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人助けする遊び人









 リノは息を切らすレータを励ましつつ、平然と歩いていた。続く跡を辿りながら、かれこれ数十分は歩き続けている。


「お、おねえちゃん、何で疲れないの……」

「強いから」


 身も蓋も無い。レイステイルにスタミナのステータスは無かったが、やはり体力値のおかげだろうか。初期値も上昇値も雀の涙とはいえ、1000レベルまでいけばそれなりの数値になる。リアルでは運動が得意でないリノだが、今のところ疲労感は感じなかった。


「疲れるかい?」

「うん」

「……うーん」


 リノは逡巡した後、あ、と思いついたように声を上げて脳内にウィンドウを思い浮かべた。

 すると視界に、ゲームそのままのステータスウィンドウが現れる。ゲームと同じように動かしてみると、問題なく操作できた。


「なんだ。簡単じゃないか」

「……何が?」

「何でもない」


 まるでVRだな、とリノは小さく笑う。そしてアイテムボックスから目当てのものを探し出した。


「ちょっと離れてて」


 手の中に現れたそれは、《召喚鍵サモン・キー》というアイテムである。通常の召喚技能サモンスキルはペットのLvやランクに応じてMP消費が必要だが、このアイテムがあればMP消費が必要なくなるという優れものだ。ちなみに召喚サモンはレベル20で、捕獲キャプチャと同時にクエストで習得できる。

 楽器を1度仕舞い、美しい細工の施された鍵を空中に突き出して、ゲーム内でキャラクターがしていたように捻る。すると足元に魔法陣が現れて、咆哮と共にペットが出現した。


「ひぎゃあああぁぁぁ!」


 言葉を遮り、レータが絶叫した。リノは振り向いて、逃げ出そうとしたレータの襟元を掴む。


「こら、逃げるな、怖がらなくていい。僕のペットだ」

「ペットおおお!?」

「そうだよ。今時はモンスターは捕まえないのか」

「つっ、捕まえる!? 何で!?」


 ふむ、とリノは口元に指を当てて考える。――どうやらゲームそのものの世界ではないらしい。

 ペットスキル捕獲キャプチャ召喚サモンを得るクエストの最後には、試験がある。試験で得たペットはそのまま自分のものになるので、ペットを持っていないプレイヤーはほぼ居ない。

 リノはレータの脇腹に手を差し入れて、ひょいと持ち上げて――従順にお座りしていた巨大な体躯を持つ四足の獣、白虎の背中に乗せた。


「……あるじ、随分久しいなあ。忘れられたかと思ったぞ」


 のんびりとしたバリトンで言われ、一瞬驚いたもののリノは笑顔で誤魔化す。

 確かにゲーム内でも喋ってはいたが、こんな口調だっただろうか。


「おや、……まさか。そんなに薄情者に見える?」


 白虎は朱雀・玄武・青龍と合わせて捕獲した、それぞれLv900のボスクラスのモンスターだ。1匹1匹が恐ろしく強いので、倒すだけなら兎も角捕獲は非常に難しい。しかしリノは4匹とも手に入れて、それぞれハンシン、ヒバリ、ガメラ、ギャラドスという。由来は様々だが、いずれにしろ酷い事は変わりない名前を付けていた。


「千年も何をしておるのかと思ったが、死んでおらんでよかったわ」

「……千年?」

「うむ。どうした、寝こけておったか」

「そんなところ」


 思わぬ事実に若干驚きつつも、動揺はひとまず仕舞い込んでハンシンの背中に跨る。白い毛は触り心地が良かった。

 今だ恐怖に固まっているレータを後ろから腕を回して支えると、「ひぎゃあ!」と再び叫び声。こわくないこわくないと宥めるリノだが、レータが叫んだのは年上美少女に抱き締められた事による驚愕と気恥ずかしさだ。


