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怪奇事変 薬手帳

掲載日:2026/05/18

第三十怪 薬手帳


 「13番の方、1番診察室へ」


 「はい」


 此処は病院、待合室に居る中、手渡される用紙には数字が書かれている。

 病院に行った人なら分かる通り、番号札の代わりとなるものだ。

 この数字を呼ばれた順に審査が始まるが、予約とかの関係もあるため順番が前後することもある。


 「(俺のは20番)」


 結構時間があるなーと思っていたが、それは昔の話。

 今ではスマホを見て時間を潰したりと色々な方法があるため、20番などほぼ直ぐのようなものだ。

 イヤホンを付けてスマホの動画を視聴しながら動画を見ていると、ふと手に何かが触れる。


 「(ん?)」


 それはおくすり手帳と呼ばれるものだった。

 所謂、記録のようなものだ。

 何処の病院で診察を受けてどんな薬を処方してもらっているのが一度で分かる優れもの……と言ったら大袈裟かもしれなが。

 2つ以上処方する薬がある場合、組み合わせによっては体調が悪くなる可能性も考慮してこれがあると便利なのだ。

 しかも少額だが安くなるとも聞いたことがある。


 「(忘れ物かな、一体誰の……)」


 興味本位で開いたページには丁寧に商法されている薬のシールが貼られており、それは最後のページまで貼られていた。

 ようは使用済みで不要になった物なのだろう。


 「(……ちょっと興味本位で)」


 見ても結局は何処の病院で受診したか?先生は誰か?薬は何なのか?程度だ。

 素人の自分が見ても何も困らないと踏んでページを勧めて行くと、同じ薬を処方し、服用していたみたいだ。


 「(携帯で検索すればどんな病名か出るかな……)」


 ネットが便利になった時代に生まれたことが功をなして、調べたら的中した。

 

 「(胃炎か)」


 どうやら処方していた薬は胃の薬のようだ。

 

 「(この人は胃の調子が悪かったのか、他には——)」


 「20番の方、1番診察室へ」


 「ッ!あ、はい!」


 思わず大きな声を出してしまった。

 そして勢い余って大胆不敵にもよそ様のおくすり手帳を反射的とは言えポケットの中に忍び込ませてしまったのだ。

 そのまま部屋に入ると1人の男性の先生がおり挨拶をしてくれる。


 「今日はどういった内容で?」


 「あ、その…昨日から体調が悪くて……」


 「では見てみましょう、口を開けて」


 言われた通りの検査が始まる。

 口内を見られ、熱を測られ、質疑応答で先生の問いに答えていく中、ふと腹の辺りが苦しくなる感覚を覚えた。

 最初は腹痛かなにかでトイレだと思っていたが、次第にそれは我慢がならなくなるぐらい痛み初め、その場で痛みを訴えた。


 「せ、んせい、は、腹が……」


 「服をまくりますよ、此処ですか?」


 「ッ!?」


 酷い痛みだ、我慢できず歯を食いしばる様子を確認する先生とそれに耐える自分。

 何度が触診された後に結論付けられたのはこうだった。


 「胃の辺り…ですね、念のため胃カメラをやりましょう」


 「お、ねがい…します」


 本来は予約制をとり、紙にサインや食べ物などを抜いてもらう必要性があるらしいいが、今回は緊急性が増すとのことで特別に診査をしてくれるとのことだ。

 ありがたいことなのかどうか、胃カメラなど初めての経験だ。

 だが怖さよりも痛みの方が激しすぎてやらなければマズイと言う感覚だけが残っていたため、さして恐怖はなかった。


 「こちらをお飲みください、胃カメラは鼻と口から入れられますがどちらになさいますか?」


 「は、鼻で……」


 確かどこかで見た経験だが、口の方が苦しいと聞いたことがあるため、その経験談から鼻を選択してしまった。

 

 「では鼻にも麻酔を垂らします、流れた液体はそのまま飲み込んで下さい」


 「はい」


 「今日は朝、ご飯を食べてきましたか?」


 「いいえ」


 「昨日は何時に夕食を済ませましたか、覚えてますか?」


 「確か…9時前には……」


 「何も問題ありませんね、偶然にしてはビックリするぐらい」


 「そう…なんですか?」


 苦い液体が喉を通り胃に落ちていく。

 痛みはなく苦しくもないが、なんだか奇妙な感覚だ。

 

 「麻酔はしていきますか?」


 「いえ、そのままで……」


 恐怖で麻酔を使用する人も居るらしいが、自分の場合は別にそれがなくても問題ない。

 何よりも早く胃の中を診察してくれと言う気持ちだけが先行していた。

 

 「では呼ばれましたら診察台の方へ」


 「分かりました……」

 

 何故急に胃が痛み始めたのか理由が分からない。

 それどころかこれまで胃に関する問題など何一つ見つかってなかったのに、何故急にあんな痛みが出始めたのだろう。

 

 「(昨日、何か当たる物でも食ったかな……)」


 いや、記憶を探してもそのようなものは何も存在していない。

 天井を眺めていると順番になり呼ばれた。

 

 診察台に乗せられると向きを仰向けにして左の方向に横たわるような姿勢にしてくれと頼まれた。

 しばらくして先生が来て軽い挨拶をしたあと、モニターが映し出される。

 それはゆっくりと視点を変えてやがて、自分の鼻にホールドされた。

 

 「では挿入していきます」


 「お願いします」


 カメラワークに自分の鼻が映りやがて鼻毛、そして喉——


 「ゴホ!」


 「はい、ゆっくり息を吸いましょう、大丈夫ですよー」


 大丈夫なんかじゃない!呼吸できない、死ぬ!


