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地球残留二世

作者: 津辻真咲
掲載日:2026/05/26


1.赤い太陽の下で


 太陽は、もはや太陽と呼ぶには余りに膨れ上がり、空の半分を占める赤い巨球、つまり赤色巨星になっていた。地表は常に薄い夕暮れのような赤光に染まり、風は乾いた砂を運ぶ。それでも、地球残留民はここで生き続けていた。

 海斗かいとはその二世だった。親世代が「地球に残る」と決めた人々の子孫。彼らは地下都市で暮らし、地表には調査のためにだけ出る。今日も海斗は、古い通信塔の点検に来ていた。


塔の端末が突然、青白い光を放った。長い間沈黙していた宇宙通信回線が、奇跡のように再接続されたのだ。

「……聞こえますか? こちら、宇宙コロニー《アウロラ811》」

少女の声だった。澄んでいて、どこか軽やかで、地球の重たい空気とは違う響きをもっていた。海斗は思わず息をのんだ。

「こちら地球残留第7地区、海斗。……本当に、宇宙から?」

しばし、沈黙が流れる。

「…… ……え!? 誰!?」

少女は驚いた。

「え!? なんで何で? 誰も使っていないはずじゃ!?」

少女は動揺して、音声マイクをそのままに驚いていた。


「……再度、聞きます。本当に宇宙から?」

海斗は少し、鼓動を早くする。本当に宇宙から、やって来たのか。

「えぇーっと。そちらは?」

少女は聞く。

「地球残留第7地区ですが」

「え!? 地球!? ……本当にいたんだ」

少女はどうやら、何も知らないようだ。地球に残った残留二世のことを。

「どうして、通信を?」

海斗は聞く。

「地球が近づいて来ていたから、もしかして、残留AIとかロボットが反応するかもって思って」

「ふぅーん。で?」

「へ?」

「君の名前は?」

海斗は彼女の名を聞く。彼女はしっかりと答えた。

「美波です」



2.二つの世界の会話


通信はそれから毎日のように続いた。海斗は毎日、地上の通信塔へ通った。

美波は宇宙コロニーでの生活を語った。人工太陽の柔らかな光、コロニー内に広がる水耕栽培の森、管理された地球生命体、そして、コロニーの遠心力による船内重力の確保。

海斗は想像できなかった。生まれた時から、太陽は巨球、地上は荒廃、地下都市も文明崩壊寸前。

――俺は一体、何のために?

――俺は、選ばれなかったのか。きっと。


一方、海斗は地球の現状を語った。赤い空、地下都市の不自由さ、そして、地球はもう死んでいることを。

「……そうだったのですね」

美波はどこか、悲しそうにしていた。

――君には、きっと分からない。俺と同じように。相手のことなど。

――君に何ができる? 期待してはいけない。



3.最後の通信


一方、宇宙コロニー《アウロラ811》は地球軌道に長くとどまれない。別の恒星に向けて、ワープモードに入る。今回はワームホール型ではなく、光速型。数日のうちに船体を加速させるのだ。


「ねぇ、会いに行ってもいい?」

美波が海斗に提案する。

「え。でも、もうすぐ、ワープじゃ…」

海斗は戸惑う。

「会いたい」

海斗はその言葉にいら立ちを覚えた。

――この子は、地球の悲惨さ、自分の非力さなど、…だろう。

しかし、美波の声は軽やかだった。


次の日。海斗は再び、通信塔に行く。会いたくない、でも、会ってみたい気持ちもある。頭の中で、嫉妬と憎悪と興味が入り混じる。

――どうせ、好奇心には勝てないか…。

しかし、いつまで経っても、通信機の光はともらない。海斗が戸惑っていると、通信塔全体の機械が光った。

――電力が送られてきている?

「……聞こえますか?」

美波だった。

「美波、これは一体?」

海斗は聞く。

「宇宙コロニー《アウロラ811》の電力の一部です」

「何で?」

「この電力を使えば、画面通話ができるでしょう?」

そう言って、美波は画面通話に切り替えた。目の前の通信機器の画面に美波が映る。

「こんにちは」

美波が微笑む。美波は色白く、赤い虹彩をしていた。海斗は見とれる。

――赤い瞳。まるで、地球の空。

海斗は息をのむ。

「やっと、会えたね」

美波は嬉しそうだ。

――俺も微笑まないと。

海斗も少し、微笑んでみせた。すると、美波は急に悲しそうな表情をした。

「どうしたんですか?」

海斗は聞く。

「実は、もう地球へ行く手段がなくなってしまったの」

「え?」

「この通信をしていることを、情報管理局に察知されてしまって、これが最後なの」

どうやら、政府は地球に残留している人々がいることを次世代には伏せたいようだ。それにより、この通信を最後に、と政府が取引してきたのだった。

「……」

海斗は黙る。

――だから、期待なんて、しちゃいけない。

――この待遇も、この気持ちも。



4.絶望の終焉


「必ず、会いに行くから!」

美波はそう告げる。

「必ず、海斗くんを助けに行くから!」

美波は必死だった。

今までは諦めながら、生きてきた。でも、最後の言葉で救われた。

「海斗くんの気持ち、わかったの。政府に圧力をかけられたときに。だから、海斗くんを私は守りたい!」

自分の意思を押さえつけられた二人はここで、惹かれ合ったのかもしれない。


海斗は空を見上げた。赤色巨星となった太陽の向こう、見えない宇宙のどこかに、美波がいる。

触れられない距離。交わらない世界。それでも、確かにつながった心。海斗は胸の奥に残る温かさを抱えながら、ゆっくりと地下都市へと戻っていった。



5.エピローグ


美波との通信が途絶えてから、海斗の日々は静かに、しかし、確実に変わっていた。地球残留民の若者たちは、地表に出ることを恐れ、地下都市の薄暗い通路で暮らすことを当然としていた。だが、海斗は違った。赤い空の下に立つたび、胸の奥に美波の声、表情がよみがえる。

それが海斗を地表へと向かわせた。再び、通信塔へ。

「!」

そこで、海斗は通信機器に残されたメッセージを見つけた。最後の通信後、美波がメールを送ってきていたのだ。

《NGO法人あおいそら、発足。地球残留二世の意思の尊重を目的》

その新聞記事のデータだった。


――ありがとう。美波。

海斗は赤い空を見上げた。


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