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疑問多数な遊び人








 まだひ弱かつ病弱気味だった幼い頃から、レオは異性にもてていた。

 といっても全部が全部という訳でも無い。――彼を好くのは、殆どが“普通”から外れた女性たちである。当然、小さな頃は丁度今のリノのように、抱き上げたまま離してくれない年上女性も多く居た。


 そんな時に助けてくれるのは、リノだった。


 華奢な体はさほどの力を持たない。同年代のうちではそれなりに足は速かったが、けれどもやはり体力は雀の涙である。代わりに同年代に比べて妙に狡賢く、とびきり容赦が無かった。

 あの手この手で悪戯を仕掛けてレオを奪還し、かつ大人に怒られないように策を練る。鮮やかなまでの悪巧みの上手さたるや、正しく悪のカリスマならぬ悪戯のカリスマだった。


 そういう訳で、幼少時のふたりは明らかにアニキと舎弟だった。



 今度はそのリノが、女性に抱き上げられて擦り寄られ、死んだ魚のような目をしていた。

 なんとも奇妙な状況だが、レオにとってはなんとなく懐かしくなる状況だ。


「……まあ、とりあえず離せ」


 べりっと音がしそうな勢いで手を引き剥がして助け出す。

 ギルド内では二番目だが、それでもかなりのパワーがある。いくらヴィヴィアンの愛が強くとも、現実は非情であった。


「ああっ! ご主人様ぁっ」


 名残惜しげに腕を伸ばすヴィヴィアンから一歩離れ、すとんと地面にリノを下ろす。

 しばらく足元が覚束ない様子だったが、すぐに立ち直って顔を上げた。


「……何の用かな?」

「ああ! 忘れておりました。私の友人が、リノ様がいらっしゃるなら相方様もいらっしゃるかもしれないと……手紙をお届けに参りましたの」


 ペット達にまで2人ワンセット扱いである。

 恭しく差し出された封筒は上質の紙で出来ており、しっかりと封蝋がしてある。

 はあどうも、と気の抜けたような台詞を口にしながら受け取り、レオはぼんやりと「どうやって外すんだろう……」と斜め上のことを考えていた。


「では、確かにお届けいたしましたわ。――お二方とも、私たちペットは何時でもお帰りをお待ちしております……!」


 そう言ったかと思うと、ヴィヴィアンは風の如くその場を去って行った。

 残されたリノは生温かい笑みを浮かべる。


「……全員ああだったらやだなあ」


 そしてもはや諦め気味に呟いた。



 ――ご主人様へ。

 この手紙を読んでおられるという事は、あなた様は無事ご帰還になられたのでしょう。


 適当に探した喫茶店で冒頭を小声で読み上げ、レオは数秒そのまま停止した。


「……遺書かよ!」

「いきなり大声出さないでよ」


 反対側の席でココアを飲みつつ、途中貰ってきた新聞に目を戻す。

 ゲーム内で存在していた新聞社は、どうやら未だに存続していたらしい。元々はイベントの告知などに使用されるだけの壁新聞だが、ちゃんと進化しているようだ。

 ただ紙の生産が問題なのか、割と高い。しかも厚くて読み辛いのだ。


 この世界の紙事情は、非常に格差が大きい。

 生産スキルを使えば現代の紙のような真っ白な紙は簡単に作れるが、そこまでのレベルに達するにはかなり長期間を要するし、成長速度の遅いNPCでは――特に人間ヒューマンでは、その域に達する頃にはもう老人だ。

