勇者もどきと杖の騎士
剣を、ただ一振り。
戦士系の最終クラスである戦闘王は、通常攻撃ですら衝撃波を発する。無造作に横薙ぎに振るう、それだけの動作で跳ねて移動している案山子が一帯から消えた。
消えたというか、塵と化した。脆弱なボディは粉々に砕けて砂埃のように舞い上がり、レオの姿を隠すだけの役割を果たす。
輝く銀の剣を振るう、金髪碧眼の勇者然とした青年。
その姿を遠く――城壁の上から眺めていた少女は、ち、と舌打ちした。
「んだよ、見えねえじゃん」
唇を尖らせた小女は、金茶色の髪を纏めて帽子に仕舞っていた。
瞳は緑、服装は一見するとただの町娘――それも幼い少女のようなものであったが、よく見ればその布が庶民には手の出ない高級品で、縫製がしっかりしている事は伺える。
片手には銀色の筒が握られている。レンズの嵌められたそれは、望遠鏡であった。もちろん魔道具――アイテムの一種であり、普通のものよりも優れている。
「せーっかく勇者サマとやらを見に来たのに、派手すぎて面白かねえな、全く」
まるで、草刈りだ。
一方のリノも、先ほどから爆心地となっていて姿が見えにくい。地面まで巻き込んで突き崩す荒々しい攻撃。空中で回転した巨大な黒いダイスが6を示したかと思えば、死神が現れて大鎌で周辺一帯の案山子を斬り飛ばし、白いダイスが6を示せば天使がその翼を広げて抱き締めるように命を喰らう。
ド派手な攻撃に、少女は目を爛々と輝かせて望遠鏡を目に押し当てた。
「何あれ、超すげえ! あっちのが欲しい!」
「……お嬢様、結婚相手を探すという話では」
「え? あれでいいよ。可愛いじゃん」
「問題だらけです」
横に佇む青年が憂いを含んだ吐息を漏らす。流石に溜息は吐かないが、目にはうんざりした色が浮かんでいた。
「それより、あちらの男性はいかがでしょう」
「どれだ」
「高笑いしながらステッキを振り回している男性です。なかなかの腕ですよ」
「ただのキワモノじゃねえか」
びしりと突っ込む。望遠鏡を向けた先で、剣の刃が通らず四苦八苦する兵の中、健闘を見せる男が居た。そもそも、ある程度の攻撃力とレベルがあれば苦労する筈のない相手なのだから、彼で漸く最低限のレベルと言えるのだろうが。
執事服に身を包んだ青年は、彼の名と顔を知っていた。同時に、疑問に感じる。
(どうして――伯爵家の長男があんな所に?)
本名、ロレンシオ・バラハリス――数度、パーティで見かけたこともある。その時は知り合いの某放蕩息子を思わせるような遊び人だったと思うが、何がどうなって一兵卒となっているのか。
騎士団に身を置く貴族は多いが、流石に長男となると少ない。居たとしても、普通ならもう少し上の階級からの筈だし、よりにもよって真紅隊。いや、だからこそ、なのか。
子供のようにはしゃいでいる少女を窘めながら、青年は黙考した。
何故、という疑問は尽きない。気になるという訳でもないが、物事には大抵裏があるものだ。
万一のことを考え、調べておくに越したことはない。
「お嬢様、空模様が怪しくなって参りましたが」
「ああ? 傘差しゃあいいだろうが」
「そういう訳には参りませんよ」
暫くして、渋々といった調子で少女はその場を去った。その後ろに、青年が続く。
討伐を終えるのも、そう長くかからないように思えた。
◆
何体目となるだろうか。
杖の扱いは随分と上達した。先ほどから、敵を有る程度倒すと唐突に力が増す感覚があり、戦う事が楽しくてたまらない。
50程度のレベルでは、反撃こそされないが攻撃も通りにくい事もある。しかし、それでも撃てば響くような感覚――ロレンシオは気付けば、笑っていた。
跳ね回る案山子を杖の先で突く。腹を易々と突き通したそれを、持ったままぶん回して数体を叩く。
すぽんと杖から抜けたものを全力で踏み潰す。支給品の靴は履き心地は最悪だがこれでもかというほど硬いので、頭部が潰れて動かなくなった。
