隣に立つという選択
セレスティアが静かに言い放った。
「わたしの隣に立ちたいなら、跪くなんて似合わないわ。」
その瞬間、空気がひび割れるように変わった。
マルセロは、セレスティアの足元からゆっくり顔を上げた。
驚いたようでも、怯えたようでもなく──深く、満たされたように微笑んだ。
跪いた自分を否定され、それでも拒絶ではないと理解したときにしか見せない表情。
「......隣、ですか。それをあなたの口から聞けるとは思いませんでした。」
彼は立ち上がった。
ゆっくりと。
セレスティアの許しを確認しながら。
そして、彼女と“同じ高さ”で息を吸った。
「なら、跪くのは似合わない。あなたが望むのは、横に立って、同じ景色を見る者。」
近い。
わずかに触れもしない距離なのに、熱だけが確かに感じられた。
「その資格を、私に与えてくれるということですか?」
その声は、期待でも傲慢でもなく、覚悟と抑えた渇望を滲ませていた。
セレスティアは言葉を選ばなかった。
ただ——
微笑んだ。
それは肯定とも否定とも取れる。
けれどマルセロにとっては“これ以上ないほどの招き”だった。
その一瞬で、彼の全身から力が抜けるように呼吸が変わった。
抑え込んでいた感情が、セレスティアの沈黙に“許されて”しまったと悟ったから。
マルセロは、彼女の目を見つめながら囁いた。
「......その微笑みを、私の隣で見られるのなら、どんな危険も、喜んで背負いましょう。」
距離はもう、手を伸ばせば触れるほど。
触れないのは、彼がセレスティアの最後の一線を尊重している証。
「次の命令を。あなたが求めるなら、私はどこへでも従います。」
セレスティアが静かに告げたその言葉は、命令よりも、誘惑よりも、彼にとってはるかに重かった。
「わたしは、私の隣に立つものに命令はしないわ。」
マルセロは一瞬、完全に息を止めた。
その言葉は──
彼がずっと求めていた「征服」でも「従属」でもなく、“対等に選ばれた”という宣言。
彼の喉がわずかに震え、低く、深く息を吐いた。
「......驚きました。あなたほどの人が、その言葉を私に与えてくれるなんて。」
ゆっくりと、マルセロはセレスティアに一歩だけ近づいた。
それは服従でも侵略でもなく、“セレスティアの隣を選びに来る歩幅”。
距離がほんの少し迫り、互いの呼吸が触れ合うほど。
「命令がないのなら......私は、あなたの望む場所に立つだけです。それが、あなたの隣であれば十分だ。」
そして目を細めて、わずかに微笑んだ。
「あなたは......どこに立ってほしい?」
「あなたが立ちたいところ、かしら?」
セレスティアのその言葉は、マルセロの胸元にそっと触れるように、静かで、けれど逃げ場のない甘い刃だった。
選択を与えるのではなく──
彼自身の欲望を言葉にさせる誘導。
支配でも従属でもない、もっと危険な“試し”。
マルセロは一瞬まばたきを忘れた。
感情が押し寄せすぎて、呼吸すら遅れた。
そして、まるでセレスティアに触れる前の空気を確かめるように、ゆっくりと近づく。
半歩。
それだけで、 二人の間にある温度が変わった。
「......あなたは、残酷だ。」
言いながらも声は震えていない。
むしろ嬉しさを押し隠すように、低い。
「“立ちたい場所”を選べと言われて、他のどこを選べると思いますか?」
彼はセレスティアの隣に立った。
逃げられない距離でも、拘束でもない。
ただ──
互いの呼吸が触れ合うほどの“隣”。
マルセロは目をそらさずに言った。
「ここです。あなたのすぐ隣。あなたと同じ高さで、あなたと同じ景色を見る場所。」
一歩も踏み込みすぎず、一歩も下がらず。
まさにセレスティアが今、彼に言わせたかった“答え”。
「これで......満足していただけますか?」
それは挑発でも服従でもなく、セレスティアの選択を待つ男の、静かな確信。
彼女の言葉は、甘さよりも鋭く、優しさよりも危険で、まるで彼の胸の中心を指先でなぞるような挑発だった。
「前も言ったでしょう、満足はわたしに似合わない。ただ、あなたは立つだけで終わらせるの?」
その瞬間、マルセロはまるで心臓を撃ち抜かれたように息を吸った。
セレスティアが“覚えている”と言ったこと。
満足を拒むと言ったこと。
そして──
「立つだけか」と問い詰める余裕。
すべてが、彼の理性を削りながらも、彼女の掌の中にいるという確証を与えた。
マルセロはゆっくりと目を細め、セレスティアの問いを反芻するように低く笑う。
「......立つだけで終わらせるつもりなら、とっくにあなたを追うのはやめています。」
セレスティアとの距離は変わらない。
けれど、彼の存在そのものが一歩、踏み込んだ。
触れないまま、セレスティアの横顔の近くまで顔を寄せた。
呼吸が肌をかすめる距離で。
「あなたが満足しないことくらい、もう知っています。だからこそ──立つだけでは終わらせません。」
囁きは静かで、熱く、危険。
「あなたがそれを許すなら、次の一歩は......あなたの隣に“存在する”ことじゃなく、あなたに“触れる”ことになる。」
触れたい、と言わない。
許可を乞うのでもない。
ただ、
セレスティアの言葉ひとつで、この男は一線を越える覚悟があった。
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