第18話 崩壊の序曲
宿での戦闘後、アリアとシルヴァは気絶させた聖騎士団副団長ザビオ・ホーネットをヴィンセントの屋敷へと密かに連行し、ヴィンセントへと引き渡し、そのまま屋敷を一時の隠れ家として使わせてもらうこととした。
夜明け。
アリアはザビオの装備品から回収した装飾品の魔法回路の解読を完了した。
「分かったわ、シルヴァ」
アリアは徹夜にも関わらず、その顔に興奮の色を浮かべていた。
「この装飾品は、看破の魔法、つまり聖光特区全域に張り巡らされているあの広域魔法の『対象から除外される効果』を与えるものよ」
シルヴァはその意味を即座に理解する。
「あいつらは特区内で暗殺・隠密行為を働いても看破に引っかからない、ということか」
「流石だな。一日で解読するとは」
客間に入って来ようとしながら、ヴィンセントは茶と朝食を運ぶように家人に指示を出す。
ヴィンセントの様子に、アリアは少し苛立ちを覚えた。
「知ってたの?」
「枢機卿ってのはな、二人いるが立場的には一応ナンバーツーなんだ。だいたいのことは知っている」
「……人が徹夜したっていうのに」
「だが君は答えを与えられるより、自分で手に入れたいタイプだろう?」
「ちっ……嫌な男ね。それでこの魔道具、出回ってるの?」
「いや、教皇しか作れないから枢機卿以上しか持てない。あいつらが持ってたのは教皇が渡した可能性が高いな」
「教皇しか作れない? じゃあやっぱり、教皇は聖光特区内でも――」
「「嘘をつける」」
アリアの発言を予測したように、ヴィンセントが言葉を被せる。
「はっ。何が聖王国よ、大した詐欺師だこと」
出されたお茶を啜りながら、アリアは呆れてソファに深く腰掛け直す。
「その事実だけで教皇狩りは出来なかったの?」
「妄言と言われておしまいさ。看破の魔法は悪意を持った嘘を封するだけで、本人がそれを真実と信じ込んでいれば発言出来てしまうからな」
その通りだ。だからシルヴァは神獣の加護持ちであると宣言できたのだ。
だからこそヴィンセントはその他にも失脚を狙う材料を求めていた。
それが聖女、そして神獣の加護持ちと民衆の支持を集めつつあるアリアとシルヴァであり、粛清部隊の証言ということだ。
「ザビオは?」
「ちゃんと生かしてある。捕虜は丁重に、だ」
「いつ動くのよ」
「今日だ。君達を襲った粛清部隊の死体が発見されて街は騒ぎになる。君達は襲われたとして枢機卿の私に助けを求めてやってきた。首謀者は教皇とシャムロックであることを証言し、ザビオの音声を併せて民衆に聞かせる」
「了解よ。少し寝るから、準備が出来たら声を掛けて」
朝食を食べ終えると、アリアはソファに横になる。
シルヴァもそばに座ると、目を瞑った。
「自由な聖女様と従者だな。私は一応、枢機卿なんだが」
「盟友に気でも遣ってほしい?」
「いや、不要だな。ではまた後ほど」
客間を出るヴィンセントの瞳には、高潔な光と、冷徹な戦略家の光が宿っていた。
正午。
大神殿前の広場は、騒ぎの真相を知るべく多くの市民で溢れかえっていた。
イルミナでは行方不明の申し立てはあっても殺人事件が起きることは珍しい。
集まった民衆には不安と恐れが満ちていた。
中央の演壇には、ヴィンセント枢機卿が立ち、その横には教皇の信任厚いシャムロック・ゴドウィン枢機卿が、傲慢な笑みを浮かべて立っていた。
「シャムロック枢機卿。今朝見つかった聖騎士達の死体ついて、何か知るところはあるか?」
ヴィンセントの言葉に、シャムロックは鼻で笑う。
「ヴィンセント枢機卿。こんなに人を集めて何をするかと思えば探偵ごっことは、あなたも暇なものだな。看破の魔法が真実を証明してくれる。私は何も知らない、何も隠していない」
シャムロックが胸を張ったその瞬間、凛とした声が広場全体に響き渡った。
「その言葉、看破の魔法もすり抜ける嘘だとしたら?」
アリアとシルヴァが、二人のために道を開ける群衆の中を悠然と、演壇に向かって歩いていく。
