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ひとりごちる遊び人







 リノは部屋に戻り、軽くシャワーを浴びることにした。体を綺麗にしたいし、どうもイライラしているのですっきりしたかった。


「……しかし、あの馬鹿め」


 青い髪を湯で流しながら、いらついたように呟く。しなやかな体を流れていくお湯は温かいが、リノを落ち着かせはしない。

 ――二重の意味で腹立たしい。


「僕だって、まともな女なら文句は言わないけどね」


 近く、そして遠い幼馴染に忠告するように呟く。


「君に惚れる女が何を嫌うのか、よく考えていただきたい」


 冷たい壁にぺとんと背中を付ける。そして、はっと顔を上げた。恐る恐る背中に手を回し、つう、と下に滑らせていく。


(……何これ)


 そこにはまるで尻尾の名残りのような、つんと飛び出た何かがあった。

 リノは毒気を抜かれ、溜息を付いて濡れた床に座り込む。

 猫妖精(ケット・シー)の体に、今だ謎は多い。


「あーもー……」


 そして独り言を連発していた事が今更恥ずかしくなり、白い頬を僅かに染めた。







 一晩寝て落ち着いたリノは、ひとまず再びヴィックルの所に行こう、と朝食を食べてから部屋を出た。そもそも城に殴りこみをかけようにも、場所すらよく知らないし、勝手が分からない。

 カウンターに鍵を預けてから、第7小隊屯所の場所を聞いた。


「通りを出て左に進んで、突き当たりを右に曲がればすぐお分かりになると思いますよ。目に痛――目にも鮮やかな真っ赤な建物ですから」


(……さりげなく目に痛いって言おうとしたな)


 そう思いつつ礼を言い、朝方の街に瀟洒な佇まいを見せる宿から出て通りを歩き出した。

 このあたりは店は少なく、宿が並んでいる。突き当たりに差し掛かるとやや人通りが増え始め、どうやら朝市のようなものが行われているのだと分かった。

 布を敷き、新鮮な食材を売買する人々。中々縁の無い光景でもある。

 とはいえ満腹であまり興味を見せないリノは、途中ごろつきらしき男に絡まれつつ普通に対処して引き摺って歩いていた。ついでに駐屯所とやらに突き出そうと思ったのだ。

 痴漢をシメる程度の感覚なので罪悪感は無きに等しい。


「たのもー」


 両手が塞がっているので、足で扉を蹴り開く。

 椅子にだらしなく座りうつらうつらとしていた男が、ぼうっとした顔でリノを見た。


「……はい?」

「ヴィックルに会いに来たんだけど。あとこれ、朝っぱらから誘拐おしごとに励もうとしてた熱心な人たちだけど。ああ、治安が」


 愚痴に皮肉を投入して、ついでに2人の男を投げるように床に置く。気絶していた2名が呻いたが、気にしない。

 男はぼんやりしたままリノの言葉を頭の中で繰り返し、最初だけを実行する事にした。


「お前な……」


 暫くすると呆れた顔のヴィックルがやって来る。リノは先程まで男が座っていた椅子に我が物顔で座って手をひらひらと振った。

 先日からのストレスを発散したのでいい笑顔だ。


「城に行きたいんだけど」


 開口一番そう言うと、その突拍子の無さにヴィックルが溜息を吐く。


「仕官するのか……」

「え、頭沸いてる? ないない」

「だろうな……何の用があるんだ? 謁見か?」

「ないない」


 アーティアレストにおいて、城に入る事自体は案外簡単だ。申請すれば1時間足らずで審査が行われ、許可が出る。危険物の持ち込み禁止、目的を明確にする、その程度。

 やはりゲームであった頃の名残りなのだろう。ゲームでは許可も何もなく普通に立ち入れたし、王の間まで行ってうろついても何もなしだ。今は流石にそこまでではないが。


「探し人がね。城に居るんだって」


 楽しげだが、何故か薄ら寒い空気を感じた。手錠で気絶していた男達をとりあえず拘束しつつ、ヴィックルは両腕をさする。


「そうか。……あー、なんだ、まあ繋ぎくらいはやってやるから殴り込んだりするなよ」

「やだなあ……」


 そう言って言葉を切る。その先が無い事に物凄く不安になった。


「暴れないにしても、だ。侵入する気も無いんだな? 無いよな?」

「うーん?」

「だからその曖昧な返事をやめろ!」


 この街で彼女に繋がりがある(と思われる)のはヴィックルと宿の主人くらいだ。何かやらかせば思い切り累が及ぶ気がする。

 リノは兎も角、ヴィックルはいくら格下とはいえ集団で掛かられれば勝つのは難しくなる。剣騎士(バスタード)である彼は、戦士(ウォリアー)ほど攻撃力が無いのだ。負けないが、勝てない。そうなれば時間経過により徐々に不利になる。


 まあそこまで考えるのも早計というものだが、出来るだけ立場を悪くはしたくない。死んでも死なない彼らだが、疑われないためにも復活には出来るだけ時間を置く。ヴィックルはこの王都に愛着があり、主を待ちながらも出来る限り守りたいと思っているのだ。


「心配しなくても、いきなりそんな大それた事しないから」


 脅かしすぎたか、と笑いながら言う。

 いきなり皇居にテロでも仕掛けるようなものだ。世界が変わり己の力が変わっても、心が変わらない以上やる気にはなれないし、出来るだけ人は相手にしたくないのが本音である。