 「ゆっくり呼吸をして下さい、カメラが入らないのでお願いします」


 そんなこと言われても苦しいんだよ!

 呼吸何てできるわけ——


 「ゴホッ!オ!エ!——オォッ!??」


 そのままカメラは入るものの苦しい思いをして両目は涙でぐしゃぐしゃになり、両の鼻からは鼻水がだらだらだ。


 「涎は出し続けてくださいね~、くしゃみやゲップなどもしないで下さい」


 無茶振りすぎる看護師に文句を言ってやりたかったが、これも自分の身体のためと思い踏みとどまる。

 しばらくしてまた「呼吸を大きく吸って下さい」と言う指示が出たのでその通りに行うと更にカメラは深い部分まで進んで行った。

 すると——胃の壁と言うべき部分が白くなっており、何より穴が空いていたのだ。

 他にも周辺が赤く炎症を起こしてる様にも見え、そちらに水のようなものをかけられる。


 「……」


 ひんやりとした感覚が胃に蓄積されていくのがわかる。

 何せ直接胃に水を放流してる訳だからだ。

 確かに朝のご飯を抜いてこいや、夜の食べた時間にシビヤなどは頷ける。 

 何せ放流する水の量は止まらず段々と苦しくなっていく一方だからだ。

 この中に、胃の内容物が入っていたらきっと今事吐いていたに違いない。


 ようやくカメラから解放されると医師は淡々と説明してきた。

 

 「胃潰瘍ですね、お酒や煙草などは吸われたりしますか?」


 「ゴホッ!い、いえ」


 「ふむ……」


 何かを考える素振りをしつつ「わかりました、お疲れ様です」とだけ声をかけ片づけに入る。


 「あの……」


 「まだ番号札を持ってて下さいね、また呼ばれますので」


 診察室から出てくるなり、痛む胃を抑えながら席に座る。

 

 「(酒と煙草なんてやったことないぞ……)」


 思い当たる節がないまますぐさま自分の番号が呼ばれ診察室に入ると先生がモニターに映された自分の胃を見ながら説明してくれる。


 「胃潰瘍はお酒や煙草の他にも胃の中に住みついている細菌で粘膜が弱ってなってしまうこともあります、他には強いストレスや不規則な生活などもありますが、心当たりはありますか?」


 「いいえ」


 「そうですか、とりあえず薬を処方しますのでしばらくはそれで様子を見て行きましょう」


 「……わかりました」


 何とも腑に落ちない終え方を、薬を処方してもらい帰路に着く中、あることに気づく。


 「あ……」


 ポケットに入っていた()()()()()()だ。

 結局、誰の物か分からず看護師に渡そうと思っていたのだが、自分の腹痛ですっかり忘れてしまった。


 「……次回来た時で良いか」


 そう言うなり、それ以降は()()()()()()のことは忘れてしまった。

 数週間が経った、すっかり胃の方は問題なく、あの苦しい胃カメラをもう一度体験し、中の胃の修復も順調らしく、このままの調子で行けば数週間で完治するとのことだ。

 突然の激痛からの怒涛の展開で少々焦ってしまったが、それでも治るのだからまだ良かった方だろう。


 「これで治らなかったら他に何処に相談すれば良いんだよって話だしな~」

 

 部屋の片づけをしながら独り言をつぶやくと、あの手帳が見つかった。

 

 「あ、そう言えば……」


 また忘れてしまった。

 いい加減持ち主も困ってる……訳ないとは思うが、もしかしたら困っているかもしれないのでいちよ届けて置いた方が良いだろうと感じて、手帳を拾おうとすると偶然にも変な持ち方をしてしまったせいか床に落としてしまう。


 「やべ」

 

 慌てて拾うと、ページが開いたままのおくすり手帳の内容には処方箋の情報が細かく明記されていた。

 好奇心から他人のモノを見てしまうのは良くないと思いつつ、それを観察すると——


 「これ…俺と同じ病気?それに処方された薬も同じ!?」


 全く同じだったのだ。

 特に、今服用している薬が。

 

 気になって次のページを開くと胃に関する薬が大量に書かれていた。

 日によって薬を変えていたのだろう、徐々に服用する薬の名前や量が変わってとれているのが分かる。


 「……あれ?」


 腹の辺りに違和感を感じる。

 今日は特に重い物を食べたこともないし、至って健康的な食生活を心掛けていた。

 逆にどこかぶつけた覚えもない、なのに違和感は徐々に強まっていき——


 「ッ!?なんだ、これ!!」


 痛みが激しさを増す。

 あれだけ治ってきていた痛みが、引いていた痛みがまたぶり返して来たのだ。


 慌てて薬を飲み落ち着かせようとするも、その苦しさは想像を絶するものでたまらず電話で救急車を呼ぶ。

 一体何があって——それ以降の記憶はない。

 目覚めた時には既に白い天井と看護師が1人寄り添っていたからだ。


 「目が覚めたみたいですね」


 「え?あれ?…俺……」


 「緊急搬送されたんです、大家さんが家のマスターキで開けてくれなければ、大惨事になっていましたよ?」


 「大惨事って……なにがあったんです?」


 「胃に腫瘍が見つかりました」


 「え?」


 だって前回胃カメラで胃の中を見た時は何もなかったじゃないか?

