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戦闘準備と遊び人

ちょっと説明回。うだうだ長いので読み飛ばしても構いません









 敏捷値には多少の開きがあるとはいえ、レオもそれなりに足が速い。

 飛ぶように駆け抜けていくリノを追いかけながら、避難していく人々にまったくぶつからない事に感嘆した。意識をせずとも、自然と体が人を避けているのである。


(……確かに、違和感無いしな)


 身体能力を持て余すことが少しも無い。思えば最初にこちらに来た時も、気づいたら体が勝手に動いていた。剣を持っていなかったので素手だが、それでもあんなに迷い無く動物を屠れるほど冷血ではないと信じたい。やはり、体が覚えているのだろう。

 リノも元々すばしこいタイプではあったが、あんな人間離れした動きができた筈が無い。喧嘩の経験もレオよりは遥かに少ないし、基本的に見ているだけだった。逃げるのは得意な方だが、まさか曲芸のような動きが出来る筈もないので、やはり体の性能のせいだろう。


 外壁に辿り付くのに、さほどの時間は要さなかった。

 リノは思い出したように立ち止まると、振り返ってレオの腕を掴み、物陰に引っ張った。


「え、何されるの俺……」

「着替え! 流石にこの格好じゃ戦えない」


 言われてみればそうだな、とレオは思った。

 お互い、戦闘用の効果が何も付いていない衣装である。元の世界であれば普通の事だし、そもそも身体能力が恐ろしく高いのだから無くても平気かもしれないが、戦いに備えない方が非常識である。

 2人はアイテムボックスから適当な装備を指定し、一瞬で着替えを終えた。


「……それ、まんま勇者だね」

「そうか?」


 レオの装備したミスリルメイルはギルドメンバーの作である。レオの戦闘スタイルに合わせて調整されているし、ミスリル以外に使用した材料もかなりのものだ。

 性能はもちろん、デザインもかなり凝っている。

 銀に輝く鎧に青と金の美しい模様が描かれ、瞳の色を映すような青いマントがたなびき、腰に佩いた剣もまた聖剣と見紛うような見事さである。


「リノは精々手品師だな」

「やかましい」


 対して遊び人(フール)専用装備のリノは、いかにもゲーム的にデフォルメされた燕尾服のような服だ。下はショートパンツとロングブーツで、頭には飾りの沢山付いたミニシルクハット。

 可愛らしいが、これを見て戦闘服だと思う人間はまず居ないだろう。性能はもちろん良い。

 手には一応杖を持っているが、使う気は無いのだろう。格下とはいえ、近距離戦では効率が悪い。


「行くか」

「うん」


 気を取り直し、それぞれ武器を手にして駆けていく。

 数十秒後、壁を出た後更に広がっていた田園地帯にげんなりしたが更に走る。


「あ、ちゃんと守ってよ。あと死なないで、蘇生きついから。死なないとは思うけど……」


 死者蘇生リバイバルは相手のHPの総量分を自分のHPとMPから消費しなければいけない。レオを蘇生するとなると、あまり余裕が残らない。回復すればいい話だが、その間手が止まるとなると少しきついものがある。


「分かってる」


 神官プリーストが居れば、再生リアライブであらかじめ保険をかけておける。復活してもHPとMPは半分だが、死ねば自動的に復活するのが利点だ。あとは回復魔法でどうにかなるし、少なくとも戦闘中であればこちらの方が便利である。

