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赤ん坊と遊び人 上







 ドアを開けると半泣きの2人に纏わりつかれ、一悶着した後に漸くリノは朝食の席に着いた。


「……朝から疲れてるな」


 哀れみの篭った視線を向けられ、リノはため息を吐いた。

 テーブルの上に並んだ朝食にはまだ手が付けられていない。大分遅れて来たと思ったが、待っていてくれたらしい。


「疲れた……から、食べよう」

「そうだな」


 朝食は嬉しいことに、純和食だった。

 焼き魚におひたし、味噌汁と白米。漬物と玉子焼きも付いている。久しぶりだからか、あるいは料理人の腕が良いのか、疲れているのに箸はどんどん進む。

 ぼんやりと手だけ動かしていたリノが漸く我に返ったのは、程よい熱さのほうじ茶を飲み干した時である。


「……あ、ごちそうさま。美味しかったよ」


 テーブルの脇に直立不動で固まっていたシェフが、真っ赤になってこくこくと頷いた。

 筋骨隆々で背は高く、更に凶悪な仮面を被っており、とてもそんな動作が似合うような容姿ではない。名前はフレディ――元々はイベントボスで、チェーンソーを振り回す凶悪なモンスターだった。

 ちなみに彼は和食・イタリアン担当だ。もう1人はフレンチと中華担当で、彼も料理をしているよりは戦場に立つ方がよほど似合う体格をしている。ちなみに、名前はライバックだ。


「で、どうする?」

「んー……まあ、暫くは滞在するけど。他にも来てる人が居るかもしれないし、探してみるだけ探してみようと思う。どう?」


 どう、と聞きつつも頭の中では全て決定済なのだろう。


「いいんじゃね」

「……あと、一応帰る方法も」


 周りに聞こえないように、やや小声で言う。


「無いような気がするけどな、なんとなく」

「……ま、想像も付かないけどね。ここに来るのだって、思いもしなかったし」


 行く事が夢物語なら、帰る事も同じだ。

 だが、努力しないことは家族に対して申し訳ない気もするのだ。――レオは息子だからか家族からも「早く婿に行けば?」などと言われていたが、リノは一人娘で、しかも諸事情ある。


「手紙くらい送れればいいな」

「うん」


 ――むしろ問題は、帰れるからといって帰してくれるのか、という事だが。


 ほうじ茶を茶碗に注いでもらい、改めて一息つくと、リノの袖が小さく引かれた。


「ん? ……なんだ、君か」


 そこに居たのは、白金の長髪を何故かシニヨンに結い上げたリューカスだ。

 似合ってはいるのだが、男としてどうなのだろうか。


「……」

「来いって?」


 こくりと頷く。相変わらず喋らないが、なんとなく意思は読み取れた。

 くいくいと引っ張られるまま立ち上がると、リューカスが離れる。すると今度は、テーブルの反対側で傍観していたレオの袖を引いた。


「……俺も?」


 また頷く。

 何なんだろう、と思いつつ2人はリューカスに従った。







「あ、レオ、離れないでね。多分トラップが発動するから」

「……おう」


 心なしリノに近寄って歩く。

 ――彼もまた、かつてこの館でボロボロにされた人間である。


 そんなこんなで案内されたのは、地下室だった。

 といっても暗い訳ではない。ごく普通の部屋で、窓がないだけだ。

 だが――一つだけ、そんな部屋に相応しくないものが鎮座している。


 それはどこか砂時計にも似た、奇妙な調度品だった。

 銀色に輝くボディは円柱型で、天井に届く大きさだ。その真ん中よりやや上に、大きめのバランスボールほどもある透明な球体が嵌め込まれていた。


「……え?」


 その中で――管に繋がってふわふわと浮かんでいたのは、赤ん坊だった。

 生まれてすぐではなく、首が据わって数ヶ月、くらいの年頃には見える。目を閉じて眠る子供の髪はまだ薄いが、どうやら金髪である事は分かる。


 ――何かとてつもなく嫌な予感がした。


 リューカスが2人の袖を引っ張り、謎の機械の元に導く。

 見ていて気持ちいいとは言いがたい機械にはたくさんのボタンやパネルが付いている。何をいじればどうなるのかよく分からないが――リューカスが2人の人差し指を掴んで近づけた小さな黒いパネルの用途は、なんとなく理解できた。


 ぴっ、と軽い電子音。続いて、一番大きなパネルに文字が流れ出した。真っ黒な画面に英字が映し出されて次々と送られ、そして最後に――“Congratulations on the birth of your child. May God bless your baby!”という文章を最後に画面が停止した。


 そして球体の中で、赤子からすぽんと管が外れる。中に満ちていた液体がどこかに消え、そして球体そのものが外れる。

 ごろんと転がったそれをリューカスが受け止めると、ガラスのような球体も消えた。


「……は?」


 赤子がぱちりと目を開く。片方は碧眼、片方は――金色だ。


 リューカスは赤ん坊を手際よく柔らかい布で軽く拭き、おくるみで包んでリノに渡した。

 全く泣いてもいないが、既に元気そうな様子でリノを見上げ、そして胸元に顔を近づけて――


「あう?」


 首をかしげた。


「……え、い、いや、え?」


 どこから突っ込んでいいのか分からず視線を泳がせると、リューカスが両手でリノとレオをびしりと指差した。

 そして真顔のまま――その指でハートを作る。



 ――あなたがたの愛の結晶です。



 とでも言いたげなジェスチャーに、リノが盛大に顔を引きつらせた。







フレディ:エルム街の悪夢。ただし見た目はジェイソン。チェーンソーはレザーフェイス。つまり複合型殺人鬼。

ライバック:沈黙の戦艦。最強のコックさん。


好きな猟奇殺人鬼はハンニバル・レクターです。……ところで、羊たちの沈黙のパロディ映画ってどんな内容なんですか? 気になる。


という訳で(どういう訳だ)、三話同時更新です。

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