第20話 金色に瞳が染まる時、私の従者は世界を変える
テラスから舞い降りた教皇レオナルドは、ドス黒いオーラを纏い、狂気の絶叫と共に黒い稲妻を放った。
それはアリアたちが立つ石畳を直撃し、激しい爆発と砂煙を巻き起こす。教皇は高笑いを響かせた。
「ハハハハ! 所詮偽りの聖女! 神の力の前には塵となるのみ!」
しかし、砂煙が晴れると、教皇の笑い声は止まった。
教皇が放った黒い稲妻は、アリア、シルヴァ、ヴィンセント、グレイの四人全員を包み込むように展開された聖刻・神域聖鎧によって完全に防がれていた。彼らを覆う光の防護壁は、無傷で輝いている。
「はぁ……はぁ……この程度で満足しているようじゃ神と名乗るには烏滸がましいわ、教皇」
障壁にかかる負荷の重さに、アリアは強気でいるもののその息は荒い。
砂煙が晴れると同時、シルヴァは剣を構えて教皇へと一直線に飛び出した。
「魔力付与!」
アリアは何の合図もなく、シルヴァが薙ぐ剣に瞬時に光属性の魔力を高密度に付与する。
その一撃は、教皇の纏うドス黒いオーラを切り裂き、その胴体を深く斬り裂いた。
「ぐ、ぐぅっ!」
教皇の胴体から黒い血が飛び散るが、傷口はすぐに黒いオーラに包まれ、一瞬で再生する。
しかし、シルヴァの剣に付与された光属性魔法の影響は、教皇の精神を深く抉った。
『ああ……不快。不快だ……この不快……ルミナスか? いや……違う……これは……』
教皇の赤く染まった瞳は焦点が合わず、目がグルンと裏返り、漆黒の目が現れた。自我は混濁しているようで、彼の意識の表層に禍々しい意思が浮かび上がり、その声ともわからぬ声は、空間にずしりと響く。
教皇の虚ろな呟きと共に、大地から黒い触手のようなものが伸びる。
鞭のようにしなるそれは触れたものを次々と破壊し、狙いを定めるようにアリアへとその先端を向けた。
「させるかよっ!」
シルヴァが一歩前に出る。
それに合わせるように触手が次々と襲う。
『邪魔だ邪魔だ邪魔だあああ! ルミナスの犬めえええ!』
一つ一つの打撃が重い。
神鋼の剣でなければ易々と砕かれていたに違いない。
捌いて、捌いて、捌いてはいるものの、ところどころシルヴァの肉体は刻まれていく。
「ぐっ……」
防御に徹することしか出来ないシルヴァの劣勢は見て明らかだ。
力を使わないということは、力を使ってもこの窮地を脱する糸口が見えていないのかもしれない。
「ヴィンス! グレイを連れて逃げなさい! あれはもう教皇じゃない! ルミナスの敬虔な信徒ですらないわ!」
「だが――」
「邪魔なのよ! とっとと行きなさい!!」
「くっ……かたじけない!」
シルヴァに支援魔法をかけながら、アリアは背後にいるヴィンセントに叫ぶ。
しかし、グレイを担ぎ、背を向けて走るヴィンセントに怨嗟の声が飛ぶ。
「ヴィンセント! 誰が逃すかヴィンセント! 貴様の首は私が直々に落としてやる!」
漆黒の目が再びグルンと回転すると真紅の目をした教皇の叫び声が響く。
凄まじい速さで触手の一つが鋭くヴィンセントを目掛けて伸びるが、それもアリアの魔法が弾く。
立て続けに消耗の激しい古代魔法を使用したことで、アリアの顔にも汗が噴き出る。
「ちっ……何なのよこいつ……」
『またか……このイグニールを邪魔するこの魔力……不快不快不快!! 貴様だなああああああ!!』
「なっ! イグニールですって!?」
聖刻・神域聖鎧を重ねがけし、迫る猛攻を何とか凌ぎながら、アリアは教皇の口から紡がれた言葉に驚愕した。
