観戦する遊び人
ヴィックルとバルログはそれぞれ剣騎士と神官騎士である。
同じ騎士と付く職ではあるが、剣騎士はやや攻撃的で、神官騎士は回復スキルを扱えるという特徴がある。
「ヴィックル! 頑張れ!」
「俺は? 主ー! 俺は!?」
「ボケろ!」
「マジで!?」
元のレベル的には60ほど開きがあるが、双方レベルを200に抑制するアイテムを付けさせている。大きなスキルはMP不足で使用不能になるが、一応は互角となる。
しかし、防御力が高く、種族としては攻撃力にも長けたステータスのヴィックルと、防御力を回復力で補っているバルログ。その上豹騎士は猫人族に近い種であるため、敏捷に限ってはヴィックルに勝ってはいるものの、やはり攻撃力には欠ける。
(まあ、ヴィックルが優勢かな)
あくまでゲーム知識に従っての分析だが、リノはそう思った。
試合が始まり、まず動いたのはバルログだった。
正面から真っ直ぐに斬りかかる。ヴィックルはそれを盾で受け、攻撃に転じようと剣を突き出す。――しかしバルログは足を跳ね上げ、突き刺すように迫っていたヴィックルの剣を下から蹴って、もう片方の足で後ろに跳躍した。
「……いや、あれ木剣じゃなきゃ使えない手だよね」
リノが呆れたように言った。
バルログは「何でもありだぜ!」と滅茶苦茶な事を叫び、再び迫って斜めに切り下ろす。
それを再び盾で受け止め、そのまま力任せに押してバルログを跳ね飛ばす。
リノからすれば両方筋肉の塊に見えるが、やはりヴィックルの方が重量がある。
「力持ちだなっ!」
そう言ってバルログは嬉しげに唸り、ヴィックルの持った剣より大振りな剣を構えた。
瞬間、木で出来ているはずの剣が陽光を跳ね返したように煌く。
「強化か!」
ヴィックルの声と共に、ガキンと音がした。
木で出来た盾がぱっくりと割れて落ちる。ヴィックルは舌打ちをし、手元に残った片割れを思い切りバルログに投げつける。
「切れた!? 投げた!?」
「はんちょおおお! 騎士道騎士道!」
「……班長?」
「ヴィックルがここのトップだよ」
「……いや、“班”なんだ。班長なんだ」
「正しくは“小隊”だけどな、通称だ通称。つーか俺ヴィックルの奴め、賭けてやってんだから負けたら承知しな――そこだ殴り倒せええええ!」
叫んだのは先程ぼろ儲けした男である。
一応軍のような組織だというのに賭け事が横行していて良いのだろうか。
リノは心底この国が心配になったが、とりあえず試合に集中する。
振るう度にきらりと輝く剣。見て分かるように、強化スキル――剣の舞Ⅱが掛けられていた。ⅠからⅩまであるのだが、レベル上の問題で今使えるのはⅡのみである。
クラスに依存しない武器技能である剣の舞は、ごく単純に武器攻撃力を上げるだけのスキルで、Ⅱであればその上昇量は武器攻撃力の10%。
10%というのは案外大きいもので、更に強化スキルに彼自身がモンスターとして持つ技能を重ねて使用しているようだ。スキル名は無いが、筋力と敏捷をそれぞれ上げている。
「やば、押されてね?」
「うーん。ヴィックルもスキルを使えばいいんだろうけど」
「ああ、班長クラス持ちだもんなー。いいよなあ」
「……ていうか、みんな剣ばっか使うから駄目なんだと思うよ」
「そーか?」
クラスが習得できないとはいえ、実はジョブのみの状態でもある程度武器技能は習得できる。
分析で見てみると、男の名はロレンシオ・バラハ。レベルは52と、以前見た無法者たちよりずっと鍛えられている。
ジョブは遊び人であった。
「……杖とかオススメ」
「杖? 嬢ちゃんが使ってたような?」
「そうそう。あとカードとかサイコロとかを弄ってるといい事があるかもしれない」
「ほー。俺ポーカー強いんだぜ」
「僕も強いよ」
ちなみに現実でも強い。
「うおおお折れたああああ!?」
視線を戻すと、アクション映画ばりに転がって攻撃を回避するバルログが見えた。