 そもそもゲームのように生産しながら放置、という訳にもいかない。疲れるし、眠くなるし、腹も減るのだから。

 そうなると、やはり一部の――例えば生産スキルの所得経験値をアップする効果の付いたアイテムを持った者が優位に立ち、それ以外は衰退せざるを得なくなる。

 そういった者はやはり、王侯貴族のお抱えになるのが自然な流れであった。


 ゲームをしている上で紙の質など気にした事もなかったが、現代育ちのリノには耐え難い。

 レオに届いた手紙や、かつてレオから届けられた手紙はそれなりに綺麗な紙だった。真っ白ではないが、手触りも良いし薄い。

 なのに大衆向けの新聞は紙の質も悪いし、高い。


「……紙の作り方ねえ……原料……うーん。というかこれ何の紙だ」

「紙作んのか?」

「僕じゃなくて、技術底上げして欲しいっていうか」

「あー、あれか、内政チート」

「というよりは技術チートだね。あんまり持ち込むのもあれだけど、元々は作れた物なんだし」


 生産スキルのうち、紙を作るのは加工スキルだ。使い道は主に書物や巻物、地図や紙細工などである。

 アイテムボックスを覗いたり、生産スキルを見直したりと、自然に無言になる。別段、会話が無くとも二人は気まずくはなかった。


 再び手紙に目を戻し、心配しておりました、ご主人様を思わぬ日はありませんでした、としつこいほどに繰り返される言葉に辟易し、ぽつりと彼は呟いた。


「……心配してっかなー」


 それを聞き、なにか答えようとして――リノは固まった。

 ごとんと音を立ててココアの入ったカップがテーブルに落ちる。かろうじて零れずには済んだが、暫くゆらゆらと揺れて危なっかしい。

 何だ、とレオが顔を上げれば、いまだかつてない愕然とした表情をしている。


「……どうした?」


 何か言おうとして、けれど言葉にならないように口をぱくぱくとさせる。

 暫く青ざめた顔で口元を押さえていたが、振り払うように首を横に振って、漸く口を開いた。


「ぼ、僕……」

「大丈夫か?」


 首をぶんぶんと横に振る。大丈夫じゃないらしい。

 レオは手紙をひとまず置いて、心配げに眉を顰めてリノの額に掌で触れた。

 熱が無いか疑っているらしい。


「……風邪じゃない。え、ええと、上手く言えないんだけど」


 珍しく歯切れが悪い。

 リノは顔を顰めたまま、軽く深呼吸してからゆっくりと話した。


「今まで……僕は、家に、帰ろうとしていなかった。……いや、帰る場所が向こうじゃなくて、こっちの世界の拠点ホームだと、自然に思っていたような……とにかく、変なんだ!」

「……?」

「だから――! ……ああもうっ」


 リノはイライラしたように再びココアのカップを手に取り、一気に飲み干す。


「レオ、君は今まで“帰りたい”と強く思った?」

「思わかったな、別に」

「それなんだよ。いつもなら、もっと気にする筈だろうし」

「……まあ、だな」


 うっかりで遠くまで行ってしまった事も昔はよくあった。例えば、留めてあった軽トラックの荷台で眠りこけ、気づいたら県外だった事もある。


「それに、君はどこでもぼーっとしてるからともかく、僕が突然こんな状況になって――何故、あまり混乱しなかったのか、冷静でいられたのか」


 その時は若干涙目で「どうしよう!」と逆ギレしていた。その後は実家に連絡をして、あとはヒッチハイクで帰宅した。たくましい子供である。


「それに、僕はこの体の使い方を知っていた」


 ――突然身体能力が上昇し、更にはスキルも使えるようになったにも関わらず。

 ごく自然に動き、さらには戦えていたこと。

 今更ながらその事も疑問のひとつとなった。


「君だってそうだろう。僕は速度が、君は筋力がとても強い筈で……例えば、突然片手を性能のいい機械の腕と取り替えたとして、いきなり使えると思う?」

「無理、だろうな」

「だろう? しかも僕らは全身丸ごと取り替えられたにも関わらず、平然と動けている。少し頭がくらくらしたけど、転んだりぶつかったりしたこともないし、無意識に調節できてる」


 レオも難しい顔をして、確かに、と呟く。


「キャラクターそのものとなったのか、あるいは元々あった体に入ったか、それとも――僕らの体が変質したのか。意識、魂、肉体、どこまでがこの世界にあって向こうから消えているのか――考えても答えは出ないような気がするけどね。さて、難しい話だ」

「それなら……」


 一応思い当たることは、ある。

 しかしそれを言おうか迷っていた事を思い出し、レオは僅かに眉を顰めた。


「何?」

「そのー……ええと、だな。俺は、多分リノより少し後にこっちに来たんだと思うんだが」


 普段は歯に衣着せない彼にしては、すさまじく言い辛そうにしている。

 リノが苛立ったように急かすと、はあ、と溜息を吐いて目を逸らした。


「気づくのが、遅かったんだろうなあ。先に謝っとく、すまん」

「だから、何?」


「――俺もお前も、多分とっくに燃え滓だよ。よく考えたら、心配も何もない」


 諦めの混じった口調で告げられたのは、あまりにも重い宣告だった。

 先程と負けず劣らず愕然としたリノは、今度こそティーカップを取り落とし、がしゃんと割った。






洗脳(?)

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