イグニール――その言葉が真実だとするならば、目の前の教皇に取り憑いているもの、それは――
「邪神イグニールだとでも言うの……?」
教皇が発したその名、そして彼が放つ禍々しい闇属性のオーラ、あらゆる物を破壊する力、アリアの光属性魔法に触れる度に荒ぶれる姿、アリアの頭の中で疑問は確信へと変わりつつあり、一つの閃きに辿り着いた。
「神をその身に降ろすなんて……魂も肉体も持たないはず」
神降臨の儀式は書物で読んで知っている。
聖神だろうが邪神だろうが、その身に降ろした人間はそのあまりに巨大な存在感に身も魂もいずれ消滅する。
だとすれば今、この場から生き残る術は一つしかない。
「時間……稼げるかしら……いえ、稼ぐしかない! シルヴァ!」
「聞こえてる! 時間を稼げばいいんだな!」
「教皇一人で降ろしたのだとしたら、そんなに長くは持たないはずよ! 付かず離れず、やれる!?」
「俺はお前の最強の剣だ! 任せろ!」
教皇の意識は、既に邪神イグニールと混在する不安定な状態にあった。教皇なのか邪神なのかもわからないものは、その場に残ったアリアとシルヴァを見下ろす。
『忌まわしき光の眷属め!』
教皇は、両手から極限まで圧縮された黒い光球を生成し、憎悪を込めてアリアに定めた。
それはまるで、アリアの蒼刻・水天撃滅のようで。
あれはヤバい――そう思った時にはすでに、黒い光球から伸びた一筋の光がアリアの腹部を正確に貫いていた。
「リア!!!!!」
「かはっ!」
アリアの身体は漆黒の光に貫かれた衝撃そのままに、広場中央のオベリスクに叩きつけられた。
鮮血が広場に広がる。
アリアは焼けるような痛みに顔を歪めながら、自分の元へ高速で駆け寄るシルヴァを見つめ、その背後にもう一度放たれようとしている黒線に手を翳す。
「させ…ないわ――聖刻・神域聖鎧」
「リア!!」
アリアを抱きかかえるシルヴァを狙った黒線はアリアの魔法によって弾かれる。
「リア! 大丈夫か!」
「バカ……敵に……背中を見せてんじゃ……ないわよ」
今にも泣きそうな顔で、シルヴァはアリアをオベリスクに寄りかからせる。
「早く! 治癒を!」
「やってるわ……はぁ……でもごめんね……あなたを一人で……この絶望に向かわせちゃう……しばらく……動けなさそうだわ」
「喋るな! 早く血を、傷を塞げ!」
シルヴァの瞳が、徐々に金色に染まり始め、その肉体も金色のオーラを放ち始める。
その背を黒い触手が襲うが、そのオーラに弾かれ消し飛ぶ。
『ちっ……ルミナスの犬風情が』
「すまない、俺が出しどころを間違った」
「あとのことは……任せなさい……全力で、時間を稼いで……」
アリアの頰をさする手に爪が伸び、アリアが手を伸ばしたシルヴァの頰は銀色の毛に覆われる。
シルヴァの顔が完全に狼のそれになる前に、シルヴァはアリアに背を向けると、その金色の瞳に教皇を映す。
「御意」
その言葉を最後に、シルヴァの肉体は膨れ上がり、全身が眩いほどに輝く銀狼へと変貌した。
「グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
シルヴァの全身の毛穴から、規格外の魔力が噴出する。その魔力は教皇の、邪神イグニールのオーラさえも一瞬にして押し返すほどの、圧倒的な圧力だった。
猛る咆哮と共に、真獣と化したシルヴァは狙いを定めるように教皇へと向かっていく。
その背を見送りながら、アリアは不敵に笑った。
「さぁ……終わりよイグニール……金色に瞳が染まる時、私の従者は世界を変えるんだから」