 元々、そういう部類の事は自分のやる事ではない。


「……そうか、信じていいんだな?」

「さあ?」

「おい!」


 心配だ。物凄く心配だ。リノは兎も角、突撃された城の面々の精神が心配である。散々おちょくられるのだろうな、と彼女の拠点(ホーム)を思い出して溜息を吐く。


「とりあえず、……まあ、手紙を書け」

「ああ、うん。筆記用具貸してくれる?」

「ああ。その前に、こいつらを置いてくる……そういやどんな風に絡んで来たんだ」

「……んー? ああ、えっとね。ほんと腹立つんだけどー、『お貴族様の娘が家出中かぁ? 攫われたって文句言えねーぜゲヘヘ』って感じに」

「……」

「腕捕まれそうになってね、条件反射で股蹴っちゃった。もう片方は腹に一発。てへ」


 ヴィックルが沈痛な面持ちで2人を連れていく。

 引き摺らずに持ち上げて連れていったのは、果たして優しさなのか同情なのか、それとも別の物か。それは彼のみが知る事である。



 リノは手紙をレオに預け、今度はこの街にあるというトイストア・リトルクラウンの支店に向かっていた。

 ゲームではさほど力を入れておらず、一軒だけ店を作って適当に商品を入れて放置状態だったのだが、どうやら今となっては各都市に支店を持つ老舗のようだ。

 店主に設定したペットが悪徳商人(エチゴヤ)だったのも良かったのかもしれない。

 悪徳商人(エチゴヤ)はボスモンスターだ。主に銭を投げる。投げまくる。当たるとこちらの所持金は増えるが数秒行動を封じられた隙に、ジュラルミンケースやら宝石類が雨あられと降る。ダメージはえげつない。

 とはいえ改心状態にあるペットとしては、知力と魅力が高いため交渉に適し、店番や店主として良く採用されるモンスターでもある。


「いらっしゃいませー」


 ヴィックルに貰ったメモ通りに来てみれば、リノがデザインした店より大人しめの小奇麗に纏まった店である。色とりどりの玩具類があり、目にも楽しい。

 店員は確認してみると普通の人間……というか、ホビットが多い。NPC限定種族であるホビットは、鼻が高く耳の長い小人で、身長は100cm程度だろうか。顔立ちは総じて西洋系で、全体的に色素も薄いし、同じ小人でもドワーフより随分とひょろひょろとしていた。


「……えーと」


 来てはみたものの、どうするか。ペットが此処にいるのであれば会ってみたいが、どう言えば会わせてもらえるのだろう。

 リノは手慰みに棚に置いてあるぬいぐるみを手に取って眺めながら、ぼんやり考える。会ったからどうという訳でもないが、探していたのなら会う方が良いだろう。


「お客様、どういったものをお探しですか?」

「んー……? ああ、僕か。そうだね、いたずら系のやつ」


 特におもちゃが欲しい訳でもないが、店内に居るのだし折角なので品揃えも見たい。どうやら開店時のリノの好みはしっかり反映されている。ペイントボールやらトラップ系のアイテムやらと各種取り揃えていたのは完全にリノの好みだった。

 店員のホビット男性は悪戯系おもちゃのコーナーに案内してくれた。なんとも年齢不詳だが、どうやらリノを子供だと思っているようで微笑ましげな顔である。


(いや、おもちゃ屋に来ておいて子供扱いするなとは言えないけどさあ)


 弟妹へのプレゼントを買いに来たとすら見てもらえないのは切ない。


(160センチにまで伸ばしたって言うのにこの扱い……)


 中学生時代から毎日乳製品とにぼしを欠かさなかった彼女としては切ないところだ。

 元の顔も童顔だったが、今は整いすぎて更に童顔になった。胸があまり大きくないことも原因のひとつだろう。小さくもないが、大きいとまでは言えない。

 胸はいらないが、身長は欲しかった。幼馴染に追いつこうとしていたのかもしれないし、気紛れかもしれない。正直、どうして拘ったのかもう覚えていなかった。


「――今帰ったわ。売れ行きは? ふうん、そう、ゼロ、ゼロね……ゼロ!? あああ今月どうしましょう……やっぱりまた小金稼ぎに行くしか無いのかしら……意味ないじゃないの、もうっ」


 昔懐かしいブーブークッションを手に取った時、そんな声が聞こえてきた。そう若くはないが、張りのある女性の声だ。

 女性はレジの側にあるらしい裏口から入ってきて、カウンター裏に立って店内を見回す。すらりとした肢体で、街中ではあまり見ないパンツスーツ姿である。


「って、あら? 珍しいこともあるわね。……いらっしゃいませ! ……ん?」


 張り上げた声に、リノが横を――通路の向こう側に見えるカウンターを見る。ド派手なピンク色に青のメッシュを1本入れたショートヘア、飾り付きの細いフレームの眼鏡を掛けた女性。爛々と輝く、仕事への意欲が詰まったような目は燃えるような赤。

 会社勤めよりはブティックのオーナーでもしているような雰囲気である。

 というか玩具屋には全く似合わない彼女は、はっとしたように口をぽかんと開けた。


(おや)


 見覚えがある。――という事は、そういう事か。

 そう納得する前に、リノはカウンターを飛び越えた女性に熱い抱擁を受けていた。


「……うん?」

「きゃああぁぁぁぁ!」


 耳元で絶叫され、きいんと響いたそれに思わず耳を覆おうとしたが女性の腕が邪魔して出来ない。結果、耳をつんざく悲鳴にぎゅうと目を瞑るしかなかった。


「きゃああああ! ご主人様ぁぁぁぁぁぁ!」

「ちょっ、うるさい!」

「お帰りなさいませええぇぇえええっ!!」


 今度こそ鼓膜が破れるかと思った。

 ――悲鳴のスペシャリスト、泣き女(バンシー)のヴィヴィアン。確かにリノがそう名付けた彼女の悲鳴は、戦闘にも使うだけに凶悪極まりなかった。





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