A side 3 -1
ルビが多いので、パソコンの方は文字サイズを大きくすると見やすくなると思います。
轟さん仲間に加わってから一週間が経過していた。カレンダーは一枚捲られ季節は夏。地球温暖化現象か、はたまたヒートアイランド現象なのか、都会の夏は随分と暑い。しかし僕らはホテル暮らしなので関係ないはず……だった。
都内某所、というか公園。
「あ~きぃ~む~、あつい」
僕だって暑いけど、話す元気さえあまりない。
緑地化計画の一環なのか、遊具よりも自然が多いこの公園にて、現在とある組織が隠れるようにバテていた。
さて、あの札束で扇げる環境から、一変してホームレスさながらの環境に没落してしまったのには、もちろん理由がある。
「しかしー、アレがじこだったのか、じけんだったのかー、タイミングとじょーきょーをかんがえーみるにー、やはりー、じけんせーがーたかいとーおもーけどー」
日差しのあたらない屋根の下にあるベンチで横たわっている仄火はコーラ不足(本人曰く)の為、投げやりな口調で呟いた。
アレ。事件。事故。
三日前の夜に僕らが暮らしていたホテルは全焼した。幸いなことに(結構危なかったけど)僕らは助かった。
僕らは警察に捕まるわけには行かなかったし、怪我して救急車に乗せられるわけにもいかなかった。
轟さんの未来視の能力を用いて窮地を脱することが出来たのだ。僕がいることでノイズまみれだったそうだが無理をさせてしまった。
「やっぱり事故ってことはないと思う。多分仄火の想像通りだと」
暑さを紛らわせる為に裾を動かし、服の中に空気を送る仄火。かなり勢いが強い。女の子だからそういうことはしないで欲しいが、するなとも言えないので、僕は目を逸らすしかない。
「かのじょがーくわわってから。つけられたかなー。んーしかし」
それはないとは否定できない。あるいは既に現在地を知られていたのかもしれない。リークされたならややこしくなってくるが。
屋根のおかげで直射日光こそ防がれているが、無風状態なのも相まって体力的にはかなりキツイ。それにいつまでこの状況が続くのかを想像するだけで精神的にもなかなかくるのだ。
うう、と病人顔負けの呻き声を発する仄火は一旦意識の外に押し出して、公園の入り口に目を向けると、二つの影がまっすぐこちらに向かってきていた。
右側に先行する形で鬼無里南萌、通称『鬼』と言ったら半殺しにされます。左側、南萌にすぐ後ろを伴侶のように付いて歩く女性が轟花蘭、通称『』……特に思いつかなかった。
南萌はジーンズにタンクトップとラフすぎる格好(初めて見た)で、轟さんは暑さを全く感じさせない清楚感漂うブラウスとスカートである。
二人は両手に持った袋を木目のテーブルに置き、僕、仄火とテーブルを挟んで向かいのベンチに腰を下ろす。
「ふー、いやいや、君たちが動くわけにも行かないのは分かっているけど、まさかこんなか弱い女二人に買い物に行かせるとは、明夢の株は大暴落だよ。ウォール街も吃驚の驚天動地だ。コペルニクス的転回ものだよ」
大暴落らしい。
「いやはや売っておいて良かった」
売却済みだった。
「それは冗談として。はい仄火、例のものだ」
南萌が取り出したのは、黒いアレ。普通にコーラなんだけどね。
ガバッと仄火が起き上がり、コーラを受け取る。飲む様子を見る限り、本当に暑さではなく、コーラ不足が原因だったのかもしれない。
「なんだいその物欲しそうなシャチホコみたいな顔は」
僕が仄火のコーラを凝視しているとでも思ったのか、南萌が僕に謎のツッコミをしてきた。
「いや物欲しそうなシャチホコの顔が全く分からないんだけど」
南萌の中で僕とシャチホコの間にどのような共通項を見つけたのかは定かではないけど。
そもそも南萌は何かを例えるのが絶妙に下手だ。意味不明を超えて一つの才能と化している。
「で、僕の飲み物は何?」
この場合、飲み物があることを前提とした質問をしている。さすがに無いということはないだろう。だってさー。
