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首無し騎士と人食い馬車









 パンツスーツがよく似合う、派手な容姿の美女が歩いている。

 王都では有名な玩具屋の店長である彼女は、男女問わずよく恋文を貰っていたのだが――近頃、とある少女に入れ込んでいるという噂である。


 彼女は一軒の宿に入って行き、そして数秒後に飛び出してきた。


「ご主人様あああぁぁぁぁああああ――!」


 ――けして故意ではないが、すっかり忘れ去って挨拶すらなく王都を出て行った主に向けて、腹の底から絶叫しながら。







 二頭の馬に引かれた馬車は、緩やかに坂を登っていた。

 御者台には、御者にしてはかなりしっかりとした武装の――首のない騎士がいる。首は安全な場所に置いてあるが、特に目がどこにあろうと問題ないらしい。

 彼は、首無し騎士(デュラハンナイト)のクビナシである。


「……」


 彼は手綱を握りながら、傍らに置いた袋に手を突っ込んだ。そして取り出した干し肉を、ぽい、と後方に向かって投げる。


 瞬間、がぱりと馬車の後部の中心ががぱりと割れ、牙をむき出しにして干し肉を舌で受け止めて閉じた。

 食虫植物が虫を捕食するようなワンシーンは、のどかな光景には明らかに不釣合いである。

 彼は人食い馬車のボログル。

 モンスターの一種であるが、今は主たちを乗せてのんびり走っている。というか主が中に乗っているので、いつになく上機嫌であった。



 その中で、少年少女はうとうとしていた。

 片方は背もたれと扉側の壁の間の角に嵌るような格好で座ったまま転寝し、片方は寝る気満々でその足の上に頭を乗せて横になって丸まっている。

 向かい側の椅子に座ればいいものを、そちら側には荷物がどっさり載っていた。


 ほとんど眠りに落ちかけながら、レオは思い出していた。

 うっかり遠く離れた土地に行ってしまったあの日のことだ。

 農道で必死に手を振り、乗せていってください、と声を張り上げた。心細さが、むしろ2人を大胆にしていたのかもしれない。そうしてなんとか家に帰ろうと頑張って――最後に乗ったのは、知り合いの車だった。

 安心するあまり、今のような格好で眠ってしまったのだ。気づいた時には自宅で、2人はそれぞれの親にこってりと絞られたが、思えばあれはいい経験だったのだろう。


 知らない場所に放り出されて必要以上に混乱しなかったのは、心に掛けられた不本意な制限の所為だけではないのだろう、と思う。


 あの時と違うのは、おそらく帰ることがとても難しいという事だ。


 ぼんやりと、眠っているリノを見る。

 どこか疲れたような背中がなんとも物悲しい。


「……すし……」


 切実な寝言を聞く事なく、ぼんやり考えていたレオも深い眠りに落ちたのであった。



 レオのペットであるクビナシとボログルは当然、レオを第一に考えている。

 主人が眠ったことを察知して、走行が更に静かで穏やかなものになる。それでいて速度は落とさないどころか少し早くなっているのだから、恐ろしい忠義である。

 ちなみにリノのペットとは違い、レオのペットは抱きついたり間接キスを要求したりはしない。獣型であれば擦り寄るくらいはするが、おおよそ一般的な主従の範囲内と言える。


 時折落ちそうになる首の位置を直しながら、疲れを知らないクビナシはのんびりと馬を操っていた。ちなみに、馬にはちゃんと首がある。

 ただし彼らは馬は馬でも特殊な馬で、獄馬という種である。今はしまいこんでいるが、黒い蝙蝠のような翼と捻じ曲がった一本の角を持つ。今は額に小さな角が覗いているだけだが、本性を現せば禍々しい姿だ。


 首の無い御者、人食い馬車、地獄の蒼褪めた馬。

 禍々しい組み合わせにも程があるが、至極平和に進んでいく。

 他の旅人が遭遇すれば泡を食って逃げ出すのは確実だが、モンスターも逃げていくのでこれはこれで良いのかもしれない。


 そうして夕時、普通の馬車の倍以上の速度で王都・レイレスト間の中間地点に当たる古代の砦に辿り着いた。

 昼寝のしすぎでぼんやりしている主たちの席を整え、甲斐甲斐しく世話をするクビナシ。

 食事の用意まで出来た頃で、ようやく2人ははっきりと目を覚ました。


「……わあ」


 ぱちぱちと音を立てる焚き火と、焼いて切り分けられた、恐らく猪であろう肉。

 小さな青い蕪のようなものや、短冊切りにされた緑色の何かと、色味がどことなく青っぽい葉野菜でできたサラダ。

 おまけに、葡萄のような形の黄色い果物。


 スキルに頼らない素朴な調理法だが、それが逆に食欲を掻き立てる何かがある。

 当の本人が褒めて褒めてと言いたげに首を抱えて正座している事を除けば、出来た従者だ。


「すごいな」


 レオがそう褒めると、兜の所為で表情は分からないが、喜びの空気が伝わってきた。

 我関せずとばかりに既に料理に手を出していたリノは、釈然としない思いを抱いた。


 多かれ少なかれ、ペットは主への忠心を持つ――というのは実証されたが、なぜ自分だけああなのだろうか。もしヴィヴィアンだったなら、褒められた時点で奇声を上げて抱きついている。


 なんとなく苛立ちを込め、隣に座るレオの足を軽く蹴りつける。

 怪訝そうな顔をしながらも、彼は特に突っ込まなかった。



 そうして、深夜。

 昼寝のし過ぎでなかなか眠気のこなかったレオとリノも、ようやく数分前に馬車の中で毛布に包まって眠りについた。

 クビナシは頭をしっかりと乗せ、微動だにせず馬車の横に立っている。二頭の獄馬――セイコとオグリは退屈そうに草を食み、ボログルは沈黙を守っていた。

 暫く、獄馬たちの立てる音だけが響くが――


 ――がさ、と音がした。

 次の瞬間、クビナシが音もなく鞭を撓らせていた。

 藪の向こう側に居た小さな鼠のようなモンスターが、断末魔すら上げずに絶命している。

 死体を器用に鞭で絡め取ると、ぽい、と投げる。ボログルが口を開け、ぱくりと丸呑みにする。


 どこか不満げな雰囲気からすると、物足りないらしい。

 今のところ人間は食っていないが、主たちの寝ているうちに近くに来たら危ないかもしれない。

 その様子を見て、心なしか獄馬たちが馬車から遠ざかった。


 夜は更け、やがて明けていく。

 その間、クビナシは接近した獲物を捕らえては馬車に投げ与え続けたのであった。






クビナシ:首がないので

ボログル:乗り物妖怪と言えば朧車……ということで

セイコ:ハイセイコー

オグリ:オグリキャップ


相変わらずひどいセンスですいません


人食い馬車のルビを考えていたら夜が明けそうなので、ひとまず保留にしておきます。


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