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出発準備と遊び人










 リノの体調が戻るまで、三日を要した。といっても最後の一日は元気だったが、病み上がりだからとベッドに押し込まれるお決まりのパターンである。

 さてどうするか、と2人は話し合い――数日中には出発し、リノの拠点ホームへ行く事にした。その前に、いくつか寄る所があるので済ませてからだが。


 という訳で、訪れたのはレンダール雑貨店である。

 かなり大きな店で、パンから馬車まで揃うと言われているらしい。何を調達するかというと、手持ちのアイテムで賄いきれない生活用品の類だ。特に、衣類。

 装飾アイテムの衣類にも限りがあるし、何より下着の数が足りないのだ。


「……でっか!」


 2人は店が見えるなり、同時にそう言った。

 三階建てだが、大型ショッピングセンターくらいの広さがありそうだ。この王都で見た建物の中でも最大級の大きさである。

 元の世界ではさして珍しいものでもないが、この世界の建物はどちらかと言えば小ぢんまりとしているため新鮮に感じる。


 中に入れば、平民はもちろん、少し身なりのいい人間もちらほらと見える。

 そして店員は分かりやすい。同じエプロンを付けている事もあるが――全員、コボルトなのだ。種類は様々だが、いずれも犬顔なのである。

 グレート・デンにスピッツ、プーリーにバセット・ハウンド。様々居るが、リノはある店員を見てぴくりと肩を震わせた。


「サモエド……なんか嫌な予感が」


 口先で言い包められてあれこれ買わされる予感である。

 リノは悪知恵は利く方で頭もいいが、あくまでそれは高校生の範疇で、だ。海千山千の大商人の手に掛かればあっさり騙されかねない。


 2人は一度別れて、それぞれ買うものを見て回った。とりあえず全て籠に放り込んで、会計は纏めてするつもりだ。何しろ、持っている金はほぼ金貨なので、とても使いにくい。百万円の札束を持ち歩いているようなものである。

