はじまりの遊び人
科学技術の発展によりVRゲームが一般的となった現代。PCの操作も脳波を感知する事で簡単になり、さらには自らの体でプレイする感覚を楽しめるVRMMOが流行している。そんな中“色物ゲー”と揶揄されるMMORPG、レイステイル・オンラインをプレイし始めて6年が経つ。
レイステイルは、かつて流行っていたタイプのオンラインゲームをそのまま進化させたようなゲームである。操作はマウスとキーボードから脳波感知式に変化したが、VRMMOのように自ら入り込むのではなく画面を見て操作する。グラフィックは3Dだが、リアルな等身大キャラクターではなく3頭身のデフォルメされたキャラクターが可愛らしい。しかしキャラクター以外は恐ろしくリアルで、アンデッド系モンスター等は頭身こそ3頭身だが、そのまま映画に出られそうだった。
そんなレイステイルをプレイしていたら、突然意識が途切れた。目が覚めてから十数分、この奇妙な状況が終わらないものか、と蒼髪に金色の目の少女はそっと目を閉じ、こめかみを指で押して眉を顰めた。
広がるのは荒野、ぽつぽつと延びた草は枯れたり枯れていなかったりで、動物の姿は近くには無い。空には何匹か鳥も飛んでいるが、見たことの無い鳥だ。遠くには森らしき緑の線も見える。
とりあえず手慰みに、手にしたリュートを指で鳴らしてみる。ゲームのエフェクトそのままにカラフルな音符が散って、大体3メートルのあたりで消える。そこまでが効果範囲なのだろう。
彼女の名前は、リノ。つい先程まではPCの画面に向かい、ギルドメンバーたちと相も変わらず馬鹿騒ぎに興じていた、筈だ。
「VRにバージョンアップしたという可能性は……、無いよね」
レイステイルの開発者たちは、仮想現実よりも理想郷を目指した。愛らしいキャラクターがとてとてと歩き回る仕草がいいのであって、中に人が入るのは嫌だそうだ。リノもVRMMOをプレイした事はあるが、ロリータファッションの愛らしいプレイヤーが思いきりがに股で歩いているのを目撃した事がある。確かにあれは気持ち悪かった。きっと開発者もその手のプレイヤーを見たのだろう、とリノは思う。
「……とりあえず、レオを探そうか」
ここが現実なのか、あるいはバーチャルなのかも分からない。けれど彼女はとりあえず、現実世界でも隣家に暮らし、ゲーム内でも殆どペアでいた幼馴染を探す事にした。
軍服のような蒼い上着に紺のミニスカート姿で、べれんべれんと適当にリュートを鳴らしながら歩き出す。他の音があまり聞こえない荒野が、少し心細いからだ。
独り言のネタも尽き、無言でリュートを掻き鳴らす。演奏スキルを体が覚えているのか、ほとんど無意識ながらメロディーを奏でている。その手の動きが段々激しくなり、やたらと激しい旋律を奏で始める。次第に、リュートからどす黒い波動と音符が放たれ始めた。
「ギュイッ!」
「んあ?」
奇妙な声が混ざり、振り向く。其処には茶色の草に倒れ、口から血を吐いた鼠の死体があった。気持ち悪くなったが、とりあえずしゃがんで覗き込む。
「……ああ、スキルが発動したんだ」
しばし悩んだ後、再び立ち上がる。ゲームプレイの時と同じように脳裏にスキルを思い浮かべると、思惑通りのスキルが発動する。死者蘇生の文字が脳裏に走り――掌から迸る光と共に、MPが消費される。その感覚は始めてのもので、少し目をぱちくりとさせた。特殊技能(
エクストラ)のひとつである死者蘇生は、HPが0になった者を1分以内なら蘇生できる、というスキルである。ただし、相手のHPの総量を自分のHPとMPから分け与える形になるが。
似たようなスキルが神官の再生だが、そちらの方は死ぬ前に掛けなければ効果が無い。
特殊技能とは、レベルカンストとクラスコンプリートその他諸々の条件を満たした者――至高人にならなければ習得できない。全部で200種あり、多岐に渡るバランス崩壊スキル及びお遊びスキル群だ。言わば茨の道を乗り越えた者達へのご褒美で、開発曰く“愉快なスキル”が揃っている。
ただしもう1度やれと言われたら遠慮したいような鬼畜クエストを200もこなさなければならない。筋金入りの廃人揃いである至高人達も、口を揃えて「もうやらん」と言う程だ。
「すまないね」
何がなんだか分からぬ様子の鼠に一応謝り、リノは再びリュートを鳴らしながら歩き出す。殺害してしまった事に罪悪感はあるが、生き返らせたのでプラマイゼロに落ち着いたようだ。
