赤ん坊と遊び人 中
しばらく固まっていたリノは、赤ん坊に胸元をまさぐられてはっと我に返った。
「……出ないよ」
「あぅ」
――よくよく考えてみれば、あの機械には見覚えがある。
遺伝子合成マシン、と名の付くそれは、はっきり言えば人工授精を可能とするアイテムだった。
父または母となるプレイヤー1人と、その結婚相手。両方の能力値を平均化し、容姿やスキルの一部を受け継いだNPCを作る事が出来る、というものである。
ただし無料版――結婚したプレイヤーが購入できるものと違い、月ごとに商品の代わる有料の福引で手に入るそれは、生まれた子供を新たなプレイヤーにする事も可能だった。
ちなみにリノの持つそれは、有料のタイプである。
「……あ」
そして漸く理解が追いついて、気づいた。
――自分が既婚者であることに。
「って、え、うわ……うわ、うっわー」
「何だ?」
「結婚、してた……」
もちろん相手はレオである。
ゲームの中の事なので全く重く考えていなかったためか、忘れていた。だが、結婚相手と同じパーティに居るとステータスが上昇するし、パートナーと一緒に使ったり、あるいはパートナーのみに使用できるような特殊スキルも存在するので、結婚しておいて損は無い。
しかしレベルが上がってくると更に有用なスキルが増えて、すっかり忘れ去っていたらしい。
「……そうだったか?」
更に、結婚システムが導入された時に行われたキャンペーンも理由のひとつだろう。
結婚したプレイヤーにはアイテムが配布された他、そこでしか戦えないイベントボスも居た事もあって、むしろかなり早い段階で結婚していたのだ。
「……うっわー……って、何してんの?」
1人悶々として、気づけばレオは赤ん坊を抱いて無言で感動し、リューカスは赤子に指を握られてやはり無言で感動していた。
◆
「名前、どうする?」
落ち込む時はどん底だが、開き直るのも早い。
けして立ち直っている訳ではないのだが、一応レオとの子供である事は認めざるを得ないのでレオに意見を求めた。
「任せた」
「あのねえ……ああもう。性別は?」
2人は顔を見合わせた。初対面どころかまだ自己紹介すらし合っていないのだが、妙に通じ合っているのが腹が立つ――と思っていると、赤ん坊を手渡された。
「……オムツ換えだけはしないタイプだね」
文句を言いつつ、布を捲って確認する。
「女の子だよ」
ぐっ、とガッツポーズしているレオに白い目を向けつつ、赤ん坊をまじまじと見る。
顔立ちは確かにリノに似ている。だが、へらへらしている――ようにリノには見える笑顔は、どちらかと言えばたまにレオが浮かべる類のものだ。
「……ついにうちの父さんも、おじいちゃんか……」
「その前に、お前が母親だろ」
正論で突っ込まれ、う、と詰まった。
まだ母親になるような年ではないと思っていたし、もしかすると一生独身か、と思っていたのでいまいち実感は湧かなかった。
そして、なんとなく――パンドラとカンダタがリューカスを放置した理由も、理解できてしまう。
大事なものを置き去りにしたまま、新しく“大事なもの”を作ることが出来ないのだ。
結局は、彼らもリノも不器用なのだろう。だが、だからこそその二の舞になってはいけない。
それに――腕の中で不明瞭な声を上げている赤ん坊は、なんとなく、可愛いと思えなくもなかった。相変わらず子供は苦手だが、レータたちのおかげで少しは改善したらしい。
だが、譲れないものはある。
「……あのね、出ないからね」
「あーぅ!」
小さな手で胸元をまさぐってくる赤ん坊に、もう一度リノは念押しするのだった。
子供と、子供みたいな大人と、大人ぶってる子供。




