我が家と遊び人
眠る赤子も起こさないほど振動を押さえつつ、可能なレベルの速さで馬車は進んだ。
そうして一般的な馬車の半分程の時間で、で、レイレストに辿りつくのであった。
――そして、衝撃的な歓迎を受けた。
「「お帰りなさいませご主人様!」」
防衛のための壁に設けられた門は南北にあるが、その北側の門を通った。
それは荷物をアイテムボックスに仕舞い、ある程度は怪しまれないように手に持って歩き出した矢先に訪れたのである。
それは日本で見るならば惚れ惚れしてしまうような男女だった。
かっちりとした印象の英国式のスーツ、爽やかな色合いのネクタイがやたら似合っている。金に近い茶髪は短めで、清潔感の漂う美青年。
もう片方は、プラチナブロンドをきっちりと結い上げた眼鏡の美女である。これまた真面目そうな印象のグレーのスーツだが、すらりとした足を包む黒いストッキングが妙に目を引く。
男の名をカンダタ、女の名をパンドラと言う。
いずれも元無法者、リノに捕獲された現ペットだ。彼らとしては、悪事に身をやつしていた己を取り立ててくれた主人であるリノはまさしく神かもしれないが――
流石にこのサイズの、いずれも小柄とは言いがたい男女が左右から抱きついてくるという光景は奇妙奇天烈極まりない。
「うわあ」
思わずレオが引いた声を出す。リノは声を上げる暇すらなくぎゅうぎゅうと抱きしめられて、些か少女として不適切なうめき声を上げていた。
リノは押し戻そうとするが、生憎、筋力で負ける。
何せどちらもハイレベルな、Lv999の無法者だ。そもそも倒す事の想定されていないようなイベント戦闘で、至高人が寄って集ってワンターンキル――ターン制ではないが――をかまして捕獲したのである。
カンダタはイベントボスの元怪盗、クラスは大悪党。パンドラはストーリーボスの元キメラ研究家、錬金術師だ。
カンダタは勿論だが、職業だけ見れば同程度に見えるパンドラも種族上の差でリノより力が強い。よって、リノは振り払えないまま潰される破目になった。
というか死にそうである。
「はい、ストップ」
「……っはぁ……」
みっともなく息を荒げるのは性に合わないのか、ようやくレオに助け出されたリノは後ろを向いて荒く肩を上下させている。
そして、レオはさりげなくその背中を庇うように間に入りながら、まさしくみっともなかった大人2人をどこか無感動にも思える目で睨み付けた。
「殺す気か」
簡潔かつ的確な抗議である。
カンダタとパンドラは一瞬ぴたりと動きを止め、そして同時に一糸乱れぬ見事な礼をした。
「申し訳御座いません。つい感情が昂ぶりまして」
「ええ、何せ千年帰りをお待ち申し上げたもので。申し訳ありません」
謝罪の言葉に微妙に毒が含まれている気がするが、レオは鷹揚に頷いた。
他人に興味がないので、彼は基本的に寛容である。自分に被害がなければ、だが。
「よし」
「よしじゃないだろうが」
その背中にリノが肘を叩き入れた。
痛くはないようだが、ちょうど背骨に当たったらしく嫌な音かした。
「ええと」
リノは気を取り直し、今度は見た目に見合う態度で背筋を伸ばして立っている2人を見る。
なんと切り出すべきか、と思ったが、とりあえず言った。
「……久しぶり?」
実質初対面なのだが、流石に自分を慕うものに「あんた誰」とは言えないし、記憶喪失と誤魔化すにはやはりこの世界を知りすぎている。こうしてずるずると泥沼に嵌っていく事になるのだが、それはそれだ。
「はい、本当にお久しゅうございます……っ」
言葉選びは正解だったらしいが、今度はうるうると目を潤ませ始めたパンドラと、子供のように頷くだけで言葉の出ない様子のカンダタを見て少し後悔した。
ヴィヴィアンとは別の意味で面倒臭い。
暫く2人を落ち着かせてから、リノとレオは彼らの用意した馬車でリノの拠点へ向かう事になった。
この後起こる惨劇を知ることもなく――
◆
――20分後、リノは先ほどの比ではない数のペットにぎゅうぎゅうに押しつぶされていた。
もう既に、リノの体が見えない。流石にレオも呆れたが、助けようがない。
どこに居るのかわからないのだから。
「ご主人様ーッ!」
大体がこんな感じて叫びながらわらわらと群がっている。
それにしても種類が多いと思いつつ、レオはパンドラが注いだ紅茶(三杯目)を飲んだ。
動物の形をしたもの、人の形をしたもの、あるいはどちらにも当てはまらないもの。
共通しているものといえば、総じてリノに向かって突っ込んでいく事くらいである。
「助け――ぐえっ」
今度こそ死にそうな気がするが、蘇生は一応可能だ――そういう問題ではないのだが。
レオは四杯目を注いでもらいながら、自分のところには帰りたくないな、と思った。
十数分も経った頃、漸くリノがふらふらと群れから出てきた。
恨めしげにレオを睨んでいるが、文句を言う気力もないらしい。勢い良く椅子に腰を下ろし、ぐったりと背凭れに身を預けてため息を吐いている。
己で選んだ道だ。
悪く言えば“知ったかぶる”ことを選び、理乃ではなくリノとしての責任と権利を享受する事を選んだのだから、ならば、彼らのことも受け入れなければいけない。
とはいっても、やはりこの数の狂信的なペット達の熱い抱擁は体力的にも精神的にも色々とくるものがあったらしい。
「クッキー食うか?」
「たべる……」
相変わらず妙に頑固だと思いながら、レオはクッキーを一枚取って渡すのだった。
わんわん!




