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A side 1 -1

昔に書いたものですので、文章的に稚拙なところがあるかとおもいますが、ご容赦ください。

     A side 1


       零


 この世界に絶望していた。

 この世界に恐怖していた。

 この世界に戦慄していた。

 この世界に恐慌していた。

 この世界に恐惶していた。

 この世界に畏怖していた。

 この世界に隷従していた。

 この世界に服従していた。

 この世界に帰順していた。

 この世界に偽善していた。

 この世界に忌憚していた。

 この世界に××していた。

 この世界に………………。

 この……


       一


 平凡で退屈で希望はなくて自由なんかどこにもなくて、表面上はその辺にいるガキと大して変わらないけどやっぱり一縷の幸福でさえなくて、死ぬまでこのままなんだろうな。なーんて人生を悲観してみたって何にも変わらないし、そんな哲学じみたことを考えてる暇があればバイトでもして生活費を稼いでるっての。嘘だけど。


 お金にはそんな困ってない。自由に使える分はないけど不自由するほどじゃない。

 六限目を知らせるチャイムが鳴り、思考を終了させる。

 学園の放課後は、ほかの学校よりやや早い三時半からだ。

 一応制服の胸ポケットから携帯電話を取り出し時刻を確認するが三時半の二分前。時間に正確ではなかったが、早い分には問題なんてあるはずがない。


 そろそろかな。

 僕は学校の屋上の涼やかなコンクリートを惜しみつつ立ち上る。屋上は日陰になっており風も吹いているから都合が良かった。実際のところ授業は午前中で終了してたから、残っている必要はないんだけど家に帰ればアレがいる可能性があるから時間までここで時間潰しをしていたのだ。


 制服に付着した汚れを手で叩いたが、思うように落ちなかった。後で洗濯すればいいだろう。

 重量のある扉を開け、階段を二段飛ばし、は運動能力の問題で無理なので一段飛ばしで降りていく。昇降口の下駄箱で靴を履き替え、帰宅しようとすると見知った顔がそこにあった。


「アレ、黒坂明夢? どったの、こんなところで?」


 僕のことをフルネームで呼ぶのは彼女しかいない。名前自体を呼ぶ人が少ないといえば少ないが。

 ジャージ姿で手にはスポーツドリンクが入ったペットボトル。髪は邪魔になるのか、後ろで纏めている。

 薬袋柚瑠(みないゆずる)だ。

 家に帰りたくないからと正直に言うのも恥ずかしいのでとっさに僕は嘘をついてみた。


「空を眺めてたのさ」

 いかにも嘘らしい自分で言って虚しくなる嘘だった。


「へー。そーなんだー」

 どうでもよさそうな声で柚瑠は答える。


「そういう柚瑠は? これから部活?」

「そだよ。大会が近いからって部長が張り切っちゃってさー。あ、今は今休憩中なの。そいでこれからまた練習。あたしってば。期待のホープだから」

 柚瑠は胸を張りえらく自慢するように言った。彼女は陸上部で一年生ながら大会に入賞し、来年は陸上の部長を任せられるとさえ言われている逸材だ。


「そいじゃ、バイビー」

「うん。それじゃ」

 柚瑠はグラウンドへ走っていた。


 薬袋柚瑠と僕の関係を簡潔に言うならば、同じクラスで別に親しいって訳でもないけど席がたまたま近くだってこともあって話しをするようになった関係とでも表せばいいのかな。


 彼女は性格が明るくて、とても美人な女の子だ。活発で誰にでも優しいし、僕みたいな人間にも隔たりなく接してくれるのは正直ありがたい。僕は柚瑠以外に友達と呼べる人がいないのだ(柚瑠からそう呼べるかは甚だ疑問ではある)。その原因はきっと僕個人にあるのかもしれないし、周りの環境のせいかもしれない。とにかくそういった意味で柚瑠は僕を救ってくれる唯一の人間だった。


 僕は少し古くなった運動靴の紐をしっかりと締めなおし、億劫になるほど日差しの強い外にとび出した。

 校門を出て歩くこと十五分。学校から遠ざかるに従って徐々に傍目から見ても田舎率が増加しているのは言うまでもなく、僕の家の近くにあるため毎日利用している商店街も半数以上がシャッターを閉めており、静寂さを醸し出している。客もまばらだ。


 ただ。

 僕があの学校に通うことになりこの近くに家を借りてから、初めて買い物した半年前とは異なる光景が今では日常茶飯事となっている。

 重厚な装備で身を固めた数人の警察官が列を成して商店街を横ぎる。この街が、いや世界がこんな光景になってしまったのは三ヶ月ほど前のある出来事のせいだろう。


 僕の脳裏にその映像が鮮明に浮かび上がる。


『この世界は狂乱している。過ちを犯している』

 その通りだと思った。

『私はこの世界を完膚なきまでに壊す。現在の腐敗した世界を無慈悲なまでに消滅させる』

 不謹慎にも僕はテレビ越しの宣誓者を応援したくなった。でも無理だと思った。だって世界はこんなにも残酷で恐ろしいんだから。でも……


 全世界同時に予告なく強制的に放送されたあの映像は全世界を驚愕させると同時にテロリストとも取れる発現に世界政府は警戒を強め、各自治政府もテロリストを捕らえるために警備を強化していた。

 だけどあの映像を見た世界政府の反応はパフォーマンスじみていたと言うか、表面上言うこととやることはしたという感じだ。何もしなくても勝手にテロリストは捕まるとでも思ったのかもしれない。それからテロリストと呼ばれた宣誓者は世界政府を嘲るかのように破壊者になった。政府の管轄下にある情報司令部が爆破されたのだ。死傷者はなかったものの、警備が厳重で有名なため政府も爆発されるとは思っていなかったのだろう。世界政府は事態を重く受け止め、テロリスト確保のために本腰を入れ始めたのだ。

