第19話 力の謎
シャムロック枢機卿の公開断罪から一夜明け、ヴィンセントの屋敷。
ヴィンセントはまず、一人の騎士を紹介した。
その騎士はアリアもシルヴァも見覚えがある。
「彼はグレイ・フォルトナー。現聖騎士団長であり、私が最も信頼する騎士だ」
「グレイ・フォルトナーです。聖女アリア殿、そして聖者シルヴァ殿。ここまで来れたのはお二方のおかげです」
グレイは重厚な兜を静かに外し、恭しく頭を下げた。その顔にはヴィンセント同様、教会の現状を憂う高潔な信念が宿っていた。
「騎士団長様がどうしてここに?」
アリアが当然の疑問を口にする。
「シャムロックの失脚で、教皇の孤立は確固たるものとなった。民衆も昨日の一件以降、大神殿に押し寄せている。聖騎士団にも教皇を失脚させたい者がいることを改めて君達に示したかった」
「昨日の件を見ればわかるからそんなこと別にいらないわよ」
「そう言うな、リア。ヴィンスなりの誠意なんだろ」
「受け止めてくれて助かる。そういうことだ。昨日の件で、我々は完全にクーデターの首謀者となった。もう後には引けない」
「何を今更」
「リア」
「……はいはい。何か心配でもしてるのかもしれないけど、ここであなた達とおさらばするつもりなんてないから安心して。最後まで付き合ってあげるわよ。経典も見たいしね」
その言葉にヴィンセントとグレイは安堵したのか、表情が少し緩んでいた。
「でも、まずはシャムロックを失脚させた報酬が欲しいわ。属性鑑定、やってくれるわね?」
そう投げかける目は鋭く、有無を言わせぬ圧を放っていた。
「当然だ」
ヴィンセントの即答にアリアは満足そうに頷いた。
「シルヴァの属性の証明。最早、対民衆には不要かもしれないけど、私達には不可欠だわ。今すぐやってくれるなら、私達も全力を尽くすと約束する」
「もちろんすぐにやろう。ただ、結果が出るまで三日かかることは理解して欲しい」
「へぇ、魔法ですぐにわかるとかじゃないのね」
ヴィンセントは鑑定に必要な道具をテーブルに広げた。
鑑定は、地・水・火・風・雷・光・闇の七属性を判別するイルミナ独自の技術。
鑑定対象者の血と特殊な液体を混ぜ、イルミナでしか育たないとされる聖芽に注ぐという方法だ。
「この花が、それぞれの属性を象徴する色に変化する。光なら金色、闇なら黒。水なら蒼、風なら翠、地なら橙、火なら赤、雷なら黄だ」
ヴィンセントはシルヴァの指に針を刺すと、血の一滴を特殊な液体に混ぜる。
「その液体は何?」
アリアの知的好奇心が疼く。
しかし、ヴィンセントは申し訳なさそうにそれを拒絶した。
「アリア殿、これはイルミナが生み出した独自の資源なのだ。例え聖女の君であっても、開示することは勘弁してもらいたい」
「ちぇ〜まぁいいけどさ」
不満げなアリアをよそに、作業は着々と進み、聖芽は静かにその液体を吸い上げた。
ヴィンセントとグレイは、結果が出るまでの三日間で聖教会の上層部への根回しと、聖騎士団の配置転換を進めるため、屋敷を後にした。
アリアとシルヴァは屋敷で待機だ。
極光の二人が街中を歩いて教皇派を刺激することは避けたかった。
しかし、三日目の昼。
鑑定の花に変化が起きる前に、予期せぬ事態が起こった。
空が真っ黒に染まり、夜のような闇が聖光特区全体を覆った。
「何だ……この魔力は!」
アリアとシルヴァは、屋敷から飛び出す。
ちょうどヴィンセントとグレイも帰ってきたところだった。
四人が目を向けたのは大神殿の中央尖塔のテラス。
そこにいたのは、教皇レオナルド・アポロン。
彼の両目は赤に染まり輝き、全身からドス黒く濁ったオーラが渦巻いていた。
「教皇って目が赤いの?」
「リッチみたいだな」
見たこともなかった教皇の様子に、アリアもシルヴァも場違いな感想をこぼす。
「いや、明らかにおかしい。教皇め、何をした!?」
「大神殿に向かいましょう、非常にまずそうです」
グレイが即座に駆け出し、それを追う形で三人も走り出す。
「ハハハハ! 聖王国の民よ! 聞け!」
教皇の声が、街全体に響き渡る。その声は、もはや神の代行者としての慈愛など微塵も感じさせない、狂気と傲慢に満ちた絶叫だった。
「残念ながらイルミナは穢れてしまった。私を裏切る愚か者達で満ちてしまった! 私は、神としてこのイルミナの異端者達を断罪し、一から清らかな国を作り直す!」
民衆は空を覆う闇から降り注ぐ黒い稲妻と、教皇の狂気に満ちた叫びにパニックに陥った。
「そのために、全ての罪の根源を差し出せ! 私を裏切ったヴィンセント! そして聖女を騙る魔女アリア、そして穢れた獣憑きシルヴァ! その三人を私に差し出せば、お前たちの罪を許そう!」
特区に降り注ぐ稲妻は街並みを破壊し続け、民衆の悲鳴が止むことはない。
大神殿に向かう四人に、民衆の目が向くが、それは自分達が襲われている現状を招いた原因への憎しみなどではなく、現状を打破することを託すかのような希望の眼差しだった。
尖塔の真下に辿り着くと、テラスから教皇が身を投げる。
しかし、その身体は地面に叩きつけられることなく、ゆっくりと四人の元へと舞い降り、宙空で止まった。
「自ら死地に来るとは殊勝なことだ」
「貴様は一体何をしたんだ!」
「教皇たる私を貴様呼ばわりとは、立場がわかっていないようだなヴィンセント」
教皇が手を翳すと、黒い波動がヴィンセントを襲う。
しかし、ヴィンセントを突き飛ばして庇ったのはグレイだ。
「ぐあっ!!」
「グレイ!」
黒い波動をまともに受けたグレイが後方に激しく吹き飛ぶ。
「ふはははは! 素晴らしい、素晴らしいぞ! これが神の力! あの聖騎士団長が私に手も足も出ぬではないか!」
「神の……力? 貴様、まさか!」
グレイに突き飛ばされ地面に伏していたヴィンセントは半身を起こしながら教皇を睨む。
「こいつは、リッチよりやばいぞ」
剣を構えながら、シルヴァの頰には汗が伝う。
「そうだ、ヴィンセント。私は神になった! 経典と共に保管されていた古代書の儀式を行ったのだよ!」
「あの不明瞭な状態で儀式を行ったのか!」
「ふっ。私にかかれば推測することなど簡単だ。その結果がこれだ! これを神の力と言わずしてなんと言う!」
その叫びと共にいくつもの黒い稲妻が三人を目掛けて降り注ぐ。
「バカな……こんな禍々しい力が、聖神ルミナスの力だと言うのか……」
ヴィンセントを絶望が襲う。
自分が信じた神の力が、こんなものであるはずないと信じる想いが、今にも打ち砕かれそうになる。
その時――
「……万象通さぬ不壊の鎧、いなし、弾き、防ぎたまえ――聖刻・神域聖鎧」
澄み渡る声が紡がれた。




