A side 2 -3
「つまりだ。貴女は本当に人間の未来が視える、ということでいいのだな。しかしながら、黒坂明夢に関しては例外的に視ることが出来ない。つまるところ、我々は貴女の力をそのように解釈し認識していいのだな」
仄火の問いかけ、というよりは確認に、部屋の中央にあるソファーに座っている彼女――轟花蘭は頷いた。
「ええ。それで問題はないかと思います」
現在、僕らが仮住まいとしているホテルの一室に轟さんが来ている。無論、僕が連れてきたのだ。
彼女のお願い。
『あなた達の組織に入れてもらえませんか』
轟さんがどのような思惑を持ってここに来たのかは分からない。
彼女が何かから逃避するために。
あるいは、立ち向かうために、僕らのところに来たのかは分からない。
それでも彼女は、未来が視える、視えてしまう力に逆らうために立ち上がったのだろう。僕はそう確信している。だからこそ彼女を、仄火の元へ連れて行ったのだ。
僕は彼女と似ている。
黒坂明夢と轟花蘭は似ている。同じでも同類でもないけれど、指向性というかベクトルが等価だ。絶望的な状況に、屈服できずに、立ち上がり、僅かな可能性に、思い馳せる。
彼女は、全てを視てしまったが故に。
僕は、圧倒的な力を目の前にしてしまったが故に。
そして、中途半端な能力と可能性があったが故に、諦めきれないのだろう。
僕は彼女を助けたくなった。僕が、ではない。助けてほしい立場にある僕が、彼女を助けることなど出来ない。だから、組織の代表者に委ねた。
ソファーは向かい合うように二つ並び、部屋の奥側に、仄火と鬼無里南萌 が座り、手前に轟花蘭が座っている。
僕は轟さんが座るソファーの延長線上で、彼女と仄火との距離が等しい位置の壁に二等辺三角形を描くようにして、壁に体重を預けながら話を聞いていた。
「少し気にはなっていたのだが、貴女の他にそのような未来視の力を持った存在を知っているか?」
「いえ、見たことはありません」
「そうか」
「どうしたんだい、仄火? 何か気になることでもあるのかい?」
南萌が仄火のことを『仄火』と呼んでいるところを初めて聞いた。同じ年みたいだし、案外僕のいないところでは呼んでいたのかもしれない。
「いや、ただ興味本位だ。たいした意味はない。それよりも、花蘭。貴女はどうしてこの組織に入ろうと思ったのだ?」
答えたくないなら答えなくも構わない、と仄火は付け加えた。
「……あの、避けられない未来が視えたんです。それを変えたくて」
「それは自分のためか?」
心なし仄火の口調に険しさが混じる。
「いいえ。私は目的さえ果たせればいいんです。きっと私の最後の役目だろうから」
「そうか、ならこれ以上は聞くまい。貴女も私たちの仲間だ」
「はい」
轟さんは嬉しそうであり、どこか吹っ切れた顔で言った。彼女の目的が何かは分からないが、それは別に僕が知るべきではない。彼女が話したくなったら話せばいいし、助けを求めてきたら出来うる限りで力になればいい。それでいいんだと思う。
「そういえば、仄火」
「どうした、明夢?」
「いや、あのさ、一応僕ら世間的にはテロリストに分類されるわけなんだけど、なんか組織名とかそういうのはないの?」
「言われてみればなかったな。私一人のときならともかく、こうしてメンバーも集めってきた以上、何らかの識別名称がほしいところではあるな。自ら名乗るのもありだが、活動していれば、回りが勝手に名づけることもあるだろう。しかし勝手にへんちくりんな名称をつけられるの困るな」
へんちくりんって。死語じゃないのか。ピンピコピンと同じくらい使われないだろ。いやピンピコピンがどこの国のどのような言葉なのか知らないが、つまりそれくらい使われないだろうということだ。
「だったらこっちでいい名称を決めちゃって公表しようか。」
「ふむ、そうするか。まあ追々決めていくが、なにかいい案があったら私のところまで教えてくれ」
わかった、と全員が頷く。
「じゃあ、一段落したみたいだし僕は調べたいことがあるからそろそろ部屋に戻らせてもらうよ。では、轟さん、またそのうちにでも」
南萌はそういい残して、部屋に戻っていった。しばらく部屋に引きこもるんだろうな。食事も僕が持っていかないと食べるの忘れちゃうくらいだから。
「そうそう、花蘭。君の寝室は私と同室になるがそこだ」
仄火は自室を指差して説明した。
そこで気がついたように轟さんが言う。
「あの、明夢さんはどこで寝るんですか?」
僕が説明する前に、仄火が当然とばかりに言った。
「ん、明夢か。明夢はその辺でな。ソファーか床だな」
大丈夫ですか? と言いたげな視線を轟さんが向けてきたが、大丈夫ではないと返したところで事態は変わることはないので、軽く頷いておく。
「確かにこれ以上のメンバーを収容するには、この部屋は狭いからな。そろそろ替えるか」
よかった。そのうち僕にも安らかに眠れるスペースが与えられるらしい。
「ま、なんにせよ。私もそろそろ眠るとするかな」
「あの、最後に一つ質問してもいいですか?」
仄火が立ち上がろうとするのを、轟さんが引きとめた。
「ああ、構わない。何だ?」
