見習い騎士と遊び人
理乃へ。
見慣れた字で始まった手紙。いつになく丁寧な筆跡である。
ゼディーギスから何を聞いたのかは知らないけど、間違いなく全面的に誤解です。
まとわりつかれてるだけだから、信じてくれ。いきなり城に居て、やばいと思ったら何故かモンスターが居て、倒したらミコとかいう奴に感謝されて、城を出ようとしたら絡まれてる奴が居て、助けたら感謝されて何か付いてきて、あとアイテムの出し方が分からなくて金が出せないから稼ごうとしたら冒険者の女と依頼が被って、一緒に行ったらなんかピンチを救っちゃって付いてこられただけです。ごめん。
なんかこいつら、理乃を探させないようにしてるっぽい。本気で何考えてるのかわからん。この手紙も奴らから隠れて書いてるから、届くかどうか怪しいけど、ゼディーギスに頼んだから多分大丈夫だ。あいつあれでも貴族だし。
会う場所は多分町になると思う。なんとか振り切って向かうから、できたら明日――
慣れない筆記具を使ったからなのか、所々文字が掠れた手紙を読み終える。
色々と突っ込みたいのだが、とりあえず――
「……とりあえず、漢字の勉強をさせようか」
数えた所、誤字が12箇所あった。情けなさに泣けてくる。
リノはそう誓いつつ、手紙を封筒に戻すのであった。
翌日、身支度を整えて再び町に出た。
今度は商店街を見ていく。食べ物類を買うと店主がやたらオマケしてくれるので、容姿がいいのは得だな、と思いつつ再びヴィックルの居る駐屯所に向かう。
「俺にもくれよ」
「チョコ付いてるから駄目だよ。猫でしょ」
「猫じゃねえし!」
今回は威嚇のためにペット――豹騎士のバルログを連れてきているので、絡まれる事もない。ちなみに名前だが、豹=ヒョー=……という分かる人にしか分からないような微妙なネタである。
豹の頭に屈強な肉体を持つ彼は、獣人の聖地の番人をやっていた。レベルは620で、実は神官に属する神官騎士だ。
見た目はどう頑張っても戦好きの傭兵か何かにしか見えないが。
「って言うか遠慮が無いよね。ペットのくせに」
「何でだ? 主の食べかけだぞ。狙うだろ、普通」
「うああああ嫌だペットってみんなこうなの!? 変態なの!?」
「主に対する敬愛が千年掛けて醗酵しただけだ!」
「それは醗酵じゃなくて腐敗だ!」
ちなみに醗酵と腐敗の仕組みは同じだが、人間にとって有用な場合のみ醗酵と呼ぶ。
「で、そいつは何だ」
「ボディーガード」
「……まあ、良いんだが」
駐屯所にたどり着いたリノは、非常に嫌そうな顔で椅子に座り、脇に跪いた男の顎の下を擽るように撫でていた。本気で嫌そうな顔である。
「あー……何で撫でてるんだ」
「しつこいから」
「ここまでちゃんと護衛したからな。褒美だろ?」
「その気持ちは分からん訳ではないんだが……」
「分かるなあああっ! 大の男が2人して撫でられる事を肯定的に見るなっ!!」
ナメクジを見るような目――いや、リノはナメクジも平気で触れる人種なので、ストレートに言えば変質者を見るような目で2人を交互に見る。
ヴィックルは「解せぬ」とでも言いたげな顔で向かいに座り、バルログはむしろ恍惚とした顔になる。リノの表情が更に引き攣った。
「普通の生物が何故ペットになっただけでこんな事になるの?」
「元々普通じゃなかったがな。更正させてくれた恩だろうと思うが」
「まあ、刷り込み的なあれじゃね? そういえばヒヨコの踊り食いっていいよな、生まれる前に卵ごと食べるやつ」
「ああ……分かる」
「……黙れ人でなしども!」
本来の意味で言えばこの場全員が元々人間ではない。
頭を抱えるリノを見て、バルログは名残惜しげに床にどっしりと座った。
「で、何の用だ? 手紙は届いたか」
「届いたよ。今日の午後に合流する予定なんだけど」
「それは良かった」
「……まあ、用は報告ね。手紙届けてもらったし、これ」
アイテムボックスから出した木箱を手渡すと、ヴィックルは意外そうな顔で礼を言った。