今度は彼の剣が無い。見れば2本に折れた状態で遠くに転がっていた。
「……どうなったの?」
「班長もスキル使ってー、鍔迫り合いになったらポキッと折れた」
ロレンシオの向こう側に居た見知らぬ騎士がのんびりと言う。
リノは心底呆れたような顔で溜息を吐いた。
「ポキッと……」
「まあ、たまに剣折れるよな。俺のだけ」
「そして給料から天引きされてるよな」
「世知辛い……」
思わずロレンシオに同情の目を向けた瞬間、試合の方から大きな音が聞こえる。
慌てて見れば、バルログが吹っ飛んで壁に激突していた。
「ちなみに今のは両方剣が無くなって取っ組み合いになった結果、投げ飛ばされたのな」
「……いやいやいやいや」
視線の向こうで、平然とバルログが立ち上がっていた。
そして――
「おい!?」
互いに腰に佩いた本物の剣を抜いていた。
「あーあ」
リノはそう言って、ひとまず2本の瓶を取り出した。――どちらが怪我をしてもいいように、一応回復の手は用意しておく。
あとは、好きに戦えばいい。万一死んでも一応蘇生できる。HPとMPの問題で、そのままなら二度が限度だが。
――人同士の、殺し合い。
殴り合いなら兎も角、剣を向け合う光景がどこか非現実的だ。
つい最近まで画面の向こうの話だったのだから仕方ないが、今となっては紛れも無い現実だ。
いつ曝されるか分からない以上、出来るだけ慣れておく事が望ましい。
(だからって高みの見物っていうのも趣味悪いけど)
一瞬自嘲するような笑みを浮かべるが、それはすぐに消えた。
試合の結果は、バルログの粘り勝ちであった。
一応かなり時間を潰せたので、リノは1度宿に戻る事にした。
ヴィックルやロレンシオ達に別れを告げ、バルログを連れて宿の方に向かって歩いていく。
「おや」
その途中、何か人ごみが出来ているのを発見した。
やけに女性ばかりのような気がするが、中心部は見えない。
元々欧米系の多いこの世界であるが、背の高い様々な種族との混血によって平均身長は鰻上りに上昇している。千年前なら兎も角、今のこの世界で16歳の160センチはそう高くもないし、むしろ低めだ。
集まっている者達には、20代前後の若い女性が多い。子供はそう多くないので、必然的に人ごみの中をのぞく事は出来なかった。
「主、チビだもんな」
「……よし、突撃しておいで。そのまま帰ってくるな」
「何で!?」
かなり変わったとはいえ、日本人の顔立ちの残るリノは幼く見られるし、背からしても精々13、14歳くらいといった認識をされる。
必死に伸ばしてこの身長になった彼女としてはかなり不本意だ。
2メートル前後の身長を持つヴィックルやバルログ、更に大柄な某一家には理解できない悩みではあるが。
そう思いつつ通り過ぎようとすると、人ごみが割れた。
――リノ達の方向に。
「お?」
「……んん?」
現れたのは、金茶の髪に緑の目をした男である。
「ゼディじゃないか」
片手を挙げて人ごみに「じゃあね」と愛想良く言いつつ近寄ってきたのは、ゼディーギス・ガーズ・レーベルント。
リノからすれば胡散臭い笑みを浮かべている彼は、ちらりとバルログに視線を送った。
「外で会うのは初めてだけど、護衛かな?」
「そんな感じだよ」
「先日は絡まれたと聞いたけど」
「……どこからそんな情報?」
ゼディーギスはにこりと微笑んだ。リノもまた、微笑みを返す。
一見和やかな風景だが、背景に竜と虎が見えたと後にバルログは語った。
「これから宿に帰るのかい?」
「まあね。午後から約束があるから」
「そう。ランチでも一緒にどうかと思ったんだけど」
「別に来てもいいよ? ――宿泊客以外は予約がいるらしいからバルログは駄目だけど」
「……えっ」
一緒にと言った覚えもない。というかランチ前に戻す予定だった。
愕然として膝から崩れるバルログの背中を蹴り、「買い食いはしていいから!」と叱咤しつつ、リノは遠い目をするのであった。