しかし、年下の仄火は轟さんにまったく敬語を使うことはない(もちろん敬意が微塵とないわけではない)のは、状況的なことでもあるし、彼女が上に立つものの気質を備えているからだろうか。代表者たるものそういうほうが頼りがいもあるのは確かだし。
「仄火さんは『運命』をどう思いますか」
僕にも質問したやつか。仄火がどう考えているのか知りたいところではある。
「そうだな。私にとって運命とは、過ぎ去った過去の遺物だ」
「「過去?」」
「ああ。昔はそう思っていたわけではないんだがな。そもそも私の父は哲学筋で、私もその手の本は幼いころから絵本代わりで読んでいたのだが」
さすがに絵本の代わりにならないと思うのだけど、仄火のことだから否定も出来ない。
「運命をどのように捕らえるかが問題でな。私は貴女のように未来を見ることが出来ないから、次に起こることを一つの可能性としてしか認識が出来ない。だが貴女にとっては決まりきったことで、順序のようなものなのだろう。だが、それがあると分かっていても、その力のないものにとってはやはり分からないのだよ。出来るものと出来ないものとの間には埋まることのない差異があるのだよ。だから運命にはある種の信仰的要素がある。この場合はあるという仮定のもとで話を進めるが、信じるものにとってはあり、信じないものにとってはないといってもいい。ただ、運命が私たちに影響するならば信じる信じないに関わらずそれは私たちに意識下、あるいは無意識下において影響があるということになる。もちろんその存在を知っているものにとっては信じる信じないもないだろう。ただある。それだけだ。私は昔、運命が人間の個人に干渉し作用するものと考えていた。つまりその人間が本来とるべき行動、つまり運命という筋書きからどういう事情はあれ、離れようとしたときに発動し、その人間に本来あるべきルートに引き戻すプログラムのようなものだとな。別に神がいるかいないかなんて私の知ったことではなし、人間の無意識的集合が、個人に働きかけるとかそういうことを言いたいのではない。
だが私はその考えを徐々に否定的に考えるようになっていった。運命があるものと仮定して、それは人間の個人に干渉するものではないのではないか、と考えるようになったのだ。つまりこの世界の物語にはある種の道筋が立てられていて、このときにこういう事件が発生するとか、こういう出来事があるなどの、枠組みが決められていて、そこに誰かが関与するというわけだ。分かりやすく言えば、ある時代にとてつもない大発見をした科学者がいたとしよう。そこでの運命とは大発見が起こるということであって、特定の科学者が発見するという意味ではない。それは別に科学者でもいいし、子供だって老人だって誰だっていい。とにかく出来事さえ起こればいい。たとえこの科学者が発見しなくてもすぐにほかの誰かが発見するというわけだ。その考えで行けば、私たちも同じだ。私が行動を起こさなくても、私以外の誰かが行動を起こして、同じ結果を起こすだろう。君たちも一緒だ。
まぁ、結局のところこの考えもすぐに棄却することとなった。それで今私が考える運命とは最初に言ったが過去の遺物だ。過ぎ去ったもの。決して未来のものではないとな。これは未来視をもつものに適用されないかもしれないがことだが、人々は常に幸福を求め、今の段階より上を目指している。人々は運命を感じて行動しているわけではないだろう。行動をして、その結果を、成功か失敗かは分からないが、結果を通じて運命を感じている。不確定の状態で運命だからといって諦めるやつはあまりいないし、努力を怠っているやつに運命と口する権利はない。私たちが運命を感じるのは常に行動後によって得られる結果であり、それは過去だ。そしてその積み重ねの道筋こそが運命だと私は考えている。よく運命とは切り開くものというが、それは違う。進んだ先が運命なのだ。そもそも切り開くも何も私に掛かれば最初から切り開いているというものだ。それに切り開いてなければ、誰かに切り開かせるだけだ。
ふー、少し喋りすぎたな」
以上だ、とポツリと言い、余りの饒舌と内容に僕と轟さんがポカンとしている間に、仄火は自室へ行ってしまった。
仄火、長すぎるよ。
少しの間、僕らは黙り込んでしまう。
仄火の運命説は一理ある。確かにそうだと思わせるところがある。でもきっとそれは違うと思う。どこがどうとかは分からないけど、それほど救いがあるはずがない。そんなに都合のいい解釈はだめだ。そんなものに拘泥していては、それこそ自分の首を絞めかねない。
「すごい話でしたね」
「ええ。どう思います?」
「人それぞれの考えで間違いとかはないと思いますけど。私は運命に束縛されてますので残念ながら過去の遺物とは言えませんね」
「……そうでしょうね」
「それでは私も寝ますね。すいません、いきなりきて眠る場所をとってしまって」
なにやら勘違いしているようだが、僕の寝る場所は最初からソファーだったわけで、別に仄火と一緒に寝ているわけではない。一つ空きがあったのにだめだったんだから。あたりまえだけど。
「いや、気にしないでください。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
せめて夢だけは良いものを見ましょう。
お互いに。