知恵熱娘と看病戦士
幸いと言うのか、目立つ人間がかなり居たおかげでレオとリノもさほど噂になる事はなかった。
というか、そもそもかなり前方――魔物たちの後方で暴れたために、あまり姿を見られていなかったらしい。見たのは精々先走りまくったロレンシオくらいである。
ジーナ・カロッタは何時も通り活躍した。また、ロレンシオも随分と名を上げたらしい。
そんな情報を聞きつつ、リノはぐったりと――しかし顔は不機嫌に、寝転がっていた。
「発散したら発散したで、これか……」
うるさいと言いたげの視線を向けるだけで、リノは何も言わない。
言わないというか、言えなかった。熱でぐったりしている上に、喉が痛くて声も出せない。喋るともれなく咳き込む。そして繰り返すと、吐きそうになる。それが嫌なので、無理に喋りはしない。
「お前、本当にめんどくさい奴だよな」
完璧に自分を棚に上げた一言に、だからどうした、と言わんばかりの憮然とした表情。
相変わらずの様子に小さく笑い、額の熱で生暖かくなった布を取って氷水に浸していると、ドアがノックされた。
「誰だ?」
もし例の3人だったら放置するつもりだ。薄く扉を開けると、そこにはいつも給仕をしていた茶髪の青年が立っていた。手には食事らしき盆を二つ持っている。
「食事をお持ちしました。具合はどうですか?」
「まあ、一日寝れば治ると思うけど……どうも」
「氷などが必要でしたら、いつでも仰ってくださいね」
にこにこと笑う顔に、なんとなく既視感がある。盆を受け取りながら首を傾げたレオに気づいたのか、彼は改めて自己紹介をした。
「ダリオ・ティンダと申します。父に似ていますか? うちの支配人なんですが」
「……ああ、なるほど。なんか見覚えがあると思ったら……っていうか、息子? 孫じゃなくてか」
「こう見えて、あと4年で30歳の妻子持ちですよ。見えないでしょう?」
どう見ても“青年”という年頃にしか見えない。今の今まで同年代と思っていたレオは目を見開き、口をぱくぱくとさせた。
「ちなみに父は逆で、ああ見えてまだ40代なんですよ。ギリギリですが」
これもまた衝撃であった。
「…………うちの爺さんと同年代かと思ってたな」
「よく言われます」
何故か照れたように言うダリオに、レオは小さく笑みをこぼした。
少なくとも、某放蕩貴族や3人娘よりはまともな人間に出会えてよかった、と。
暫く話した後、ダリオが戻っていったので、レオはベッドの傍でひとまず食事を取ることにした。
本日のメニューは、リゾットである。おかずが二品、デザートにはシャーベット。ちなみに魔法が掛かっており、プレートの上では食事が冷めたり溶けたりすることはない。
リノのものは量が少なめで、薄味になっているようだ。飲み物は喉に優しいという秘伝のドリンクである。材料は教えて貰えなかったが。
「リノ……えっと……雑炊食えるか」
リゾットという名称が出てこなかったようである。
リノは頷いてずるずると体を起こし、そして当たり前のように口を開いて待機した。
特別なことではなく、お互い体調を崩せばそうする。滅多に無いが、レオが風邪をひいていればリノですらやる。持ちつ持たれつが基本なのである。
そうして食事を終えて、体を拭く事にした。別段触っても見ても変な気は起こさないが、流石にやる訳にもいかないので、丁度やって来たヴィヴィアンに任せた。
「はあぁ……ご主人様……ああ、なんと愛らしいお胸で」
「…………殺っ、ゲホッ、げほげほげほっ」
無理やり声を出してでも言わなければいけない事が世の中にはある。
今日ばかりは叫ばなかったヴィヴィアンは、フルーツを置いて帰っていった。
◆
ジーナ・カロッタは物思いに耽っていた。
戦闘が終わった時、既に戦場にレオの姿は無かった。前代未聞の討伐速度に、誰がモンスターの背後を突いたのかと疑問は沸いていたが、すぐにレオたちの仕業である事は分かった。
代理人が換金にやって来たが、どちらもとんでもない額だったと言う。守秘義務があるため細かい事は不明だが、居合わせた職員の驚きようは凄まじかったそうだ。
