B side 1
零
この世界に歓喜した。
この世界に愛着した。
この世界に希望した。
この世界に安堵した。
この世界に執着した。
この世界に復活した。
この世界に感服した。
この世界に感謝した。
この世界に思考した。
この世界に計画した。
この世界に潜伏した。
この世界に偽×した。
この世界に××した。
この…………………。
/
その言の葉でこの世界は、反転した。盤面ごと根本からひっくり返った。構成要素を全て反転させ新たに世界を作りかえてしまった。
今までなかったはずのそれらはこんな身近な所に、対極にあるとも思っていたそれは、いとも容易くこちら側にも存在していることを理解してしまった。
理解するだけでなくそれは、幻想ではなく現実かもしれない、そう思い込むには十分な衝撃で衝動だった。曲解ではなく、現実に影響を及ばす事実にして真実。 虚数解でもなく、本当の正解。
ベクトルの向きは反転するにとどまらず、大きさが倍増した。それは単に二倍になったという意味ではなかった。
そう、それは。想像し創造するだけで、甘美なる誘い
一
有志一同が全員初めて集合した会議が終了して、三十分ほど経過していた。未だ体は熱を持っていて、心臓の鼓動は緩まることがない。今なら何でも出来る錯覚さえあった。
現に僕らは不可能を実行しようとしている。
会議自体はこれからの具体的な予定や行動を、仄火が説明し、それぞれに役割分担をする程度で終了したため、スムーズに進行した。ほかの人は今頃、作業をしているかもしれないし、僕のように手持ち無沙汰かもしれない。
僕は、会議をした部屋の前のホールにいる。ホールは会議室よりもわずかに大きいだけだが物が大したないのもあって、より広く感じられる。ホールにいるのは僕だけではない。
自称『世界最高峰の情報屋兼探偵』の鬼無里南萌がいた。彼女は僕より随分と早く部屋から出たはずだ。ということは僕か仄火を待っていたのだろうか。
南萌は相変わらず落ち着いた色合いで、かつ高級そうな(事実高級なのだろう)和服を着てソファーに座り、膝にはモバイルPCを乗せ、小さなキーボードに器用に何やら打ち込んでいる。南萌が担当することになった作業の一つ、新しい本部の建設場所を探しているのだろう。
今までホテルを転々としてきたが資金的な問題もあるし、なにより差出人不明の謎の手紙もあって、本格的に取り掛かることになったのだ。
思えば、南萌とは昔から何かと接点が多かった。別によく会っていたわけでもないけど、彼女の情報には何度助けられたか分からない。彼女はどうしてこの組織に入ったのだろう。経緯は分かる。僕も目の前にいたのだから。でもやっぱり分からない。
『世界の敵、分かりやすく言えばテロリストになるということ』
南萌が自ら言ったことだ。彼女ほどの技術を持っているなら、引く手は数多に存在するだろう。仄火のようにこの世界に悲観してたのだろうか。
それは、ないとは思う。言いきれはしないけど、悲観はしていなかったと思う。ましてや絶望してなんていないだろうし、でも希望は持っていなかっただろう。
南萌が味方をする理由が分からない。もちろん敵とかそういうことでもないとは思うけど、中立でもないし、何なんだろう。わからない。
そういえば、仄火はどうして世界の敵になったのだろう。分かりやすく言えばテロリスト。僕に理由があるように、きっと仄火にもそれ相応の理由と覚悟があるのだろう。それは僕から聞くようなことではないだろう。
ソファーに座っている南萌が、手の動きはそのままにこちらに顔を向けてきた。
「どうだったんだい?」
「どうだったって何が?」
僕は少しとぼけてみる。
「話し合いだよ。この世で最も合理的で建設的で、秩序があって、血が流れない戦争だよ」
対話は決して高等というわけではない。言葉一つで国が滅ぶことだったある。無論、そこまで極端な話し合いが行われたわけでも何でもないが。
「それでどうなったんだい?」
「とりあえず手を取り合うって感じかな。妥協とも違うけど、最低限の協力ってところかな」