「その馬車の跡っぽいのを辿って走ってくれる? 町が見えたら止まってね」

「あい分かった」


 ハンシンは大地を蹴って駆け出し、歩くのとは比べ物にならない速さで荒野を抜けていく。尤も俊敏値はリノの方が上なので、本気で走れば簡単に追い抜けると思われるが。

 レータは暫く怖がって叫んでいたものの、次第に叫び疲れたのかぐったりと力を抜いた。

 リノはスピード感と風を楽しみつつ、レータが落ちないように細腕で固定している。揺れないように走っているのか、快適だった。


「やはり人を乗せて走るのは楽しいことよ!」


 機嫌よく言い、「ガルルルルァアー!」と雄叫びを上げる。腕の中のレータが「ひぃぃい!」と再び絶叫した。リノはくつくつと笑いつつ、思考を巡らせた。

 何の役目も与えられていないペットは、亜空間に暮らしているという。リノも膨大な数のペットを所有しており、その多くが様々な役目を与えられて動いている。目指すはモンスターのコンプリートだったが、流石にそれはまだ成し遂げていなかった。

 ――千年という時間経過。執事や店員として働いていたペットたちは、一体どうなったのだろうか。千年後のレイステイルがどうなっているのか、まったく想像も付かなかった。


「町が見えたぞ!」

「あ、うん」


 ゆったりと減速し、ぴたりと歩みを止める。リノはレータを抱き上げたまま地面に降りて、お疲れ、と声をあけてハンシンに戻るように言った。

 レータは地面に降りると、へなへなとへたり込む。


「どう?」

「し、し、しぬ、しぬかと思った……」

「そのくらいで死なないよ。ほら、立たないと置いてくよ」

「うぇぇぇ」


 子供にも容赦なく叱咤して立たせ、膝の笑っているレータを半ば引き摺るように連れて行く。街はやや暗い雰囲気で、門番らしき者も見えない。

 ここでも脅えるレータを、痺れを切らしたリノがおぶって進んでいく。記憶にある町々を思い浮かべたが、ここまで活気の無い街は流石にゲーム内にも無かった気がする。


「しかし人が少ないね。モンスターにでも襲われたのかね」

「……っひ、そ、それじゃあ」

「まだ分からないよ。慌てない慌てない」


 葬式のような空気の中、何かに脅えるように街を小走りに駆けていくごく少数の人々。

 子供の遊ぶ姿すら無く、以前あった突発的な小イベントを思い出す。無法者(イリーガル)の集団が街に現れ、人々は脅えて家から出ず、ゴーストタウンのような有様になっていた。勿論その後で嬉々として討伐しに行ったが。

 おそらくそのパターンかな、と予想してアイテムボックスから楽器を取り出す。


「あれかね」


 いかにも無法者(イリーガル)の集まりそうな酒場がある。そこに荒々しい雰囲気の男が入っていくのを見て、リノはとりあえず近づいて覗き見た。レータはガタガタ震えて必死に首にしがみ付いている。


「――だな! 全くザコばっかでよぉ」

「酒もってこい! もっとだよ、もっと」

「おい、姉ちゃんいいケツしてんな、こっち来いよ」


 いかにもな連中が赤い顔で酒盛りに興じ、給仕の女性に絡んだりしている。リノはこっそりと特殊技能(エクストラスキル)の《分析(アナライズ)》を発動させてステータスを見たが、全員無法者(イリーガル)、ジョブは盗賊(シーフ)戦士(ウォリアー)探求者(シーカー)がそれぞれ数人ずつで、レベルは20から30程度。全員クラスすら無いようで、ゲーム中で言えば初心者レベル。

 最初のクラスが手に入るのは全職共通でレベル5である。入手クエストも「クラス認定書を●●さんから受け取って来てくれ」程度のもので、それこそ猿でも出来るようなものだ。


(もしかしてクエスト自体が無くなってるとか?)


