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影が重なり始める刻

小説を書くのって難しいですね...

 議会を出てから数時間後。セレスティアは政庁の外へ出たときよりも、なぜか胸の奥がざわつくのを感じていた。

 議場でのあの視線――マルセロの、静かでありながら刺すような眼差し。それが、帰路についても頭のすみでちらついていた。


 車の窓の外では、王都の景色が流れていく。セレスティアの護衛、ファリスは無言だが、いつもより肩が強張っている。

 その緊張に気づき、セレスティアは軽く顎を動かした。


「何かありますか?」


 質問は淡々としていたが、ファリスは一瞬目を伏せた。


「......実は後方から、同じ車が二度続けて車線変更してきています。偶然とは言い切れません。」


 セレスティアは眉を寄せた。

 今日投票した法案は、少なくない勢力の利権を切り捨てるものだった。反発の可能性は考えていたが、まさかこんなにも早く動きが出るとは予想もできなかったのだ。


「警備隊と連絡は?」


「送っています。ただ――」


 ファリスが言いかけたそのときだった。

 車体が小さく揺れる。後方からわずかに当てられたのだ。


 ファリスが即座に叫ぶ。


「防御態勢! セレスティア様、伏せてっ――!」


 しかし次の瞬間、後方の車がさらに強く接近する気配がした。

 衝撃が来るはずだった。

 だが――来なかった。


 代わりに、黒い影が横を鋭く駆け抜ける。


 セレスティアは顔を上げる。

 あり得ない存在が、そこにいた。


「......どうして、あなたがここに...」


 夕方の太陽を含む黒曜石のような瞳がこちらを覗き込む。

 マルセロ・ルーヴェンだった。

 政庁の警備隊とは違う――彼だけの“動き”だった。


「状況が、私を呼び寄せたのです。あなたが危険に晒されているときに、私がいないはずがないでしょう?」


 彼の声は静かでで、いつもと変わらない。

 だが、セレスティアの胸の奥にわずかな熱が広がっていた。


 安堵――そんな感情が出てくることに驚いて、セレスティアは思わず眉を寄せた。


「......護衛は足りています。あなたまで来る必要は――」


「あなたがそう思うのは自由です」

 マルセロは遮った。

「ですが、私はあなたの判断よりも、事実を優先します。あなたが狙われているという事実を。」


 その口調は傲慢に聞こえるはずなのに、不思議とセレスティア反論しきれなかった。

 彼の視線には、理屈では押し返せない圧力がある。

 それは支配欲なのか、別の何かなのか。


 後方では、追尾していた車が停車させられていた。マルセロの部下と思われる者たちが、素早く動いていた。


「セレスティア様、車外は安全が確認済みです」

 マルセロが手を差し伸べる。


 セレスティアはその手に触れたくはなかった。

 そのはずなのに、車内に残っていると逆に不安を覚えた。

 自分でも理解できない感情に胸がざわつく。


「......必要以上に近づかないでください。あなたは私の護衛では――」


「いいえ」

 マルセロの声は低く、温度はないのに、どこか熱を帯びていた。

「私は、あなたを守ると決めています。その役割を、誰が否定できますか?」


 セレスティアは言葉が喉につかえた。


 彼の姿を見た時に、わずかに安心してしまった自分がいたからだ。


 夜風がふたりのあいだを通り抜けていく。

 マルセロはセレスティアを見下ろし、ほんの少し――ほんの一瞬だけ瞳を柔らかくした。


「震えています。......怖かったのでしょう。」


「震えてないわ。」

 否定はし、強がったものの声がほんの少しだけ揺れていた。


 マルセロはその揺れを、確実に捉えた。


「あなたが弱いところを隠す必要は、私の前ではありません。」


「勘違いしないで......あなたにだけは、見せたくないわ。」


 それでも、マルセロは微かに笑った。


 セレスティアはその微笑を正面から受け止めることができず、わずかに視線をずらした。その繊細な反応が、彼女に似つかわしくないほどに人間的だった。


 マルセロは、その一瞬を深く胸に刻んだ。


「それはつまり――私には見えてしまう、ということですね。」


 その言葉に、セレスティアの胸がまたざわついた。

 冷たい夜気のなか、彼女は息を整えながら思った。


 ――なぜ、この男だけが。

 なぜ、この男の前でだけ、自分の心が乱れるのか。


 夕方の太陽は二人を照らし、長い影が重なるように伸びていく。

 距離はまだ遠い。

 けれど、その影は確かに、ゆっくりと近づき始めていた。

 

恋が始まる予感!

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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