 それで、街には重装備の警察官が徘徊するようになったのだ。こんな田舎町でさえこれでは、都心部の凄さは異常と言ってもいい。


 簡潔に纏めればそんな感じ。

 警察官の威嚇的な態度にすっかり萎縮してしまう。

 それに警察官を見ると特に何かしたわけじゃないのに、後ろめたい気分になる。やばいですぜ兄貴、的な。なぜだろう。いや本当は分かっているのかもしれない。


 閑話休題。

 商店街の中ほどで横道に曲がり裏道に入る。この辺りはストレンジャーが入り込むと帰って来られないと評判の地域かどうかはさておき、僕の住処もこの辺りにある。何度も狭く入り組んだ道を曲がりたどり着く。


 オンボロではあるが歴史を感じさせる築百年ほどの古家。すこし強い地震が発生すればたちまちあっけなく崩壊してしまいそうな家。簡単に侵入できそうな家のつくりであっても泥棒さえ寄り付かない家。

 すなわち。僕の家であった。

 借りている状態だから、僕の家だとは一概に言えないけど、何にせよ早くここから引っ越したいと引っ越した当日から常々思っている。


 配達物が無いかを確認してから、蹴り一発で粉々に粉砕してしまいそうな扉に向かう。心もとない扉のこれまた信用ならない鍵を取り出し開錠しようとするが、どうにも様子がおかしい。

 自分の家から声がするのだ。しかも爆笑の。


 ……一つだけ心当たりがあった。せっかく屋上で時間を潰してまでアレと接触しないようにしたのになぜここにいるのだろうか。いやもしかしたら、何かの気の迷いで侵入してしまった泥棒かもしれない。それで爆笑してしまうような事態に陥っているだけかもしれない。うん、そうだ。そうに違いない。


 覚悟を決め、扉を開ける。

 軋む音を立てながら扉はゆっくりと開かれ、僕と侵入者の対面を許可する。

 残念なことに、真に遺憾なことにそれは泥棒でもなく、見知らぬ人間でもなく、薬袋柚瑠でもなく、テロリストでもなくて。


 僕は靴を脱ぎその人の元に向かう。玄関から一メートルに満たない廊下を抜ければ、すぐに寝室と居間を兼用とした部屋にたどり着く。


「どうしたんですか、管理人さん? この時間はこっちにはいないでしょう」

 管理人さんはこちらに気づいたものの、振り返ることなくテレビを見ながら言った。

「今帰りか。生憎うちの五十型プラズマテレビを修理に出していてな、そこで仕方がなくお前のオンボロ部屋のオンボロテレビで我慢していると言うわけだ」


 随分な罵倒ぶりだがこれはいつものことなので、こちらが大人になることで対処。もしくは諦める。管理人さんは迷惑と言う単語の意味が未知なのかもしれない。懇切丁寧に指導してもいいんだけど、どうせ僕の言うことなんか聞きやしない。彼女は心が狭量なのだろう。


「ん? 今私のことを考えていただろう。こう見えても読心術の講座を受けていてな」

 不敵に笑い、自慢げにこう言った。

「私の山よりも高く、谷よりも深いの懐に感動していたろう。いや、なにほめたからといっても何もやらんがね」


 ……唖然とするばかりです。

「読心術っていつの間に習得したんですか?」

「いやいや、○ーキャンでな」

「ありましたっけ、そんな講座?」

「これからはただの管理人ではなく『心の管理人さん』と呼んでもいいぞ。心を込めてな」

 それはプライバシーを疎んじるというか、権利も何もあったもんじゃなかった。


「それより、郵便受けに夕刊着てませんでした?」

 ん? と何か思い出す仕草をする管理人さん。

「ああ、これのことか。もう読んだからな、返すぞ」

 それは僕が真っ先に読むはずの新聞だった。一面には連日テロリストの情報ばかりだ。


 それから付け加えるように。

「あと、お前に手紙が来てた」

 投げ捨てるように投擲した手紙は、計算されたかのように僕の足元に飛び込んでくる。それを拾い差出人を確認する。

 それはいつもの変わることのない送り主だった。僕は嘆息して中身を確認する。数行の無機質な言葉の羅列。


 一度内容を脳内で咀嚼し、一字一句正確に暗記する。

 それから手紙をクシャクシャに丸め、部屋の隅に鎮座している円柱形のゴミ箱に投げ込んだ。若干予見した軌道とは異なる方向をとってしまった為、ゴミ箱の淵に当り床に落ちる。


「私も読んでもいいか?」

 と、管理人さんが既に読んでいなかったことと、許可を求めたことに驚きつつ、了承する。

「あ、はい。どうぞ」

 そうか、と満足気に相槌を打ち、丸めた手紙を広げ読み始める。


「ふーん。これはまた愉快な。一体どうしてお前に来たのかな。とやかく言うつもりはないが、せいぜい貢献してくれよ」


 ご機嫌取り。


 管理人さんは最後にそう付け加えた。

 別に否定するつもりはない……けど肯定はしない。

 してなんかやらない。

 

管理人さんが手紙を捨てるのを視界の端に収めてから、僕は外出するため玄関に向かった。

 スリッパを雑に脱ぎ捨て、靴に履き替え、ダークブルーの少し大きめのパーカーを着てドアを開ける。

「ごゆっくりどうぞ」

 テレビに見入っている背中に感情を込めずそう言った。

 扉は軋みながら二人を断絶する。

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