「メロンか。ありがとう」
「まあ、お礼にね」
「主からプレゼントか!? ずるいぞ」
「黙れ。……じゃ、そろそろ行こうかな。午後まで暇を潰さないと」
「いや、待ってくれ」
立ち上がるリノを呼び止め、ヴィックルは少し顎に手を当てて考え込む。
「暇なら、訓練を手伝ってくれないか?」
そして思いついたようにそう言った。
◆
駐屯所の裏手にある訓練用の広場に、どう見ても戦闘用ではないステッキを手にしたリノが立っていた。
上は動き易さを優先した簡素なチュニックに軽そうなレザーアーマーで、下はショートパンツ。白い脚はむき出しで、靴は頑丈そうなブーツである。
「来れば?」
「あ、はい……」
向かいに立っているのは、騎士見習いの少年だ。リノと同じくらいの背丈だが、体はがっしりとしている。彼は躊躇いながら木剣を握り締め、駆け出す。
「……」
何故こうなった、とリノは溜息を吐きながらステッキを回した。
数分前、「どうせ暇だからいいよ」と手伝いを了承したのが運の尽き。
(まあ、まさか試合とかさせられる訳じゃないだろうし)
と軽く思っていたのだが、思い切り裏切られた形になる。
狼の顔なので分かり辛いが、おそらくいい笑顔を浮かべたヴィックルに「手加減の練習になるだろう」と送り出され、バルログには「脚ほっせー舐めまわしたい」といらない感想を言われた。
「対人戦はヤなんだけど……ねえ?」
血を見ないで済むのなら、別段構わない。剣道の練習でもしている気分でやればいい、とリノは気楽に構えていたものの、実力の差は明らかだった。
ステッキを回しただけで剣を弾き飛ばされ、ついでに蹴られて転がされ、背中を踏まれている少年は「へ……?」と気の抜けた声を上げた。
「ほら、次だ次。とっとと出ろ」
「は、はいっ」
訳も分からないまま剣を拾い、少年は頭を下げて戻っていった。
――お世辞にも肉弾戦が得意とは言えないステータスを持つ遊び人だが、数少ない近接武器の1つがこのステッキである。
紳士や老人が持つようなタイプの杖だが、立派な武器である。ちなみにリノが今持っている杖は白い杖で、上の部分が傘の持ち手のようにくるりと曲がっているものだ。
「行きますっ」
「おいでー」
リノはステッキをくるりと回し、次の相手を迎え撃った。
今度は油断もせず、しっかりと構えて飛び込んでくる。リノは地面にステッキを立てるように突いて――
「へっ!?」
――地を蹴ったかと思うとステッキの持ち手を蹴り、そのまま飛び上がって一回転して相手の背後に回る。
「はい残念」
そして背中を思い切り蹴りつけた。
少年は未だ立っていたステッキに鳩尾を直撃されて呻きながら倒れる。観戦していた男達は痛そうにそれを見ていた。
――いや、痛そうに、ではない。
「こんなに強いなんて聞いてねーよ!」
「うわあああああ」
「帰ってきてくれ俺の銅貨3枚いいいい!」
賭けに負けて悔しがっていた。完璧に自分の痛みである。
よく見れば一人だけ腕を振り上げて「よっしゃああああもっとやれ!」と叫んでいる。先日リノを出迎えた騎士だった。
貴族らしき者達はやせ我慢して「これくらいはした金だ」と言っているが、それを本気に取るような者も居ないらしく、雰囲気は明るかった。
「次!」
ヴィックルの声と共に、呻いていた少年が戻っていき、次の相手が駆けてくる。
腹いせとばかりに派手に飛び回り、貴族平民入り混じった20人程の見習いを全員倒したリノは例の男に「お前いい奴だな!」と何故か感謝された。
これでリノの出番は終わりだ。
「で、俺とあんたが戦うのか」
「……何でこんな事になったんだかな」
そして今、訓練場の中心に立つのは2人の獣人。
周りとリノに乗せられ、ヴィックルとバルログの試合が始まった。
バルログはストリートファイター的な意味
補足:ジョブやクラスは人型モンスターには設定してある事が多い。ただしモンスターだと固有の名無しスキルが設定してあるのでそっちが主。