 だから普通はパーティに1人は神官プリーストを、もしくは蘇生こそ出来ないが白魔術師ホワイトメイジを入れるものなのだ。


 しかし、だ。


「――ま、気楽に行こうか。相手はカカシだからね」


 伊達に長い間ペアで戦っていた訳では無い。ヒーラーが居なくとも、戦ってきたのだ。

 それに戦闘経験が少ないとはいえ、VRMMOでの戦闘経験ならば少しはある。

 あとは、本人の心構え次第だろう。







「――おお!」


 ロレンシオ・バラハは杖をくるくると回転せさながら、感嘆の声を上げた。

 目の前には目をぱちくりとさせながら腰を擦っている同僚の姿。


「い、今、何が起きた?」

「殴ったな」

「じゃねえよ、その前だよ」

「剣を引っ掛けて落とさせたな、杖で」

「だあああありえねええええ!」


 戦う前までは馬鹿にしていた同僚を眺め、ロレンシオは上機嫌な笑みを浮かべる。

 かの少女に言われた通り、杖を使ってみた。手に持つ部分がくるりと曲がった、ごく一般的な杖だ。ちなみに鉄製で、表面は黒い塗料で塗ってある。

 もちろん一般用の杖が鉄製な訳が無い。鍛冶屋に作ってもらった品だ。

 最初は周囲も自分も半信半疑だったものの、これがなんとも手に馴染むばかりか、剣で戦うよりずっと自分が強く思えるのだ。


「なんかしっくりくるんだよな」

「いやいやいやいや……」

「という訳で、俺は杖を極める!」

「馬鹿だ! おい、馬鹿がい――」


 その時である。


 サイレンが鳴り響き、同時に鍛錬場へと続く扉が勢い良く開く。

 飛び込んできたのは、一見して鬼のような形相を浮かべた――


「「殴り込みだあああ!」」

「違う!」


 ――ヴィックルであった。

 

 ヴィックルは手早く指示を出し、最初に目に入った者に指揮権を譲渡して再び風のように去っていく。彼は真紅隊の中でも猛者なので、傭兵騎士とまで揶揄されるほど他の隊に扱き使われている。自分の隊でも扱いが酷いのに、他の隊にまでいいようにされているのだから哀れだ。

 しかし、隊長なしで戦地に放り込まれる彼らにはある意味いい経験になっている。


「えー、本日は俺が指揮官です!」


 ヴィックルが見れば烈火のごとくぶち切れるであろう、「あんたが指揮官!」と書かれたパーティ用らしきタスキをかけた男が腕を振り上げた。


「ゆるいな!」

「いつもの事だな!」

「どうせまた後ろだしなー!」

「まあ行くか!」

「「「「おー!」」」」


 第7小隊は今日もゆるい雰囲気で、戦闘準備だけはしっかりとしながら出動していった。もちろんタスキは置いていく。


「ロレンシオ、お前結局両方持って来たのか」

「こっちの方がやれそうな気がする」


 剣を佩いてはいるが、ロレンシオは片手に持った杖をくるくると回していた。

 こうしていると、どことなく安心感がある。――実はこの動作、遊び人(フール)の待機エモーションであるため、無意識のうちに出てしまうのだが。


 同じ現象に由来するのだが、自分に本当に合う武器は手に持つと無意識に振り回してしまうことがある――と巷ではそういう認識だ。

 これは武器とジョブやクラスが一致しているためで、わりと迷惑でもあるのだが、回したり掲げたりとその程度なので、むしろ大道芸のようで楽しまれているところもあるし、武器の妖精と気が合った、というような扱いだ。


「杖の妖精と気が合っちまったのかね。杖が武器だなんて初めて知ったけどな」

「あの嬢ちゃんだって杖で戦ってただろー」


 喋りながらも街の中を駆け抜けていく。普段ヴィックルによってしごかれている彼らは、レベルこそ50前後が多いものの、ステータス自体はやや高い。


 ゲームでのステータスの上昇値は、修練度(非公式的には努力値)とボーナスで決まる。

 種族とジョブによって決められた1レベルあたりの上限値までステータスを上げるには、ステータスに対応した行動をして修練度を上限まで上げ、それからレベルアップしなければいけない。

 これが中途半端だと、上げられるステータスを無駄にしてしまう事になるため、長期的に見ればしっかりと修練度を上げてからレベルアップするのが望ましい。


 しかし例外というものもある。

 公式名称は無いが、プレイヤーの間では“修練ボーナス”と呼ばれているものだ。

 気づかないうちにステータスが上がっている事がある。バグかと思われたのだが、気の遠くなるような調査の結果、歩数や素振りに従って増えている事が判明したのだ。


 そして、この世界の元NPCキャラクターであろう人々は、修練ボーナスが妙に多いらしい。

 単純にプレイヤー達より鍛錬の割合が多いのか、それとも肉体とステータスの差が自動的に埋められているのかは定かではない。だが、プレイヤーの修練ボーナスが精々5レベルに1、2程度であるのに対し、元NPCたちは1レベルあたりで同じだけ増加したりもする。


 リノやレオたちが同じレベルだった頃よりは、格段に強い。スキルは無きに等しいとはいえ、地力で言えば勝っているのだ。それでも100レベル以下が相手となるときついかもしれないが――おあつらえ向きに、相手は案山子スケアクロウである。


「よし、がんばんべ」


 ロレンシオはどこかいい予感すら感じながら、くるりとまた杖を回転させた。









ひとりだけ名前の出ているロレンシオ。

名前だけは伊達男に見えます。

活躍したい。予定。


ところで、全話までを一通り改訂してあります。

といってもゲームシステムと騎士団関連で少しだけ気になるところを直しただけなので特に読み返す必要はない……と思います。

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