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ランチタイムと遊び人








 円形のテーブルに3人で座る。

 ごく自然にリノの脇、の床に座ったバルログについては誰も突っ込まない。


「えーと、リノ……」

「何?」


 レオはちらりとテーブルから突き出た頭を見たが、すぐに逸らす。

 ――突っ込んだら負けだ。

 そんな仁義無き戦いが繰り広げられ、テーブルの上に鋭いような微妙な空気が漂っている。


「何かその、気になる事は」

「無いけど。……ゼディは?」

「僕は無いなあ」


 三人は胡散臭い、またはぎこちない笑みを向け合った。

 その時丁度、料理が運ばれてくる。本日のメニューは魚介類がメインらしい。


(こんなとこで、どうやって魚獲るんだろ)


 レイステイルのメインの舞台となる大陸は、レイス・デーアという。

 ジャガイモのような形で中央に大河があり、王都は丁度川と海の中間あたりに位置する。

 水を得ることは難しくはないが、魚はどうするのだろうか。浮かんだ疑問を知ってか知らずか、給仕の青年がにこやかに説明した。


「本日は空魚ソラウオ空貝ソラガイをメインにしたメニューになっております」


 レオが首を傾げる。しかしリノは納得したように微笑み、なるほど、と呟いた。


 空魚や空貝は、水中ではなく空中で生きる魚介類モンスターである。

 空魚は地上3~5メートルを泳いでおり、餌を付けた細い棒を突き上げて釣る。空貝は屋根や崖にくっ付いていることが多い。

 深海魚とは逆に高空魚というものがいて、遥か空の上に生息していたりもする。

 ちなみに未確認生物のスカイフィッシュとは違う。


「あ、あれか! フライングカジキマグロ事件」

「……まだ言う? それ」


 フライングカジキマグロ事件は、空魚や空貝が実装された時に起きた事件である。

 当時、空釣り用の竿だけ実装が遅れており、闇雲に空に向かって攻撃した命知らずが居た。


 リノである。


 攻撃されたカジキマグロは落下し、通りすがりのプレイヤーの脳天に見事突き刺さった。

 しかもそのプレイヤーがイロハ・ニホヘトだ。当時既に魔術師マジシャンにあるまじきHPの高さを誇っていたため、そのまま平然と動いていた。


 脳天にカジキマグロを突き刺したままリノを追いかけるイロハ。爆笑しながら攻撃され、死の恐怖を味わった。

 追いかけっこはレオを巻き込み、当時まだ【アルテマ】は未結成であったものの、現メンバーの一部まで巻き込んだ。その結果、イロハ対数人の至高人ハイランダーのバトルは前者の勝利に終わった。恐ろしいことに。


「ほんとトラウマなんだけど」

「あれがきっかけだよな。対師匠同盟組もうぜって」

「そうそう。わざわざ至高人ハイランダー集めてね」


 阿呆らしいことに、それが【アルテマ】結成の理由だ。他にも、「全員違うジョブの八人組ってなんとなくかっこいい」といった感じの理由もある。何天王だとか何騎だとか何勇士だとか、そういったものに憧れていたのだろう。

