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死の記憶と戦士

他の人寄りの視点だとサブタイが変わります。

という訳ですのでご了承ください。









 気づいた時には、もう何もかも手遅れだった。


 恐らくどちらかの家の一階から出火し、隣同士の家の双方を炎が這い上がったのだろう。

 背後の扉が燃え落ち、ごうごうと音を立てて室内が熱に包まれた時に、そう思った。


「やべえ」


 どこか他人事のように思えた。

 レオは今だ暢気にゲーム画面を映し出しているパソコンを睨み、それから思い出したように窓の方を見る。


 二枚のガラスを隔てた向こうは、幼馴染の部屋だ。

 間取りの問題なのか、こちらより火の回り方が早い。


 何故かこんな時に、キーボードに突っ伏して眠っている幼馴染。

 その姿を見て、何故だか力が抜けた。


(俺だけじゃないなら、いいか)


 そういえば生徒会役員職を押し付けられた時もこんな感じだったな、と苦笑する。自分だけでないのなら――同じ重さを背負うなら、何でも受け入れられる気がしていた。

 背中からじりじりと熱に迫られている状況の中で、次々そういった事柄が浮かんでは消える。

 ……要するに走馬灯である。


 そして気の遠くなるほど長い時間、生きたまま焼かれる苦痛に耐えた。いや、耐えたなどと格好付けられるものではない。悶え苦しみ、喉が枯れんとばかりに叫んだ。

 しかし煙を吸ったからなのか意識は薄れていき、時間も痛みも少しずつ忘れていったが、“死”という事実だけは消える事はなかった。







 リノは眉を顰め、下唇を噛み、無言で話を聞いている。

 壊したカップは既に片付けられ、多めに弁償したため、紅茶の入った新しいカップがテーブルの上に置かれている。

 しかし、それに手をつけようともしなかった。


「……焼け死んだ、か」


 話し終えると数秒沈黙し、そして低い声でぽつりと言った。

 そして深い溜息を吐き、片手で両目を覆い隠す。


「死体は、確認した訳じゃないよね」

「……いや」

「なら死んだとも限らない――と言いたい所だけど」


 そしてもう一度溜息を吐いて顔を上げる。

 顔色こそ少し悪いが、もう辛気臭い顔はしていない。

 むしろ、今度はレオの方が情けない表情をしていた。


「君は確実に死んだんだろう?」

「あれで助かったら流石に自分が怖い」


「――なら、僕も死んだ」


 そして、そう言って笑った。

 安心させるような、晴れやかで明るい笑みである。


 それがその場凌ぎであることを、よく分かっていた。


「帰るぞ」

「うん」


 返答は迅速だった。

 帰りたい、とひしひしと伝わってくる。既に金は払ってあるから、ここを出る事に支障は無い。


 ――しかし。

 2人は、忘れていた。トラブルは望む望まないに関わらず、いつでも理不尽に降りかかる。

 聞き覚えのあるサイレンが鳴り響き、2人の視界に同時に割り込んだウィンドウと文字列。


 王都アティナータをモンスターの群れが襲撃しました。


 淡々と示された、国の存亡の危機である。


「何で今……!!」


 周囲がざわめき始める中、レオが苦々しげに声を上げながら席を立った。

 続いてウィンドウに表示された情報を読む。C1、つまり規模C――5000匹クラスの群れであり、レベルは100以下、という意味だ。

 群れを率いているのはレベル100の案山子スケアクロウ。統率者はランダムで選ばれるとはいえ、これは幸運だ。


 案山子スケアクロウはモンスターではあるが、戦わないし、戦えない。

 簡単に言えば、サンドバッグだ。

 ステータスはそのレベルにおける平均的な数値で、スキルもこれといって持たない。

 姿は案山子というより人間だが、顔だけが“へのへのもへじ”である。


 大規模戦闘をする際、プレイヤーの纏まり――軍団レギオンのトップに立つのは将軍である。しかしそれ以外にも肩書きが幾つか存在し、割り振る事が出来る。

 この肩書きはとても大切だ。もちろん指揮官として重要なのは言うまでもないが――そのステータスが全軍に影響を与えるという点が、なによりも重要、と言い切れるほど。


 例えば、主要な肩書きを割り振られたプレイヤーのステータスの5%は全軍にプラスされる。たかが5%と侮る事なかれ、これは凄まじく大きい。

 また、将軍や他の指揮官の魅力値で軍団レギオンの士気値、知力で統率値が変わる。他にもあるが、これらも全軍のステータスを上げてくれる。


「――いいじゃないか」


 大規模戦闘、つまり戦争においてのみ使用できる統率技能コマンドスキルを持たず、ステータスも平凡な案山子スケアクロウが将軍。

 その事実を知ったリノは、泣く子も黙る、むしろ泣かない子も泣き喚くようなどす黒いオーラを放ちつつ、場違いに華やかな笑顔を浮かべた。


「サンドバッグのお出ましだ」


 ああ、敵軍全滅決定か、とレオは本能的に悟った。

 おそらく数時間と掛からないだろう。


 ――モンスターの群れは、統率するモンスターとおおよそ似たタイプのものばかりになる。つまり、この群れは案山子スケアクロウと同じタイプばかり、という事になる。

 よって、ボコボコにする事には全く問題が無い。


(あれ、じゃあこれ喜んでいいんじゃないか)


 動く人形が大量。サンドバッグが大量。つまりはストレス発散。

 レオの思考は問題から答えへ一足飛びに辿りつき、そして極めてストレートで暴力的解決を見せた。


「なら、戦争だ」

「ああ、戦争だね」


 そして2人は、同時にその場から掻き消えたように見えるほどの速度で、駆け出した。

 真っ直ぐに、モンスターが進軍してくる方向へと。






外では弱さを見せたがらないので、ショックを受けたらすぐ帰宅。

で、あとはご機嫌取りに徹します。

なんという忠犬。


次回は多分戦闘ですかね……

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