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戦闘開始と遊び人

2話同時更新です。前話からどうぞ。








 リノはいつぞやのリュートを取り出し、一通りの強化系スキルを掛けた。パーティ限定ではなく無差別型のものなので、既に集まり始めていた騎士団の面々や冒険者にも掛かっただろう。

 突然軽くなった体に驚いている人々の間を潜り抜け、ふと気づく。


「ギルドの許可っているのかな」

「何でだ?」

「邪魔になるかもしれないし? ……えーと、装備揃ってないし、あの茶髪が居るからあそこだ」


 冒険者らしき集団にきびきびと指示をしているジーナ・カロッタ――の、頭の先が見えた。やはり平均身長が高いので、人込みに居るとよく見えない。

 するすると間をすり抜けていくと、こちらに気づいたらしく、一気に頬が高潮して目が潤み、凛とした女冒険者がただの恋する乙女に変わる。

 2人とも慣れたものではあるが、本当に奇妙だ。


「レオ! ……と、邪魔なロリ女まで付いてきたわね」

「誰がロリだ」


 笑顔のまま背後に回って首筋に杖の先をとん、と当てる。また動きが見えすらしなかったので、ジーナは唇を引き結んで悔しげに睨みつける。


「何の用よ。レオだけ置いていって」

「こうも実力差がはっきりしてるのに反抗的になれるのもある意味才能なのかな? いや、暴れに来たんだけど。許可とか居るのかなって」

「……ああ、そう。なら緊急クエストを発行してもらって、そこの優男に」


 指差された方向を見れば、ウェーブした茶髪に緑の瞳の背の高い男。

 ローブを着て、眼鏡を掛けてはいるものの――レオとリノは同時に口元を押さえた。

 うっかり叫びそうになったからだ。


「……あいつ、何してんの!?」


 声は抑えたが、男は気づいたらしくこちらを見て――優しげな笑みに薄らと妖しさを加えたかと思えば、ぱちりと片目を瞑って指を唇に当てた。思わず「うざっ」と口から漏れるほど気障だ。

 そこに居たのは、最近やけに遭遇する男――ゼディーギス・ガーズ・レーベルントであった。



「――はい、どうぞ。討伐要求数は無制限になっているので、後でギルドで見せれば数に応じた報酬が出ます。討伐証明は必要ありませんが、素材は買い取ります。……ってね。来るとは思わなかったなあ。あ、今はディースって呼んでね」

「……胡散臭いとは思ってたけど、ギルドでも働くの? えらく庶民的だね」

「ははは、まだ序の口だよ」

「お前、本当に胡散臭いなー」

「ありがとう」


 全く褒めていないのに爽やかな笑みを浮かべるところが、やはりゼディーギスである。

 というかここまで同じなのに誰も気づかないのだろうか、とすら思った。指に怪しげな指輪がいくつか嵌っているので、何かのアイテムの効果かもしれない。


「クエストカードは失くさないようにね。指揮官はジーナ・カロッタだから、一応指示は受けておいて。暴れろって言うと思うけどね」


 受け取ったカードはプラスチックのような素材で出来ており、クエストに関する情報が書かれていた。アイテムボックスに入れると、何故か使用できるようになっている。

 使用してみると、クエスト『王都防衛』を受諾しますか? とポップアップが表示され、イエスとノーの選択肢が出る。もちろんイエスを押した。

 ゲーム内にも、使用するとクエストを受けることの出来るアイテムはあった。例えば落し物アイテムは持ち主のNPCへ届けると何らかの報酬があるし、一部のスキルも拾ったアイテムを使用する事で習得クエストが受けられるようになっているのだ。


「レオ、カードはボックスに入れて使用で」

「おう……って、クエストアイテム」


 視界の端にクエスト状況を表示するウィンドウが表示されるが、意識を向けなければ見えることはない。便利なものである。


 にこやかに手を振るゼディーギスもといディースの元を去り、ジーナに指示を仰ぎに行く。


「誰があんたみたいな暴れ竜を扱えるのよ。適度に離れて好きにしてちょうだい、まあレオはあたしの側で――」

「じゃ、行くか」

「うん」

「……もう! まあいいわ、怪我するんじゃないわよ。若いんだからね」


 あっさりとそう言い、ジーナは2人の背中をぽんと叩く。これでレオに夢中でなければ、もっと仲良く出来ただろうに、とリノは思った。

 強いだけでなく、こういう性格だからこそ纏め役を任されているのだ。ただの荒くれではなく、優しくて面倒見が良い。


(本当に惜しいよねー……)