女だてらに冒険者を始め、もう10年になる。結婚すべき年齢はとうに通り越し、そもそも恋愛に興味を持てず、ただ戦う事に心血を注いできた。
容姿のいい冒険者は居るが、性格のいい冒険者は殆ど居ない。まだ故郷に居た若い頃は恋もしたが、有名になった今では――恋は弱点となることも、ある。そう思うと、人に好意を持つ事すら難しくなった。
レオはあらゆる点で新鮮だったのだ。
若く、強く、そして欲というものが無いように見える。出会った時既に女性を連れていたのに、嬉しげではなかった。むしろ迷惑そうにしていたし――自分の容姿に少なからず自信を持っていたジーナが近づいても、一向にでれでれとする様子はない。
けれど、危なくなれば助けるし、心配もする。そういう所を見ていると、年の差も忘れてどきどきとしてしまった。
乳を押し付けても、更に露骨に迫っても、動じない。迷惑そうに眉を顰めて「やめろ」といい、度が過ぎると照れ隠しではなく本気で怒鳴る。
一度そうなった時、ジーナは反省した。彼はまだ若いというより、幼い。そんな相手に勝手に惚れておいて、わざわざ卑怯な手段を取ってしまった事を。
そう思ったから、それからは冗談程度の迫り方に留めて普段どおりにしていた。どうせ既に嫁き後れているのだから、少しくらい時間がかかってもいい。自分自身を見て、いずれ評価を変えてくれたらいいと思った。
――だが、リノが現れた。
何事にも無関心な男なのだと思っていた。なのに、リノに対しての態度はまるで違った。
けれど、その事に絶望することはなかった。アデライドが憤り、レマリーが泣きそうに笑う、そんな風には出来ない。そこまで素直に感情を表す事は出来ない。
妬ましいが、誇らしい。彼は“何事にも無関心”ではなく、大切なものを大切に出来る人間なのだ。
そう分かっただけでも、いい収穫だった。
――ならば、大切なものになればいいではないか。
嫉妬はするが、リノになりたいとは思わない。彼らの結束には目を見張るものがあるが――恋ではないのだ。少なくとも、今は。
ならばいっそ、両方落としてしまえばいいのだ。会うとついつい突っかかってしまうが、それはそれである。
きっと、ドラゴンを討伐するよりは簡単だ。問題は――彼らに会う機会が減る事。
「困ったわね」
暫く王都を離れる事は出来ないのだ。彼らが王都を出ると言うのなら、色々と片付けてから追うべきなのだが――どうするか。
(鬱陶しがられるかな……)
子供は大人に構われると鬱陶しがるものである。
色恋の問題だというのに、何故か育児に悩む母親の顔をしているジーナであった。
そのジーナを影から見守っている人々が居た。
「見ろよあの物憂げな顔……!」
「ああああ慰めて差し上げたい」
「でもなあ……あいつだろ、あいつ。例の」
「それがなあ。今、彼女の看病してるとか聞いたぞ」
「べた惚れなのか」
「べた惚れだろう」
「……失恋……くうっ、俺が慰めても意味が無いが、やっぱり慰めてさしあげたい」
「気持ち悪い事してないで、普通に慰めて来たら?」
「「「「そんな恐れ多い!」」」」
口を揃えて言うのはジーナのファンクラブ――元荒くれでジーナにボコボコにされて更正した者たちである。呆れたように助言するのは、今はギルド職員であるディース。もとい、ゼディーギス。
(なんでレオなんだろうなあ)
こんなに慕っている人々が居るというのに、よりにもよって――見た目は良いが、幼馴染至上主義の朴念仁に何故入れ込むのだろうか。ちなみに、今はいないが自ら声を掛けたり、食事に誘ったり、あるいは一緒の依頼を受けたりする猛者も居る。半分は相手にされないが。
彼はそんな風に思いつつ、悩める乙女にサービスする紅茶を用意するのであった。
若い頃はぶいぶい言わせていたディルクさん、若気の至りでうっかり幼馴染(生花店一人娘)を孕ませて流れで結婚、以後まじめに働く。 というサイドストーリーをなんとなく夢想。
受付に立って50年程ですが、育児をしながら働いていた母親が受付のカウンターに赤子を乗せて受付をしていた時分から数えて“約”50年、という事。……え、無理やり? すいません。