 それなのに腫瘍が見つかっただって??

 そんな馬鹿な話があるわけないと思いつつも、まだ痛む腹を摩りながら質問をする。


 「あの、腫瘍って……」


 「胃がんです」


 「は?」


 思わず間抜けな声が出てしまった、胃がん?

 だって何も——


 「見つかってないって……」


 「はい、ですが気絶している間、緊急で胃の中を検査したところ——」


 「あとは私から話すよ」


 「先生!」


 そこで白衣をしっかり着込んだ男性の医師がやってきた。

 見てもらった先生だ、間違いない。


 「胃の中の写真です、緊急とは言え勝手ながら検査したところこのような黒い腫瘍が見つかりました」


 そこには黒く、膨らんだ腫瘍が見つかっていた。

 こんな物は見たことがない、一体どうして……。


 「あの、前回はなかったって」


 「すみません、こちらの不手際です」


 「……」


 それ以上は何も言えなくなった、何故自分が胃がんなのか?

 もう目の前がわからなくなってしまった。

 



 それからの生活は病院の紹介状を書いてもらい胃がんの治療を進めるために大きな病院に移された。

 此処での治療ならどんなことがあっても直ぐに処置ができると言うことで、事の重大さを知った親もかけつけてくれた。

 正直、まだ20歳でがんと向き合わなければならない恐怖はあるものの、なってしまった以上、戦っていくしかないのだろうと、どこか諦めにも似た感情が湧いてきた。


 「ん?」


 机の上に置かれた“あの手帳”が見に映る。

 まだこんな所に合ったとは、誰かに返してくるように頼めば良かったなと思うも、此処は総合病院だ。

 看護師な話して前の病院に返却……と言うより、忘れ物として処理してもらおうと手を伸ばすが中々届かない。


 「あ!」


 また変な取り方をしようとして手帳が落ちてしまう。

 身を起こして拾うとあるページが目に映る。


 「……嘘だろ」


 そこには今自分が飲んでいる薬の病名が記されていた。

 もしかして——いや、そんなはんずはない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()なんて存在する訳が無い。

 単純な現実逃避の思考回路だ、でも…この手帳を見て俺は体調を崩し今も此処にいる。


 「(前の持ち主も…もしかして……)」


 あの時、緊急で運ばれた患者は居なかった。

 隣に座ってした人物の顔を思い出すことはできない、スマホを見ていたからだ。

 初めから居なかったとして、何故この手帳はあそこに忘れ去られていた……もしかして、先ほどよぎった自分の想像が前の持ち主にも当たった出来事だったからか?

 だとすれば手帳を手放すのも頷ける。


 「……」


 恐る恐るページを捲るも、その先は白紙になっていた。

 いや、もっと詳しく言えばそれ以降のぺージはなかったのだ。

 つまりページ数に限界が来てしまいそれ以上続きの記載が出来なかったと言うことになる。

 安心して最初のページに戻ると冷汗をかいた。

 何故なら——そこには最終ページの続きが記載されていたからだ。


 「痛み止め、抗生物質、胃薬……」


 これは手術をし終えてから服用している俺の薬と全く同じだからである。

 更にページを捲る……いや、捲る手が震えて正しくは捲れなかった。

 

 「(もし次のページに新しい薬の記載があったら……俺はどうなるんだ?)」

 

 最初はただの体調不良から出た診察が此処まで大事になってしまった。

 もし、予想通りの展開だとしたら……最悪の事態になる。


 「あら、まだ起きていらっしゃったんですね?」


 「あ」


 見回りの看護師がこちらに近づいてきて声をかけてくれた。

 驚いた俺はその拍子に手帳を落としてしまう。


 「あら、これは“おくすり手帳”?」


 ページを捲り見ていく看護師が疑問を提示する。


 「おかしいですね、こんな薬、処方した覚えはないんですが……」


 「……あの、読み上げ——」


 「フェンタニルなんて薬、まだ処方してませんよね?」


 「うッ!?」


 急に腹部に負荷がかかる。

 やはり…想像は正しかった。

 この手帳は——書いてある処方された薬を基準として病名を発症させる呪いの手帳なんだ。


 「あぁぁぁぁぁッ!?」


 「だ、大丈夫ですか!?」


 あり得ない出来事が起きている、だがこれが真実。

 あの日、俺はこの薬手帳を拾ったことをずっと後悔している……何故なら今の俺は既に——末期がんと診断されてしまっているのだから。



 第三十怪 病名手帳

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