僕がそう言うと、南萌はホッとしたようで、どこか呆れたかのような笑みを浮べた。それでいてやはり上品であるのはある種の反則技だと思う。
「まったく君はいつもそうだ。スタートが遅いというか加速が遅いというか昔の学校の時だってそうだ。初めて会ったときあれは確か入学式のときだったかな? 同じくらいの子供がいるからどんなものかと好奇心あふれて見に行ったら、あほみたいな顔をしていたものだったから見下していたら気がついたときには君は僕の手の届かないところに到達していた。そこからはひたすら情報戦だったよ。君の元にたどりつくまでかなりの時間が掛かったが今ではこうして同志として一緒に行動している」
聞き捨てならない言葉が紛れている。あほみたいな顔って。どさくさに紛れて何言ってるんだか。
そもそも僕は南萌と同じ学校だったことはさすがに覚えているが、まともに会話したことなんてないはずだ。そんなに印象に残る子供でもなかったはずなんだけどな、僕は。そんな余裕があったわけでもないし。
「別に僕は同志ってわけでも。利害の一致というか、なんというか」
「何はともあれ、明夢が判断してくれて嬉しいよ。僕は君の目的を少なからず知っているからね。片手間にはなると思うが協力するよ」
「うん、ありがとう」
「何事も見返りを求めるのはよくないとは思うのだけれど、少し相談に乗ってくれないか?」
南萌が僕に相談とは珍しい。
「もちろん」
「助かるよ。今やっているのは、本部の建設場所でね、いくつか候補地はあるのだがどうにも光るものがなくてね、明夢はどこか建設場所に推薦したい場所はあるかな」
南萌はモバイルPCのディスプレイをこちらに向ける。画面にはいくつもの候補地と詳細な情報が映し出されていた。日本だけでなくアジア、欧州、欧米、南米とさまざまだ。まさか海外まで調べているとは。きっとパスポートなしの密入国になるのか、あるいは偽造パスポートやらで行くのか。でも顔は手配されているのか。だったら後で『勇神』さんにでも変装の技術でも教わろうか。
とりあえず僕は、画面から情報を拾い、考える。
「なるほど。なんかパッとしないね」
「そうだろう。出来れば急げとのお達しだから、数は限られているのでね。しかし安全面を考慮するとやはりこの辺りがいいところだよ」
画面の中央アジアを指差す南萌。
「うーん。僕としてはひとまず日本がいいんだけれど」
「気持ちは分からなくもないけど。この国はほかに比べて警戒網と情報技術が発達しているからね。別に勝てないわけじゃないけど、ほかを探したほうがいいと思う」
「警戒網は『一』さんがいれば問題ないだろうし、情報面なら南萌で対抗できる。物理的障壁は無敵の集団がいるし、トラップとかに関してはあの子達がいれば大丈夫。だったら日本の、それも中枢近くだろうと問題ないはずだよ。それこそ監視も出来る」
「一理あるけど、僕の独断ではなんとも言えないね。それに大規模な工事が行われるなら怪しまれる」
「ならすでに出来ているものはどうだ」
「早々都合よくないし、僕らのニーズとは異なる形態だろう。不動産は上とのつながりだってあるからね」
僕は南萌からモバイルPCを借り、インターネットに接続する。いくつかの単語を打ち込み検索する。数万件ヒット。適当に一つ、サイトを開いて南萌に見えるように向ける。
「ん、これは、ドームの改修工事かい? ああ、オリンピックのだね。それに付近一帯の大規模な工事か。渋滞緩和のため新たにトンネルも造るのか。なるほど」
「これにタイミングを合わせて、事前に買っておいた土地の地下に秘密裏に本部を建設する。問題は山済みだけどいけそうじゃないか。地下空間をどこまで伸ばすか、場合によっては出入り口をいくつも造らないと。監視システムとか配備したほうがいいか」
「そうだね。とりあえず僕は仄火にこの件を相談してみるよ。君はほかのメンバーにこの案件をどう思うか聞いてみてくれ。花蘭に訊いてみるのもいいんじゃないかな。何かみえるかも」