 だから、ほぼ全員がギルドに属していなかった8人はあっさり纏まったのだ。


「結局8人でも負けたけど。ありえない」

「マジでありえないよな」

「……レオみたいな人が8人で勝てないって、想像付かないね」


 何をやらかしたんだ、とリノが軽くレオを睨みつける。

 彼女もあまり人の事を言えないのだが。


 昼食だからか、食事はやや軽めのメニューだった。

 空で泳ぐ魚だといっても、味は海のものとそう変わらない。サンドウィッチに挟まったスモークサーモンやツナ、クラムチャウダーに入っているアサリ。

 リノは魚介類に好き嫌いはないので、喜んで食べている。


「リノ……」

「アサリね」


 むしろ食べられないのはレオの方であった。

 魚はいいが、アサリが苦手なのである。シジミやハマグリは喜ぶというのに、何故かアサリだけは食べられない。アレルギーではないが、兎に角嫌なのだ。

 レオは申し訳無さそうな顔でアサリをリノの皿に移していった。1つとして見逃すことなく。


「……っく……!」


 横でゼディーギスが笑いを堪えている。


「なんだよ」

「ゼディ、レオはアサリとホワイトチョコと黄色いパプリカだけは死んでも食べたくなくて、シジミと普通のチョコと赤いパプリカは平気なんだ」

「意味っ、が、わからな……い!」

「お前もう笑ってんだろ! なあ!?」


 いよいよ堪えきれずに笑い声を洩らすゼディに恨みがましい目を向けつつ、アサリを移していく。大分アサリが増量されたスープを、リノは文句も言わずに飲む。


「僕は酢豚のパイナップルだけは無理。あとキムチが嫌いだなあ。キムチごはんは良し」

「ごめん、ほんっと、君たちって……!」


 ツボに入ったらしく、その先に言葉は続かなかった。


「それにしても、ゼディが居るとあんまり下手な事言えないね」

「何で?」

「胡散臭い。超胡散臭い。密偵臭い」

「やだなあ、照れるよ」

「褒めてねーだろ」


 かなり綱渡りなやり取りが頻発したが、一応和やかにランチタイムは終了した。

 ゼディーギスは用事があるから、と去っていく。にこやかに手を振る男を見送って、リノとレオは同時に溜息を吐いた。


「疲れるな」

「だよね……」


 顔を見合わせて、どちらからともなく口元を緩める。

 とにもかくにも、再会できて安心できたようであった。



 ディルクに「2人部屋も空いておりますが」と満面の笑みで言われたりしつつ部屋を取り(もちろん1人部屋である)、ひとまずレオの部屋に集まる。

 ちなみにバルログはアイテムボックスから出した骨付き肉を与えて送還した。


「――で、どこまで分かってる?」


 ベッドにごろんと転がって、視線だけレオに向けて言う。

 男の部屋であまりに無防備すぎるが、2人にとっては日常の範疇なので今更である。


「ここがアーティアレストだとは分かってる」

「それだけ?」

「そんだけ」

「……よくその状態で平然としてられるよね」


 呆れたような声に、レオはウィンドウを弄りながらあっけらかんと返した。


「リノが知ってると思って」

「……」


 居るかも分からないのに頼るな、と突っ込もうとしたものの人の事を言えないので口を噤む。

 代わりに、深い溜息を吐く。


「じゃあ、知ってる事話すけど――」


 そして、現状の説明を始めるのであった。







 ――夕方、ゼディーギスはほとんど自室のようになっている宿の一室で、くるくると万年筆を回しながら書き終えた報告書を読み返していた。


「付け入る隙も無いほど仲良しだからなあ。困った困った」


 風呂から上がったばかりらしく、金茶色の髪はまだ湿っている。

 ランプに照らされて浮かぶ容貌は、昼間よりも遥かに整って見えた。


 それもそのはず、昼間の彼は魅力をかなり下げている。ステータス的な意味で。

 でなければ彼の役職として致命的な程に目立つからだった。


「……これ外したら、結構いけるんじゃない?」


 王家に伝わるアイテム、《醜姫の指輪》。

 ……ちなみに、ただのマイナス補正の付いたゴールドリングである。リノたちならNPCに投売りする程度の品だが、現代では王家伝来の秘宝扱いである。

 その効果は、魅力ステータス-30%だ。普通の人間なら元々の値が小さいからそう変化することもないが、ゼディーギスの場合は雰囲気どころか顔までがらりと変わって見える。

 それでもちやほやされるのだから、元の容姿が優れているのだろう。


 髪の水分を拭うのもそこそこに、紙を小さく折りたたんでいく。そして窓枠を軽く叩くと、小鳥が1匹どこからか現れる。


「父上に。――ああ、勿論本物の方にね」

『カシコマリマシタ』


 体は白く、頭は緑色の小鳥。これもまた王家に伝わるもので、《伝書鳥メーラーバード》と言う。見た目こそはリアルな小鳥だが、魔力で動く細工品だ。


 暗くなり始めた空に羽ばたいていく小鳥を見送ってから、ぼすんとベッドに沈む。

 一体明日はどんな面白い事をやらかしてくれるのだろうか。

 ここ最近の報告書が観察日記と化してきた事は否定できない。ゼディーギスは思い出し笑いをしながら、ランプを消した。





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