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赤ん坊と遊び人 下

三話同時更新になります。







 赤ん坊の名前を“理央リオ”に決めた所で、丁度昼時になった。


 昼食は中華だ。本格中華というよりは日本人向けにアレンジしたようなものだったが、味も濃すぎず美味しかった。

 テーブルの横に立っているのは昼食を担当したシェフだ。フレディと同じほどの体格で、いかにも強そうな強面の男――ライバックである。


「――どうしようかな」

「何が?」

「子連れで旅って、大丈夫なのかと思って」

「……夜泣きするなら宿には泊まりにくいな」


 妙にリアルな視点だが、その通りである。


「大きい馬車に乗る? 部屋になるくらいの」

「でも、揺れるだろ」

「そうだよね……ここに居れば、誰かしら世話はやってくれるから、定期的に帰って来ればいいかもしれないけど……」


 と言った所で、先ほどからリオにミルクを与えていたリューカスが手を挙げた。


「……君がやるの?」


 こくこくと頷き、やる気に満ち溢れた表情で哺乳瓶を握っている。


「じゃあ、教えてあげてね、レオ」

「おう」

「あとは……まあ、転移はできるし、いいか」


 転移はもちろんスキルでも可能だが、生産スキルで作れる転移石を使えば更に簡単にできる。

 拠点ホームであればMP消費もいらないので、お手軽だ。他の場所でも、スキルならばどこにでも可能、転移石の場合は一定距離に存在する転移ポイントに移動可能だ。


「出来るだけ帰ってくるから」


 まるで仕事にかまけて子供を放置する親の言い草である。

 リューカスは暫く黙っていたが、ふるふると首を横に振り、片手でリオを抱いたままリノの袖をがしりと掴んだ。


「何?」


 何か言いたげな顔で、もう一度首を横に振る。


「来たいのか?」


 レオが助け舟を出すと、こくこくと頷く。

 そして自分とリオを指差し、もう一度深く頷いた。


「……リオも一緒に?」


 今度は頷くのではなく、にっこりと花の咲くような笑顔が返って来た。


 乳飲み子を連れて出かける、というだけで面倒は多い。レオが言ったように、夜泣きするようならしっかりとした壁の厚い宿にしなければ迷惑だろうし、どこにでもそんな宿があるとは限らない。

 となるといっそ大きめの馬車を部屋にしてしまうのもありかもしれないが――普通の馬車では揺れるし、子供には負担だろう。


 だが、よくよく考えてみれば、医者――というか回復系スキルの得意なペット――はすぐに呼べるし、荷物もアイテムボックスに入れれば持ち歩ける。宿の問題は、夜は転移して戻ってくればそれでいいのだ。


 だが、可能だ、という話であって進んでそうしたい訳ではない。

 赤ん坊を連れ歩いて、何のメリットがあるのだろう。ただでさえ若い2人に更に赤子が加わっても、訳ありでしかも簡単にどうにかできそうだと思われ、絡まれる危険は増える。

 尤も、それでも彼らをどうにかできる者がそうそう居るとは思えないが。


 けれど――


「分かった。みんなで行こう」


 どうにかできるのなら、どうにかすべきだ。

 そう急ぐ訳でもないのだから、赤ん坊に負担のないように、ゆったりと旅をする。それでいい、とリノは思った。

 それよりも、本物の赤ん坊と赤子同然のリューカスを放っておくほうがよくない。この館に篭っているよりは、外を見た方がいい。

 そう自分を納得させ、しっかり腹を決めることにした。


 この年で育児を真剣に考えなければいけない事については、未だ納得いかないが。







 それから数日、館に滞在した。

 幸いなことに、リオが全く手の掛からない子供であることが判明した。夜泣きしないどころか、そもそも泣かない。腹が減れば近くに居る誰かの腹を小さな手で叩き、トイレなら何故か手でTの字を示してみせる。というか、リューカスよりもよっぽど早いスピードで言葉を覚えつつある。

 どうやら体の成長も早いらしく、数日前より明らかに大きくなり、シルエットが“赤ん坊”から“小さい大人”といった感じになってきていた。


 リューカスの方は、何故かレオと仲がいい。兄弟のようにも見える。

 リオの世話を教わりがてら、言葉も学んでいるようだ。ただ、あまり芳しくはないが。

 また、言葉は話せないというのに家事全般は得意のようだ。いつもぴしりとした服装だが、洗ったり繕ったりは自分でやっている。ちなみに、髪も自分で結うようだ。


 そういう訳なので、旅の道連れにしても特に問題はない。

 ただ1つだけリノが心配に思ったのは、旅のいろはを知る者が居ないことだ。下手すると、どこかでぼったくられる事もあるかもしれない。


 という訳で、もう1人加わった。庭師のスナフだ。

 今でこそ庭師だが、かつては旅人だったらしい。“冒険者”ではなくただの“旅人”と名乗っているが、その実力は計り知れない。

 彼は冬以外にのみランダムで各地に現れ、力試しを挑まれれば拒まない。パーティ単位で挑む事も出来るが、それでもぼろ負けするプレイヤーは多い。

 ちなみに冬は暖かい地方に旅しているそうだ。


 急に3人も増えた事で馬車が手狭になるかと思えば、そうではない。

 人食い馬車というが、本体は実は馬車ではない。馬車に寄生するというか、ヤドカリのような生き物なのだ――というのは、つい最近知ったのだが。

 という訳で、館にあった大きめの馬車に移ってもらった。



 滞在5日目には、一度街に出向いた。

 レイレストは王都より落ち着いた雰囲気の街だ。すぐ傍にリノの拠点ホームがあるからか、モンスターはあまり近づいてこなかったらしい。

 それ故に発展は妨げられず、ぴりぴりとした雰囲気にもならなかったようだ。


 土産物屋に自分の拠点ホームを描いた絵葉書やガラスケースに入った小さな模型があるのを見てなんとも言えない気分になったが、スナフ曰くかなり売れているらしい。

 本物の方も、中に入ってもトラップの洗礼を受けるだけで死にはしないので、地元民には度胸試し扱いされているらしい。



 そして7日目、再び出発することにした。

 凄まじい勢いで引き留められ、レオに到っては戦闘まで勃発したものの、ほとんど逃げるように館を出てくる事は出来た。


 ――そして今、馬車に揺られながらのんびりと次の街までの道を進んでいる。

 ティア・ニール帝国との国境沿いに、北北東の方角へ進む。その先にあるのは、アーティアレスト最北の街――ノーサレスト。最北といっても少し寒い程度だが、港町として賑わっているらしい。


 リノは座席に背中を預けてうとうととしながら、仲間はどうしているだろうか、と思った。

 そうそう死にそうにもないし、殺しても死なない事はよくよく分かっているが――むしろ心配なのはその周囲である。

 出来れば彼らがこちらに来ていないことを願いつつ――


「お嬢、あー……僕の帽子が」

「あぶー」

「リューカス、剣が気になるのは分かったから振り回さな――」

「……」

「――っぶね!」


 ――リューカスが剣を振り、それを素手でレオが受け止め、その横ではリオがスナフの帽子をしゃぶっている。そんな混沌とした光景から逃避するように、リノはそっと目を閉じた。







スナフ:嗅ぎタバコの意。由来は……まあ、お察しの通り、例の方。



第一部完!みたいな感じですね。

次話からはちょっと他のメンバーをそれぞれ書こうかなーと思ってますが、どうでしょう。


大分更新頻度があれな事になってますね!夏休みなんだけどなー不思議だなー……

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