 しかし、そういった――社会的には素晴らしい女性が、目の色を変えて迫るのはよくあることである。特に、レオに関しては。

 たまに洒落にならないような――例えば刃物やらスタンガンを持ち出されることもあるので、そうなる前に回避するようになったのは当たり前だった。

 例外は認めたくないものだが、それでもジーナのように普段から戦い慣れた人間ならば、そうそう人に刃を向けたりはしないだろう。


 もう少し態度を考えてもいいかも、と思いつつ人の間を縫ってその場を去った。







 遊び人(フール)のパーティにおける役割は、様々だ。強いて言うなら撹乱の役が大きいだろうか――しかし、やろうと思えば攻撃にも補助にも回れるのだ。涙が出るほど防御が紙なことをカバーすれば、やりようによっては一流になれるだろう。

 そして、レオと組むならばサポートは全て自分でこなさなければいけないのだ。


「バフ掛けなおすよ」


 バフとは平たく言えば補助系スキルのことである。

 武器をリュートに切り替え、もう一度曲を奏でる。攻撃力と敏捷値その他が上昇し、効果時間が延長された。このスキルの場合、30分である。

 もっと大量のステータスが上がるものもあるが、その場合効果時間が短くなってしまうのでこのスキルを選んだのだ。


「おう。……何か、面白いなこれ」

「ゲームと違って短縮できて良いね」


 普通に演奏すればもう少し掛かるが、今はメロディーさえ合っていればテンポを速めても問題はない。元々楽器が得意という訳では無いが、やはり体が覚えているらしい。

 それから幾つかのスキルを重ねがけし、周囲で戦闘が始められたのを見てから駆け出した。


「手前が弱いね。奥からいこうか」

「なんかエロい」

「……。あのね……ああ、そうだ。名前オンにしてる? アイコンだけの方がいいけど」

「おう」


 案山子スケアクロウが気づく前にすり抜けていくが、群れの果てはまだ見えない。僅かに減速してウィンドウを操作し、モンスターの情報表示の設定を弄った。

 すると、モンスターの上、やや左寄りの場所に小さなアイコンが表示される。背景の色がレベル差を、文字はレベルを表しているもので、レベル差の目安になる。


「じゃ、始めよう」


 大分落ち着いたようではあるが、まだまともな状態ではないようだ。

 口元を歪めるが、どう見ても目だけ笑っていなかった。武器を切り替えるが、いつの間にか杖からトランプに変更されている。そして――くい、と手首を曲げたかと思えば、放られたトランプがばらばらに降り注いで案山子スケアクロウを地面に磔にしていく。


「……うわぁ」


 いきなり本気のリノから少し距離を取る。ゲームでは味方に攻撃は当たらないようになっていたが、今はどうだか分からない。高レベルプレイヤーからすれば切ないほどの弱火力なので死にはしないが、痛いものは痛いのだ。

 そして、すらりと剣を抜いた。慣れてなどいないのに、慣れた手つきで。

 細身の、一見して装飾的に見える美しい剣。聖剣と言われれば信じてしまいそうな程だが、生憎と無銘のただの剣である。――ただ、材料と作り手が普通じゃないだけの。


 真剣を使うのは、実を言うと初めてだ。

 こちらに来て最初の戦闘では、そもそも剣も鎧も装備していなかった。二度目の時は、借り物を持った。だがその時は、剣を使うまでもなく戦闘が終わった。


 ――刃物を向けられた事は幾度もある。平和な日本でそんな経験を何度もしてしまっているのが切ないところだが、おおよそ全て女性が原因だ。カッターから日本刀まで一通り相手にしたことがあるし、怪我をしたのも一度や二度ではない。おかげで修羅場での立ち回りは上達した。

 けれど、自分で使った事などない。喧嘩に刃物を持ち出すのは悪いことだ。けれど、手にした剣があまりにも馴染んでしまって困惑する。

 まあ、深く考えるのも面倒なので、とりあえず横薙ぎに一閃し――


「うお」


 ――うっかり出た衝撃波の所為でたたらを踏んだ。

 視界を埋める案山子スケアクロウが半分ほどぼろりと上半身を落として崩れる。こんな場面でもいまいち緊張感の足りない男であった。








レオは脊髄反射で喋ってる。たまに考えて喋ると裏目に出る。

そして相変わらずの伯爵家長男は神出鬼没です。


やっと戦闘入りましたが、難しいなー。この2人はほぼ無双状態なので、ロレンシオとジーナあたりに頑張っていただきます。

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