問題は何を買ってきたかだ。野菜ジュースとかだったら泣くかもしれない。
「慌てるな。まずは花蘭は紅茶だったな」
仄火=コーラという式が存在するように轟さんには紅茶が相応しいだろう。続いて取り出した最高クラスの味を誇るコーヒーはおそらく南萌のだろう。
そしてようやく南萌が袋に手を入れ、僕の前に飲みものを置いた。
「……」
それは紙パックだった。一リットルだろうか。白を基調としていて、動物のイラストだ。
……牛乳だった。
側面に手を当ててみるが冷たさが全く感じられない。
南萌が悪意を感じさせない期待を込めた眼差しで見つめてくるのでパックの片側を開けて一口飲んでみることにする。コップはないので慎重にゆっくりとだ。
この常温でしばらく放置したかのような温度と円やかな舌触りがマッチングしてなんとも……
「不味いに決まってるだろ」
もったいない、と言うよりは出すのが躊躇われたので、飲み込みました。
南萌を睨んでみるがウインクで返された。効果なし。いや分かっててやってるだろ。
「んー? なんだいそんな苦虫みたいな顔して?」
「苦虫みたいな顔ってどういうことだよ!」
それを言うなら苦虫を噛み潰したかのようなだと思う。想像上の虫になれるほど僕の表情は豊かに出来ていない。
相手にしていては埒が明かないので、牛乳はひとまず戦略的放置することにして、仄火に目を向ける。
現在、飲み物にしか興味がない彼女はこの状況を打破する策があるのだろうか。多分何一つ考えてないんじゃないかと思う。
呑気に飲食しているときに、恐ろしいことを考えられてもいい気がしないが。
最近気が付いたことだがけど、仄火はコーラ不足に陥ると、いつもの鋭さやかたさが無くなり、なんと言うか可愛らしい普通の女の子に見えるのだ。というか駄々っ子? なんとなく見守ってあげたくなる感じだが、不用意に近づいても害を被るので、コーラを手土産にすることで、いや、するといつもの仄火に戻ってしまうわけか。
とりあえず距離を保ちつつ、見つめてみる。
仄火がこちらを一瞬見るが、僕よりもコーラの優先度が圧倒的に高いらしく、特に気にすることなく飲み続けていた。
すると、「ん、ん」とわざとらしく咳払いが聞こえたので慌てて顔を上げると、発生源は案の定、というか消去法的に南萌だった。
「いやーあついねー、まったく勘弁してもらいたいね」
手を団扇代わりにして風を送っていたが、僅かにこちらに向けた視線とタイミングからこちら、というか僕に対して言っているのは間違いなかった。
これ以上、からかわれるのも勘弁して欲しかったので、話題転換を図ってみることにする。
「そう言えば、南萌。財布は?」
ホテル全焼事件によって色々と焼失してしまったが、そこには組織の資金も含まれていましたとさ。
けしてめでたしとは付け加えられない内容。いや他人事じゃなくて当事者だからな。宿泊代支払わなくてラッキーとか喜べるわけもない。
それで残りのお金と言えば僕が持っていた財布だけだ。その財布も現在は彼女たちに預けている。
とりあえず、牛乳を南萌側に移動させつつ対応を待つ。
たしか中身は、火災の前に買い物用に準備していたのであり、内訳は確か。
福沢さん六人。樋口さん四人。夏目さん七人。そしてなぜか首里城が……単位は何だろう。一城とかでいいのかな。それに硬貨が数枚ほど。
買い物に行ったのを差し引いてもまだそれなりには残っているだろう。
南萌は渋々と言った様子で、財布を取り出し渡してくる。そんなにお金に執着する性格ではなかったはずだけど。ちょっと使いすぎたとかかな。
財布を受け取り中を確かめる。
……あれおかしいな、奥の方かな。……なくね? ないよね。
「南萌、お金がないみたいなんだけど、別にしてる?」
と信じたい。あるいはサプライズか、財布の紐を握りたくなったのか。
「…………」
顔を背ける南萌。まさかという思いがよぎる僕。無干渉を貫く轟さん。二本目のコーラに入った仄火。
落してしまったのか、あるいは盗まれたのだろうか。
ガサガサ。
