フツウゾウムシの生息域
新たな仮説を想起してからと言うもの、本種の分布が赤道付近の低緯度地域に偏っていることが、あらためて気にかかるようになった。
熱帯性昆虫としては特別なことではない。
気温、湿度、植生といった要因で説明することもできる。
それでも、これまでの仮説を念頭に置いた状態で眺めると、単なる気候分布として片づけてよいのか、判断がつきにくくなっていた。
もし、この昆虫が利用している手がかりが、三次元空間に閉じたものではないとしたら。
その感度は、場所によって一様ではない可能性がある。
そう考えたとき、私は生息環境の中で、もう一つの空間的な量を無視できなくなっていた。
重力である。
地球の重力は一様ではない。
緯度、地形、地下構造の違いによって、重力加速度にはわずかながら地域差が存在する。
これらは地球物理学の分野ではよく知られた事実であり、全球的な分布データも公開されている。
私は、公開されている地球重力分布のデータを参照し、それをフツウゾウムシの既知の分布記録と重ね合わせてみた。
結果は、予想以上に明瞭だった。
重力加速度が相対的に大きい地域では、本種の分布記録は少なく、赤道付近を中心とした、比較的重力変動の小さい帯域に、観察例が集中していた(Fig.6)。
もちろん、これは因果関係を示すものではない。
生態学的、地質学的な要因による説明も、いくつも考えられる。
それでも、この偏りが偶然であると即断するには、分布の一致はあまりにも整って見えた。
私はこの結果をもって、仮説が立証されたとは考えていない。
ただ、「高次元空間を経由する物理的相互作用」という仮定と、この分布傾向とが、少なくとも矛盾しない形で並んでいることだけは、否定できなかった。
Fig.6 a.地球の重力分布 b.主なフツウゾウムシの生息分布




