、いや、ごめん」


 ついでに涙腺も緩んだらしく、サカサマはぼろぼろと涙を零している。

 三河は困ったような顔をし、はあ、と溜息をついて懐からハンカチを出して渡した。


「おっさんに泣かれても気持ち悪いだけです」

「……おう。情けなくて悪いな、ありがとよ」

「気持ち悪っ」


 罵られつつも、いつもと変わらない言葉に安心感が満ちてゆく。

 泣きながらへらへらと笑うサカサマを、三河は暫く黙って見ていた。



 漸く泣き止んだ時には、ハンカチはびっしょりと濡れていた。


「悪い、濡れた」

「見りゃ分かります」


 返せ、というのでそのまま返す。三河は眉を顰め、思い切りハンカチを絞った。

 ぼたぼたと涙が垂れるのを見てサカサマはへらりと笑ったが、三河はくすりともせずに枝を二本焚き火の前に刺し、そこにハンカチをかける。


「で、何であんな場所で倒れてたんすか。いくらあなたでも、まさか空腹とか疲労とかそういうバカな理由じゃないですよね?」

「……いや、……精神的にキてたんだよ」

「こんな場所に投げ出されたから、ですか? 随分メンタル弱いっすね」

「いやいやいや、まあ、聞いてくれよ」


 あくまで笑い話をするように、今まで起きた事を話す。

 三河は眉を顰め、時に思い切り嫌そうな顔をしたが、茶化したりからかったりはしなかった。

 いっそからかわれる方が楽になれるとも思ったが、これはこれで、ありがたい。


「それは大変でしたね。俺は犬が居るんで、平気っしたけど……というか、召喚しようとは思わなかったんすか」

「え? あ、そうだな。忘れてたわ」

「馬鹿っすね」


 蔑んだ目で見られるが、それすら若干嬉しいのは、やはり人に飢えていたからか。

 にやにやとしていると、三河が深いため息を吐いた。


「……そういえば、体は男になんすか」

「おう。こんな面だけど、しっかり男だぜ」


 見るか? と冗談めかして言うと、三河は嫌そうな顔をしながらも、ほんのりと頬を赤くした。

 炎に照らされてはいるが、はっきりとそれが見えて、サカサマは目を見開いた。そして、ほんの少しだけ後ずさる。


「え、お、お前まさか」

「ちちちちち違う! 馬鹿か、死ね! 私は――」


 慌てたように身を起こす。三河は、その目線が案外低い位置にあることに気づいた。

 三河は何か言おうとしたが、はっとして口を噤み、手で口元を覆った。


「……私?」


 今度こそはっきりと見えた。顔を赤くし、俯いた目に涙が浮かぶ。

 唇を食いしばった泣きそうな表情が、サカサマの目には、羞恥に耐えかねた少女のものにしか見えなかった。


 まさか、と先ほどとは別の意味で呟く。


「……え、ネナベ?」


 悔しげな表情で小さく頷いた三河に、サカサマは先ほどまでの苦悩が吹き飛ぶ程の衝撃を受けた。

 なんとか叫ばずに済んだが、同時に妙に納得もした。


 どうりで、妙に安心した訳である。







 三河、改め三川一三みかわひとみ。書きやすそうな名前は、実は祖父から受け継いだものである。尤も、祖父の場合、読みは“いちぞう”だったが。

 いつも濁していたが、なんと14歳だという。

 口調はともかく、理路整然と話すので20代かと思っていたのだが、なんと自分の半分も生きていないとは衝撃的である。比較的レイステイルを始めるのは遅かったとはいえ、出会った頃はいったいいくつだったのか、考えると眩暈がする。

 だがそれ以上に、その身の上は驚嘆に値するものであった。


 彼女の父親はとある会社の社長で、母親は秘書をしているらしい。

 その社名を聞き、サカサマは目が飛び出るかと思った。


「マジで……? え、サンカワって、だから?」

「そうっすね」


 サンカワ食品といえば、誰もが知るような食品会社だ。全国数百店舗の飲食店チェーンを経営する一方、食品開発でも最前線を行く大会社である。

 三河も毎日お世話になっていた。主に、インスタント食品で。


「父に、最近のゲームはよく出来てるから、ひとつ商売でもやってみろ、と言われたんです。まあ、過保護な人なんで、絡まれないように男の振りをするのが条件で」

「なるほど……つーか、演技うまいな」

「一人称はともかく、口調は親戚のが移っただけっす。あと、同性愛者じゃないですけど、むさい男よりはきれいなお姉さんの方が好きっすから、男っぽく見えるんでしょうよ」

「まあ、それは分かるが」


 中学生、という年頃を考えればそうおかしい事でもない。

 男ならばつい異性に目が行く時期だが、女ならそういう方向に行くことも少なくない。


「にしても、素って。旧式スク水が至高とか言ってたのは」

「素です」

「……」


 がっかり女子中学生と内心で呟くと、それを読んだように木の枝が飛んできた。


「……男に迫られた事は黙っててあげますから、私の事も喋らないでください」

「へいへい、わかったわかった」


 さらりと傷を抉りながら、とても女子中学生とは思えない目で睨んでくる。

 尤も、正確に言えば彼女は中学生ではないが。


 ともあれ、サカサマは漸く旅の道連れを手に入れる事が出来たのだった。






ギルドメンバーその2。

天才的頭脳を持つ14歳、社長令嬢、ネナベ。

ちょっと変態ですが、百合の趣味はない。姉がほしいお年頃。

わりとベタな設定。……でしょうか?

ちなみに理系。計算速度と記憶力がとんでもない。理論的に考えるのは得意。

毒舌気味なのはサカサマ相手だけで、普段は愛想がいい。


ちなみに身長はちょっとだけ三河の方が高い。

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