 まあ、それは後で考える事だ。相手は弱いに越した事は無い。

 とりあえずレータを降ろし、ちょっと待ってて、と声を掛けて店内に入っていく。小声ながら必死に「あぶないよぉぉぉ」と言うレータはスルーした。


「あのっ、少し聞いてもよろしいですか」


 控えめに言う、見た目だけはか弱そうな美少女。ミニスカートと靴下の間に見える白い太腿を見て、男達は下卑た笑いを見せた。


「なんだ、こんな上物が残ってやがったのか」

「おい、来いよ。可愛がってやる」


 イラっときたが抑えて、脅えた表情を作る。とりあえず攫った人々の場所を聞かなければどうしようもない。


「いえ、あの……わたし、コボルトのお友達が行方不明になってしまって。何か知りませんか?」

「コボルトぉ? そんなもん、地下にいくらでも転がってるよ」


 そう言ってげらげらと笑う。犯罪行為を隠す気もない物言いに、呆れつつ安心する。少なくとも、人質に取られる者がこの場に無いのは僥倖だ。


「それはよかった」


 笑顔の質ががらりと変わる。怪訝そうにした男達を前に、リノは既にリュートの弦を指で弾いている。演奏スキルの中でも短い“和音”タイプのスキルで、男達はがくんと頭を落として眠りに落ちていく。幾度か繰り返すと、唖然とした給仕以外の全員が床に崩れ落ち、鼾が響いていた。

 音に驚いてレータが顔を覗かせると、リノは振り向いて手招きする。


「縛り上げるから手伝ってね」

「……え、ええええっ!?」


 そして困惑するレータと給仕に手伝わせ、アイテムボックスから大量のロープ(何かのモンスターが落とした、用途のないゴミアイテムである)を取り出し、男達を1人ずつ手足を縛って行った。




「ふざけんじゃねえぞクソアマぁ!」

「はいはい僕はクソアマですアバズレビッチですー、地下室みっけー」


 目を覚ました男達は、隠されている筈の扉をあっさり発見したリノに驚愕する。リノにとっては隠すのうちにも入らない程度の隠蔽だ。上に棚が置いてある程度、全くもって障害になり得ない。やはり筋力も適用されているらしく、平然と棚を持ち上げてどかし、扉を開いて下に降りる。ちなみにこの棚を動かすのに、普通なら大の男が2人必要だった。


「やあどうも、こんにちは」


 石の地下室に、大量に押し込まれた人々が居た。コボルトだけでなく他の種族も沢山居る。どうやら町の人々も混ざっているらしかった。

 彼らは恐怖に脅えた顔をし、次いで怪訝そうにして、最後に降りてきたレータを見て数人が驚愕した。


「レータっ!!?」

「おとおさあぁぁあああああん!!」


 さっと避けたリノの横を駆け抜けるレータ。服から飛び出た尻尾が引き千切そうな程振られ、耳がへにゃりと下がっている。コボルトの男性は信じられない、という顔でレータを受け止めて抱き締める。わんわんと泣きじゃくるレータに、コボルトの女性が飛びつく。


「レータっ……!!」

「おかあさあぁぁぁああんっ」


 感動の再会といった様子にリノは両手を広げて肩を竦め、「まったく困ったもんだぜ」とでも言いたげな顔をしている。そんな彼女に1人のコボルトの老人(?)がゆったり歩み寄った。


「お嬢さんは、上の連中のお仲間ではないようじゃが」

「そうだよ。ワルに見える?」

「いやいや。まるで天使に見えるのう」


 思わぬカウンター攻撃に、つい真顔になった。ほっほっほと笑うコボルトの老人は、油断の無い表情で問う。


「して、奴らは?」

「一応縄で縛ってあるけど。とりあえず何人か人を寄越してほしいかな」

「うむ、勿論じゃ。……何処のどなたか知らぬが、どうもありがとう」


 両手を合わせ、深く頭を下げる。リノは照れたようにそっぽを向き、どういたしまして、と言った。




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