彼女は尤も扱い辛いと言われるジョブ、遊び人である。遊び人とは言うものの、どちらかといえば“楽しませる”職業が多い。
ジョブはいわゆる職業で変更は出来ないが、クラスはクエストなどで習得でき、それぞれ使用武器やスキルが異なるがいつでも切替られる。ひとつのジョブに5、6個のクラスがあり、戦闘などで熟練度を上げるとそのクラスのレベルが上がり、スキルやアビリティを習得できる。
つまり系統の同じ職業の中でクラスチェンジできる、という仕様である。
クラス習得クエストはレベルと共に解禁されていき、Lv900で一応全てのクラスが手に入るようになる。そして全クラスのレベルを200まで上げると、晴れてクラスコンプリートとなる。
それだけでも恐ろしく長い道のりだが、それでもクリアしたプレイヤーは20人弱存在する。至高人の数よりは多い。数としてはやはり前衛職が多く、後衛職が少なめだ。
クラスごとに装備を用意しなければならなかったりもするため、金銭的にもあまり手が出ないという者が多い。コンプリートの先にある至高人は確かに魅力的だが、まさにハイリスクハイリターン。そもそも辿りつくまでに大抵が挫折する。
暫くリュートでモンスターを寄せ付けない効果のある曲を奏でつつ歩いていくと、何やら遠くに建造物らしきものが見えた。
「お、第一村人かな」
リュートを片手に持って軽く駆け出す。リノの種族は猫妖精で、敏捷ステータスはかなり高い。風を切って駆け出すと、現実とのギャップに少し頭がくらりとするほどだ。
猫妖精は妖精種の中でも一二を争うほど貧弱で体力・筋力・耐久に欠けるが、他の要素はそこそこ優れている。特に敏捷・器用・幸運は最高クラスのポテンシャルを誇っていた。
しかし魔術師ならエルフやハイエルフが人気、盗賊や探求者にするなら身体面も優れた獣人種が向き、神官にするには少し魔力・知力が心許なく、守護者と戦士と格闘家は以ての外。
ようするに器用貧乏で、遊び人くらいにしか向いていない。その遊び人が少ないので、必然的に猫妖精の数も少ないのだ。
接近してみると、どうやら建造物はテントだったらしい。円形のそれは、遊牧民族が使うものに似ている――が、あまりに人気が無い。テントは5つ程並んでいるが、全く人の声がしないのだ。
「襲撃でもされたかな……まぁ、探してみよう」
物騒な事を言いつつ、テントの間を歩いてきょろきょろと探し回る。
リノは種族と職の特徴として、幸運がかなり高い。幸運値の高さは隠しスキルの超直感に反映され、ゲーム内では隠された物の発見を手助けしてくれた。具体的に言うと、怪しい場所の上に見えにくい三角が出る。リノはこの三角の発見率が物凄く高かった。
ちなみにこれは誰でも稀に発生する現象だが、すぐ消えるので見間違いかと思う人が多い。
あたりを見回すと、盛られたような藁の上に半透明の見慣れた三角形が浮いていた。鋭角で下を指していたそれは、すぐに消えてなくなる。リノは上機嫌で、藁の塊を覗き込む。
「さわりたくない……」
納豆のような臭いがする。黒い靴下にハイカットのスニーカーを履いた足で、つんつんと藁を突付く。うーん、と少し悩んでからスキルを発動させた。
すると、藁の塊が浮かび上がって何かが地面にどすんと落ちる。
念動力。これも特殊技能のうちの1つだ。
本来、ゲーム内で物を動かすには、所有権が自分にあるか誰にも無い物ならアイテムボックスに入れて出すだけで良い。念動力は本来物を動かすのではなく、モンスターを戦いやすい配置にしたりする事に使う。勿論物にも作用するが、効果時間はあまり長くない。
藁は完全に脇に退けられて、残ったのは唖然としている子供がひとり。
「なっ、な、ひっ……」
「やあ」
ひいいと何故か脅えている少年は、体の骨格こそ人間に近いが、顔がまるっきり犬だ。
犬の特徴を持つ種族は3つあり、犬妖精(愛すべき不人気種)と獣人の狼人族
(ワーウルフ)(ちなみに獣人は狼・猫・兎の3種)、そしてNPC限定種族のコボルトだ。
コボルトは敵モンスターでもあるが、このゲームでは普通にNPCにもゴブリンやコボルト等が居る。ゲーム本来のNPCの他、捕獲したモンスターをペットにして露店を任せる者が多い。
リノもレベル950の死神道化師に露店を任せている。名前をイットと言うのだが、プレイヤーの中では「トラウマが蘇る」とか「分かってても一瞬びくっとする」とか「お前はスティーブン・○ングか」等と大(不)人気である。
