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格闘家と災難

多少の同性愛描写があります。

本人にはその気はありません。

いきなりアレな話ですいませんが、番外編です。








 サカサマこと坂田将一は、いわゆるネカマだった。

 女になりたい訳ではないし、男が好きな訳でもない。ただ、アイドルのようなキャラクターのロールプレイを好んでいただけだ。


 桃色の髪をツインテールにした、くりくりとした赤い瞳の半妖精ハーフリング

 かわいらしい服装と裏腹にクラスは格闘家ファイターで、本人曰く「歌って踊って殴って蹴れる新感覚アイドル」である。一昔前の魔法少女扱いされる事の方が多かったが、それはそれだ。


 ギルドメンバーのリノと共に、アルテマの双璧と呼ばれることもあった。

 由来は口にすればもれなく青い髪の少女に闇討ちされるという噂である。



 そんな彼は今、何度目かの嘔吐をしていた。

 話せば長くなるが、肩にすら届かない長さにざんばらに切られた髪と、タンクトップにべったりと付着した赤い血を見れば、彼がそれなりの修羅場を経験した事は理解できる。


「――っぐ、う、ぅ」


 体をふたつに折るように前かがみになり、もう一度、吐き出す。

 赤い瞳から生理的な涙が零れ落ち、闇の中に消えた。


 現実なのか夢なのか分からないまま、もう一度ハーフパンツの前を引っ張って確認するが、やはりそこにあるべきものはある。しっかり男だ。

 なのに体つきは細く頼りなく、顔立ちも、面影は残るとはいえ少女のそれである。


 ――いっそ、女になっていた方が諦めがついたのかもしれない。


 一瞬そう考えて、そして、その思考にまた吐き気を覚えた。死ぬほど馬鹿らしい。

 けれどもう腹の中は空っぽで、出てくるものは胃液くらいだろう。


 サカサマは先ほど、人を殺した。

 尤も、死んだのを確認した訳ではない。ただ、本気で恐怖して、つい足が出ただけだ。

 格闘家ファイターの、しかもトップクラスのプレイヤーの本能的な攻撃が、相手にどんな大怪我を齎したのか。想像したくないが、未だ足に残る感触は生々しかった。


(死んだよな、ぜっ、絶対死んだ)


 この世界に来てしまった数日前、拳の一撃で岩が砕け、細い足で蹴りぬけば簡単に大樹が折れるというか粉砕する事をしっかり確認済みである。

 サカサマは吐きすぎてひりひりとする喉を外側からさすりながら、必死に言い訳を繰り返した。


(ち、違う、あいつが悪いんだ、だって――)


 思い出せば、また吐き気がこみ上げ、耐え切れずに吐いた。胃液しか出なかった。

 焼け付くように喉が痛い。堪え切れない涙と、木を弱弱しく叩く拳。


(俺は、お、俺は男だって、何回も言ったのに、ふ、ふざけんな……!)


 ――話は、数日前に遡る。



 いつも通りレイステイルをプレイしていたサカサマは、気付けば森にいた。

 暫くはどうしていいのか分からずに困っていたが、適当に歩き、出た道で偶然出会った商隊にいくらかのアイテムを渡して乗せてもらった。


 そして彼らと仲良くなった後、一緒に食事を取り、夜になり、そして襲われた。


 魔物や獣に、ではない。仲良くなったと思った護衛の傭兵の1人が、酔った勢いなのか、酒臭い息を吐きながら迫ってきたのだ。男だと言ったことを、信じていない様子だった。

 サカサマは恐怖した。そして、逃げた。


 ――確かにサカサマは、誰がどう見ても訳ありの、荷物ひとつ持たない美少女に見える。少しばかり乱暴されたとて逃げるあてもない、と思われたのかもしれない。

 彼らの誤算は、サカサマが常人より遥かに強かった事だ。迫りくる男を跳ね飛ばして、サカサマは必死に逃げた。


 サカサマは髪を短く切り、服装もできるだけ少年に見えるようにした。

 そして今度は冒険者の一団に連れていってもらう事にした。女性たちに「かわいい男の子」と言われたので、大丈夫か、とほっとしたのだが――やはり駄目だった。リーダー格の戦士に、本当は女の子なんだろう、という言葉の後に真剣な告白をされ、またも逃げる事になった。

 髪を切ったのはまずかったらしい。乱暴をされて男のふりをしていた、という勘違いをされていたのだ。


 三度目、今度はしっかり「男だ」と説明した。しつこいくらいに。だが――筋骨隆々の男に「いいだろ?」と迫られた瞬間、色々と溜め込んでいたものが爆発し、ついにキレた。

 いっそ女だと勘違いして迫られた方がまだマシだった。

 絶叫しながら無我夢中で足を振り上げ、宙を舞う巨体がどうなるかも見届けず、逃げた。



 そういう訳でサカサマは、人間不信の上に、男でありながら男性恐怖症に陥っていた。

 ひとしきり吐いた後、汚れた服を換えてから、ふらふらと歩き出す。


「……帰りてえ」


 吐きすぎて枯れた声で呟くのは、紛れもない本音だった。







 それから数日、森の中を放浪した。

 とにかく人の顔を見たくなかったのだが、しかし、元々が人懐っこく、周囲から人が消えたことのないサカサマにとって、それは一過性のものに過ぎなかったらしい。

 むしろ、人恋しくてたまらなくなった。

 できれば女性、とにかく女性らしい女性がいいが、とにかく、誰かに会いたい。しかし今度は、森から出られない。そういう訳で朝から晩まで森の中を彷徨っている。


 サカサマ――坂田将一は幼少期から、クラスに1人はいるお調子者タイプの人間だった。

 人が周りから居なくなったことはなく、美形ではないが誰にでも馴染みやすい顔立ちのおかげで、大抵の場合クラス全員が彼の友達だった。

 大人になってからも、仕事仲間には好かれたし、女に困らないとまではいかないが、そこそこもてた。尤も、今いたならばもっと落ち込んでいただろうが。


 とにかく、寂しいという感情を抱いたことなど無かった。


 こんなに女性を恋しく思ったのは初めてだ、と自嘲気味の笑みを浮かべつつ思う。そして、その日もまたぐったりとしたまま、木に寄りかかって眠りについた。



 翌日、漸く道に出た。

 既にぼろぼろの状態だったサカサマは、それだけで安心して、力が抜けた。

 そして動けなくなった。


(……死ぬのか?)


 そういえば食事もしばらく取っていない気がする。――気がするだけで、とっていたかもしれない。それほど、記憶がぼんやりとしている。


 せめて最後に、女性に会いたかった、と心底思う。

 だが、その時――


「――!」


 ――誰かの声が聞こえた。

 だが、何を言っているのかも分からない。

 サカサマにはもはや意識を保っていられる程の気力は、残っていなかった。







双璧: レオ「どこが壁か? それは……お、こんな時間に客が」


本当にいきなりアレな話ですいません。

という訳で、ギルドメンバーその1、サカサマ。

アイドル系ネカマ、中身おっさん、性癖はいたってノーマル。

歩き方がおっさん臭かったが、あれからリベンジを試みて少し改善した。ただし生かす気はゼロ。むしろ生かしちゃいけない。

お人よしで明るいおっさん。フツメン中のフツメンだが、人気者。

幼少期を関西で過ごしているが、東京育ち。


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