南萌が座るベンチにあったビニール袋が、勝手に動き出した。風もないのに、まるで自由意志をもったかのようだ。
「あ、いや何でもないのだよ」
そう言って袋の中に手を入れる南萌だが、それが返って怪しい。
その程度ならまだ良かったかもしれないが、直後。
「ニャー」
「えっと」
袋の中から、間違いなく猫の声がきこえました。
「「…………」」
場が凍る。
「ニャー」
融解させるために南萌が、猫の声真似をした。
カワイイ。仕草も恥ずかしそうにしながら真似ているのが高ポイントです。……ってそれどころじゃない。
「南萌。手遅れ」
「やっぱり?」
そうして袋から出されたのは、正真正銘生後三ヶ月ほどの子猫だった。種類はベンガルだろうか。ブラウンスポットの毛並みは整っていてつぶらな金色の瞳はとても可愛らしい。好奇心旺盛でテーブルの上から周囲を見回している。
南萌は子猫を抱いて撫でる。猫は鳴いて気持ちよさそうに手足を伸ばしていた。ワイルドそうな見た目とは違い、人懐っこい性格のようだ。
「済まない二人とも。この子のキュートさにやられてしまった。反省はしていない」
最後余計だから。南萌の目は本気なのでいまさら返すことはできなさそうだ。
結局のところ、南萌は他にも袋を隠し持っていたようで中には猫の餌やペット用品が一通り揃えてあった。出来ることなら轟さんに止めてほしかったのだが、ここまでの笑顔のなか空気を読めない発言をするほど僕は無粋ではない。
食べ物には今のところ困っていないが、さすがに今後も公園で寝泊りするのは困る。僕だけならまだしも女性陣はキツイだろう。
南萌と轟さんが猫を撫でている、その光景を非常に羨ましそう見つめている仄火に僕は現実をぶつけることにした。
「仄火、どうするつもり?」
「わわ、なんだ?」
驚かせてしまった。猫に触りたいが、勇気が出ないのかもしれない。見た目豹っぽいところあるから怖がっているのかもしれない。
「これからのことだよ。当面の生活資金さえ怪しいのに、ずっと此処にいるわけにもいかないよね」
仄火は分かっているとばかりに頷いた。
「君たちにも役割があるように、私は基本的に頭脳労働が資本だぞ。そのくらい考えるに決まっているだろう。とはいえ私も奥の手は使いたくないので、花蘭に任せてみよう」
頭脳労働と言った割には他人任せなのはどうだろう。
「明夢、何だその目は? 私のことを使えないとか、思っているんじゃないだろうね? 未来が視えるなら結果を教えてもらった方が楽に決まっているだろう。君は目の前にテストの答案用紙が置いてあるのにも関わらず、わざわざ解くつもりなのか?」
例えが極端な気もしたが、概ね理解できる。だが未来のとりうる行動を見た時点で既に未来が変わる可能性があるということに気がつかなければいけない。最善が最悪に取って代わる災厄。
杞憂だろうが、僕はそれを知っている。
僕が答える前に、仄火は轟さんを呼び頼んだ。
「それは構いませんが、明夢さんがいると見えにくいですよ?」
仄火の近くにまで来た轟さんはこちらにちらりと目を向けて答えた。
「そうか、それは明夢が近くにいるという意味か、その未来において明夢が関与していると言う意味のどちらになる?」
僕はなるほどと感心しつつ、なんとなく向かいのテーブルに座っている南萌を見やる。普段は絶対に見せないような破顔で猫と遊んでいる。昔同じ学校に通っていた時でさえ滅多にお目にかかれないおもわずドキリとしてしまうほどの笑顔だった。
「どちらも影響があると思います。正確な比率はその事象しだいですけど明夢さんの介入率次第でいくらでも変わってきますので」
「ならばやりようはある」
仄火は僕に離れていてくれと伝えてきた。
僕は公園の入り口近くまで歩いた。距離にして百メートルほど。これだけ離れれば大丈夫だろうか。三人の姿を捉えると、轟さんが頭の上で手で丸の形を作っていた。
後は待つだけか。もうベンチは嫌だ、布団で眠りたい。
僕は切実に願うのだった。
猫いいですよね。名前何しようか考え中です。