案山子は攻撃手段を持たない。しかし、跳ねて移動してくる。でなければそもそも襲撃が成り立たない。
とはいえ、レベルの低い人々にとって、80や90といったレベルの案山子が飛んできて下敷きにされてしまえば、致命傷となりうる。
まあ、さほど素早くもないので、そんな事になれば間抜け扱いは必至――なのだが。
「うぎゃああああ!」
腹を上から踏みつけられて絶叫する男が居た。
呆れたようにロレンシオは駆けて行き、1人先走ってボコボコにされたらしい男を引き摺って放り投げ、踏んでいた高レベルの案山子の首にステッキの持ち手を引っ掛けて引き寄せ、腹のあたりを蹴って地面に倒した。
脂汗をかいて腹を押さえている男は歯軋りしながら、ずるずると立ち上がって剣を握った。
「どけっ」
「死にそうな顔してんじゃねーか。まあいいや、押さえとくから首落とせ」
背中を踏みつけて動けないようにしつつ言った。
言った後で、貴族のプライドを考えると断るだろうかとも思ったが、男は両手で剣を握って振り下ろす。切るというか、真下に落とすような切り方だった。
流石にここまですれば刺さる。頭を踏みつけてごりごりと左右に穴を広げる若い騎士を見て、ロレンシオは思わずひゅうと口笛を吹いた。
「紫紺隊か。にしては型破りだし、マントも付けてないな」
ロレンシオ達にしてみれば、隊ごとに色の違うマントやらサーコートは邪魔なので儀礼の際にしか着用したくない代物だ。しかし貴族たちは見た目の方が重要と思っているらしい。
しかし、この青年は胸についた紋章以外に紫紺隊であることを示すものはなかった。
「そこのそれの所為で飛んでったんだよっ」
憎憎しげな顔で言われる。
それを聞き、ロレンシオはにやにやしながら言った。
「さてはマント引っ掛けられたな?」
「うるさいっ、蝙蝠どもは黙っていろ」
「蝙蝠ねえ。獅子奮迅の戦働きをしてるうちのリーダーに失礼極まりないぜ、若者よ。つーか顔色まで紫で言われてもな? これに懲りたら、せめてマントは短くしてこいよ」
怒鳴ってくる青年はスルーして、ロレンシオは颯爽と次の敵に向かっていった。
遊ぶ暇などない。ぴょんぴょんと向かってくる案山子を薙ぎ倒し蹴り倒し引き摺り倒し、頭を潰して停止させる。それだけが今すべきことだ。
気付けば隊の仲間が見えなくなっていたが、それはいいとしよう――と騎士団として色々ありえない、規律も何もない事を考えていたロレンシオは唐突に爆風に吹き飛ばされた。
「どわっ!?」
爆風のきた方向を向けば、そこには――
勇者。
ではないが、そうとしか思えないような煌びやかかつ勇壮な立ち姿を見せる剣士が居た。
きらきらと輝く金髪、戦場でも汚れひとつない銀の鎧には金と青の装飾。マントは抜けるような青で、紺碧隊のそれとは色味が違う。
手にした剣は陽光を跳ね返して輝き、敵に触れることすらなく衝撃波を飛ばしている。
「マジかよ」
――ロレンシオの頭によぎったのは、幼い頃祖母に教えられた勇者を讃える聖句。
いつか来る勇者への憧憬、あるはずもない救世を願うだけと思っていたそれは――光り輝く勇ましきものとは、まさしくこの男を示すように思えた。
光り輝く勇ましき者、闇を切り悪を裂き、その前に立つものなく、世に光を齎さん。
古語にするとなんとも口に気持ちいい四行詩になるくらいの印象だったが、ロレンシオは気付けばそれを口ずさんでいた。
勇者(?)はふいにこちらを向き、あ、というような顔をした。
「後ろ」
平坦な口調で言われ、ロレンシオは初めて敵が迫っていることに気付いた。
なんとか避けたが、先ほどえらそうな事を言ったのに自分が油断するなど、と後になって悶絶する羽目になったのは言うまでもない。
口に出すとなんとなく気持ちいい言葉ってありますよね。ピテカントロプス。ウィスコンシン州。カリオストロ。……どうでもいいっすね。
月2更新を志してたら四月が終わりそうになっててちょっと慌てたのは秘密です。