 文化の問題なのか、既製品の服というのはあまり無い。下着はあったので、洗えない事を予想して多めに買う事にする。

 更に、女としての必要最低限の化粧品の類も。リノはさほど気にする方ではないが、一応女だ。ちなみに学んだのは母からではなく、レオの家族の女たちである。


 そして再び合流しようとレオを探し、漸く見つけた時――思い切り溜息が出た。


「ちょっと」


 背後から近づき、背中をばしんと叩く。

 気だるげな顔で振り返り、レオはほっとしたように肩の力を抜いた。


「リノ……」

「会計行くよ。で、何してんの? そこのお嬢様は」


 馬鹿にしたような声音で言うと、レオと話していた――というよりは一方的に話しかけていた公爵令嬢アデライド・シュアリナ・ジュベレはむっとした顔になった。

 桃色のロングヘアーと同色の瞳に、気の強そうな顔立ち。ジーナが姉系でレマリーが妹系ならば、同級生といった感じである。


「……レオ様に会いに来ただけで、けしてあなたと会いにきた訳ではないですわ」

「こっちだって、買い物に来ただけだよ。邪魔しないでくれると嬉しいなあ」


 ばちりと火花が散る。なんとなく似ているからなのか、相性が悪いようだった。


「それよりレオ様、衣服ならいい店を知っておりますのよ」

「いや、いらないけど」

「この女に付き合ってわざわざ安物を買う事はございませんわ」

「君に付き合ってわざわざ高いもの買う必要もないけどね」

「なんですって!」


 女の戦いに挟まれたレオは、おろおろしつつとりあえずリノの籠を受け取って先に会計を済ませようかな、と思い始めた。どうも長く続きそうである。


 その時、背後から声がかかった。


「お客様、何かお困りでしょうか?」

「ん? あ、会計をしたいんだけど……」


 振り向くと、そこには白いふわふわとした毛並みに笑ったような特徴的な顔――サモエドに似た容姿のコボルトが立っていた。


「畏まりました。こちらへどうぞ」


 付いて行くと、レジカウンターがある。流石に物が多いので、手分けして値札を確認していた。流石にこれは手作業であるらしい。

 数分もかからず支払いを終わらせ、紙袋を六つ軽々と持ち上げて元の所に戻る。


「うるさいよ、年増」

「お黙りなさい貧乳」


 やはり似たもの同士らしい。

 その後、不毛な争いをなんとか止めるのに30分近くも掛かった。



 漸くアデライドを振り切って店を出る。あと寄りたいところと言えば、ヴィックルの所だ。

 一応世話になっているので、挨拶である。


「たのもー」


 応接用のソファには、相変わらず誰かが寝ていた。近づいてみると、傍らに杖を置き、あろう事か本来使うべき剣を足元に放り出したロレンシオである。

 あまりによく眠っているので、とりあえず額にMと書いておいた。


 訓練場には、あの日と同じように見習いたちや騎士が居た。ヴィックルの姿もある。

 レオは興味深げに、リノはつまらなそうにその光景を暫く見つめた。そのうちに、ヴィックルが気づいてやって来る。


「……そいつが例の?」

「うん。あ、そろそろ王都出るから挨拶しに来たんだけど。これおみやげね」


 レオの持った大量の紙袋から、取り出したのは瓶入りの果物の蜜漬け。レモン(のようなもの)や桃(のようなもの)など、様々な果物が入っているお得な品だ。それなりに大きいので、全員で摘んでもそうそう無くならないだろう。


「おお、助かる。……聞いているかもしれないが、俺はヴィックル。ここの長もやっているが、本来はイロハ様のペットだ」

「……レオだ。なんか、ガタイのいい男が自称ペットって、微妙に怖いな」


 双方微妙にずれた自己紹介の後、握手を交わす。


「それにしても、2人旅か? なんというか心配だが」

「ああ、大丈夫だよ。ペットに御者させて、案内もさせるし」

「御者? 馬車で行くのか」

「人食い馬車だけどね」


 人食い馬車。四人乗りのそれなりに豪華で大きな馬車だが、後方がぱっくりと割れて口になる生きた馬車だ。ちなみにレオのペットである。

 御者にするのは、馬車の扱いに長けているであろう首無し騎士(デュラハンナイト)だ。


「……突っ込むまい。まあ、達者でな」

「そっちこそね。ああ、師匠見つけたら連絡するよ」

「有難い」


 お土産を渡した時よりも、よほど目が輝いている。

 正直者め、とリノがヴィックルの脛を軽く蹴った。







 宿に戻り、最後の夕食となる食事を取る。

 明日にチェックアウトする事を伝えると、いつもの通り給仕をしていたダリオはサービスだといってデザートを一品増やしてくれた。


「また、王都に来た時にはどうぞご贔屓に」


 現代日本人の感覚からしても、この宿の居心地はとてもいい。テレビも冷蔵庫もないが、代わりに空気はいいし喧騒は心地よかった。

 異論は全くない。


「勿論だよ」

「これ、美味いな」


 レオが珍しくも賞賛しているのは、サービスされた品である。

 レモンのような味の冷たいゼリーだ。半ば凍っていて、外側はぷるぷるとしているが内側はしゃりしゃりとしている。ゼリーを冷蔵庫で凍らせたような感じだ。

 それに少し甘いソースが掛けられ、生クリームと桃のような果物が添えられている。シンプルだが、なかなか美味しい。


「そのデザートはとっておきでして。主に、お帰りになるお客様に出します」

「……まあ、これならまた食べようって気にもなるよね」

「ええ。それが狙いですが」


 にっこりと笑うダリオは、やはりディルクの血を引いている。

 レオは名残惜しげにスプーンについたソースを舐めつつ、そう思ったのだった。






凍らせた蒟蒻ゼリーが好きです。


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