周囲からは聖女を讃える声がそこかしこで上がっていた。
シャムロックの顔が動揺に歪む。
「魔女め! やはり――ザビオは何をしている!」
「あら、そのザビオって、聖騎士団副団長のザビオ・ホーネットのことかしら? 彼ならそこよ」
アリアが指差した場所は、ヴィンセントの立つ方向。
ザビオは聖騎士団長に押さえつけられながら、ヴィンセントのそばに控えさせられた。
シャムロックの顔が焦りで更に歪んだ。
これはあっという間に勝負が着きそうだ。
アリアは大きく息を吸い込むと、群衆に向かって声を上げた。
「みなさん、私達は昨夜、宿で突如、襲撃を受けました。相手が何者かもわからず、必死に戦い、何とか撃退しました。しかし、その相手は聖騎士団副団長が率いる者達でした。私達は、暗殺されそうになったのです」
その声を受け、アリアの存在を支持してくれている民衆が共鳴するように声を上げる。
「聖女様達になんて無礼な!」
「大会でも同じようなことをしたのに!」
「イルミナに泥を塗るな! 聖騎士団の恥め!」
その声にアリアは手を挙げて応えると、懐から古代魔道具を取り出し、広場に向けて起動させた。
「イルミナ聖騎士団副団長ザビオ・ホーネットの自白を収めた古代魔道具です、聞いてください!」
魔道具からザビオの自白の声が響き渡った。
広場は激しい騒めきに包まれた。民衆は混乱と驚愕の表情を浮かべている。
シャムロックは顔を真っ青にして、アリアを指差す。
「ふざけるな! その魔道具は偽物だ! 私は何も知らない! 私は看破の魔法の真実の光の下で誓う! 私の言葉は真実だ!」
「それではザビオ副団長、この音声を偽りとおっしゃっていただけますか?」
指名されたザビオはすでに装飾品を身につけていない。
となると、この聖光特区内の看破の魔法の支配下にある。
偽りと言いたくても言えないのだ。
偽りではない、それが真実なのだから。
「何をしているザビオ! さっさと否定するのだ! 何故黙る!」
「ザビオ副団長は、これをつけていないので真実しか口に出来ないのですよ」
アリアはザビオがつけていた装飾品をシャムロックに見せつける。
「それは!! なぜ貴様が!!」
「みなさん。この装飾品は身に付けた者に看破の魔法の効果が及ばなくするものです。シャムロック枢機卿も、この装飾品を身に付けておられるはずです」
「シャムロック枢機卿。失礼する」
「なっ!? 近づくな!」
ヴィンセントが一歩踏み出すと逃げるように後退りをするシャムロックだったが、ヴィンセント派の聖騎士団に逃げ道を塞がれて逃げられない。
ヴィンセントはシャムロックのローブをめくり、お目当ての装飾品を取り外すと、声を大にしてシャムロックへの最後の一撃をお見舞いする。
「ではシャムロック枢機卿、今一度、言っていただけますかな。何も知らないと。自分は関係ないと」
「ぐぬ……ぐぬぬぬぬぬぬ」
言えるわけがない。
装飾品を失ったシャムロックは看破の魔法を出し抜く方法を持ち合わせていないのだから。
「みなさん、おわかりいただけましたでしょうか。これが真実です」
アリアの宣言に、シャムロックは崩れ落ちるように膝をついた。
その様子を陰から見ている者がいた。
教皇レオナルド・アポロンの側近であり、密偵だ。
大神殿の最奥にて、教皇レオナルドは広場の出来事の報告を受ける。
「シャムロックの馬鹿め! しくじりおって! 許さんぞヴィンセント、そして極光の魔女め! その浅はかな行いを後悔するといい!」
彼は、私室の壁に隠された秘密の通路を開き、そこへ身を滑り込ませた。
「最早、手段を選んでいる場合ではない。リスクがあろうがやらねば……神の力でもって、あの不届者のヴィンセントと極光を、この世から消し去るしかあるまい」
教皇レオナルドは、自身の地位と教義を守るため、最後の手段を講じることを決意し、古代書に手を伸ばしたのだった。