「コボルトか。パパとママはどこかな?」
「お、おおおお父さ、お、おとうさああああん」
「な、何で泣くんだ! もう、だから子供ってのはやなんだ」
リノは子供が苦手だ。思考がよく分からないし身勝手でよく泣く。前者2つについては思い切りリノにも当てはまるので、間違いなく同族嫌悪だろう。暫くリノはぐすぐすと泣く子供サイズの二足歩行犬を眺めて悩んでいたものの、手に持ったリュートを構えて弾き始めた。
沈静化(精神系状態異常の回復)の効果のある曲だ。何故か頭に流れ込む詩を口ずさむと、子供はみるみるうちに泣き止んで目をぱちくりとさせる。
ワンフレーズを歌い終え、はあ、と嘆息した。
「落ち着いたかい」
「う、うん」
至高の音色と謳われる(という設定)のレア楽器、《アル・ウード》。名前の由来はリュートの祖先と言われる楽器だ。形は琵琶に似ており、丸みのある背面には美しい模様が描かれ、弦の下の穴には凝った意匠の透かし模様。職人技を感じさせる逸品である。
少年は落ち着くと共に見たことの無い美しい楽器に眼を見張り、次に上を見上げて目に入ったリノの顔に口をぽかんと開けた。性格はともかく、美少女である事は間違いない。
「お名前は」
「……れ、レータ」
「レータ君か。とりあえず起立しよう」
「きりつ?」
「……立ってみて」
立ち上がったレータは、ふんふんと鼻を鳴らしながら立ち上がる。よく見ると、本物の犬より少し鼻が低いようだ。ちなみに毛色は柴犬のような茶色である。
リノの身長は160cmジャスト。元の体での身長ではあるが、目線が変わらないので多分同じなのだろう。そのリノの胸あたりまでしか身長が無いため、おおよそ140cm程度だろうか。
「10歳くらいか?」
「う、うん、10歳」
「そうか。で、10歳のレータ君を放って君のパパとママは何処に?」
割と酷い物言いだが、気を害すでもなくレータはしょぼくれた顔になる。リノはまた泣くのか? と若干後退した。逃げる気満々である。
「ど、奴隷狩りなんだ。こんなところまで悪い人がきて、みんな、連れてかれちゃった。だ、だれか助けてくれるまで、ここにいろって、お、おとうさんが」
「奴隷狩りぃ?」
あまり聞きなれない響きである。レイステイルの世界に奴隷制度は存在しない。捕獲出来るのは敵であるモンスターと、元からペットとして用意された者、あるいは戦闘可能なNPCのみだ。
――いや。遠い記憶を辿ると、そういえば何かで聞いた事がある気もする。確か、
「……あ、あれか」
レベル800あたりの頃に受けたクエストだ。コボルトの家族が奴隷商人に攫われ、それを助けに行くという内容だった。
レイステイルのプレイヤーは冒険者と呼ばれるが、NPCの冒険者も存在する。彼らは基本的に戦わず立っているだけだが、クエスト等の際に共闘する事もある。
そんな冒険者NPCの中でも悪人設定の者達がいて、無法者と称される。彼らはせこせこと悪事を繰り返し、クエストにもよく敵役で登場する。敵モンスター扱いなので、戦闘中であれば捕獲してペットに出来る。
ちなみにリノも無法者出身のペットを持っている。代表的な者だと、カンダタという名の自称大怪盗の紳士スタイルな美青年で、「ネーミングが酷い」としょっちゅう言われていた。ちなみに彼は盗賊の最上位クラスである大悪党である。
「うーん、助けた方がいいかな。どっちに攫われたか分かる?」
「……た、多分、あっち」
「ふむ。あ、馬車か何かの走った跡があるね」
リノはくるりと体を横に向けて、すたすたと歩き出す。助けるかは後で決めるにしても、無法者が向かったなら街か何かがあるという事だ。
その後ろを慌ててレータが着いてくる。
「お、おねえちゃん、危ないよ」
「僕は平気だ。助けてくるから、きみはテントの隅でガタガタ震えてるといいよ。じゃ」
「ええ!?」
「最悪、全部眠らせて救出するし。どうする?」
スキルが使えるのであれば、全く問題無い。レベルが高いので殆どスキルは必中だし、眠らせたり気絶させたりのスキルは豊富である。殺すのは気が引けるが、それなら問題ない。
レータは少し悩んだ後、リノの上着の裾を掴んで着いてくる。
「おや、来るのか」
「う、うん。し、心配だもん……」
「そうか。見上げた心意気だ」
「いや、おねえちゃんが……」
「……」
にっこりと笑顔が降って来る。レータは震え上がったが、ますますリノの上着を握り締めた。
のんびりいきます。




