失恋傷心中に転生した先は、欠片も愛されていない側妃でした！

23. 堅物男は溺愛男？

「エ、エエエエエドゥイナ!?」

　突然、私に抱きつかれたライオネル様が困惑の声を上げている。

（ふふ……）

　でも、ライオネル様は明らかに困惑しているのに、私の背中にはちゃっかり腕を回している。

　無意識な行動なのかもしれないと思ったら何だか嬉しくなった。

　私からももっとギュッと力を入れてみる。

「エドゥイナ？」

　そして、ようやく落ち着いたのか不安そうな声に変わったライオネル様に向かって私は微笑んだ。

「───離縁、無事に認めて貰えましたわ！」

「……」

　一瞬、反応が遅れたライオネル様。

　目をパチパチと瞬かせる。

「ふふふ、だからこうして指先だけでなく今、堂々とこうしてあなたに抱きついていますのよ？」

「あ……」

「ご安心下さいませ！ まずはわたくしが離縁届けにサインをして殿下がサインする所もしっかりこの目で見守りましたわ」

　だって、口約束ほど怖いものはないからね！

　その辺は抜かりなくってよ！

「エドゥイナ……」

「ふふ、なぁに？」

「……」

　ようやく実感が湧いたのか感極まった様子のライオネル様がギュッと強く抱きしめてくれる。

　私からも強く抱きしめ返した。

　ライオネル様は私の耳元に顔を寄せるとポソッと囁いた。

「良かった。これで堂々と貴女に愛を囁けます……」

「ええ、そう────ね。堂々と愛を、え？ きゃっ!?」

　うんうんと大きく頷いていたら突然、自分の身体がフワリと宙に浮かぶ。

　ライオネル様に抱き上げられたのだと気付くまで少し時間を要した。

「ライオネル!?」

（お姫様抱っこ……これはお姫様抱っこ!!）

　どうしてこうなった!?

「貴女を落としたくないので暴れないでください」

「……は、い」

　キリッとした顔でそんなこと言われたら何も言えない。

　そっと大人しくライオネル様の首に腕を回して抱きつく。

　その瞬間、ライオネル様の顔が一気に耳まで真っ赤になった。

「え……？ どうしたんですの？」

「くっ！ なんで貴女はそうやって可愛いことをしてくるのですか！」

　苦々しい表情で文句を言われた。

「……可愛いこと？」

「いいですか!? そ、そんな風に俺に甘えてくるのは“可愛いこと”です！」

「えーー……？」

（もしかして、ライオネル様って不意打ちに弱いのかな？）

　そう思ったら私の頬が思いっきり緩む。

「全く、本当に貴女って人は……！」

「……ふっ」

「エドゥイナ！ 何を笑っているのですか！」

「えー？ だって……ふふ」

「エドゥイナ??」

　ライオネル様(あなた)が可愛くて……そう口にしたらあなたは怒るかしら？

　そんなことを考えながら私はライオネル様の腕の中でクスクス笑い続けた。

「……───ところで、どこに向かっているんですの？」

　しばらく進んだ所でライオネル様がどこに向かっているのか分からず訊ねてみる。

　すると彼は拍子抜けするくらいあっさりと答えた。

「俺の部屋ですが？」

「へぇ～、あなたの……」

（部屋ぁ!?）

　流されて頷きかけたけど、すぐになんですって!? と驚いた。

「ラ……」

「あ、ここです。着きましたよ」

　え？ だから何それ？ と思っているうちに私はその彼の部屋とやらに連れ込まれた。

────

（ど、どうしよう……！）

　部屋に連れ込まれた（？）私はとにかく状況理解につとめた。

「……えっと？ ライオネルって王宮に部屋も持っていたんですのね？」

「知りませんでしたか？」

「ええ、まあ」

　私を抱えたまま入室したライオネルは手際よく明かりをつけていく。

「もちろん、帰る家はありますが」

（で？ 私はいったいいつ降ろされるの……？）

「仕事が押した時のために泊まれるようにと一室いただいているんですよ」

「なるほど……」

「と言っても眠るためだけの部屋といった感じで何も無いですが」

「そ、そう……」

　眠るために用意された部屋……だからなのね？

　お部屋を主に占めているのがベッドなのは────！

　気になってチラチラと目線がベットに向かってしまう。

（くっ……！）

　案の定、私はベッドに降ろされた。

　そして、当然のように自分も隣に腰掛けるライオネル様。

　このシチュエーションにはちょっと胸がドキッとする。

（そういう意味じゃない、意味じゃない、意味じゃない……）

　ライオネル様は私と二人っきりになりたかっただけ。

　私は必死に自分に言い聞かせた。

「エドゥイナ？ 大……」

「な、なんですのぉッ!?」

「……」

　ガバッと顔を上げて思わず食い気味に答えてしまう私。しかも発音もおかしかった。

　ライオネル様はそんなパニック中の私の顔を見てクククッと笑い出す。

　テンパってるのが絶対にバレバレの様子。

「エドゥイナ───人妻だったとは思えない反応ですね？」

「す、数日ですし！ 何より、つ、妻らしいことをした記憶は一切ありませんもの!!」

　私はプイッと顔を逸らして堂々と言い切る。

「もちろん、知っていますよ」

「……っ！」

　そっと手を取られてギュッと握られる。

　私がチラッと視線を戻すとライオネル様の真っ直ぐな瞳が私を射抜いた。

　ドキンッと大きく私の胸が跳ねた。

「エドゥイナ……」

「ライオ……ネル」

　いい雰囲気になって見つめ合ったところで、ライオネル様がベッド脇のデスクの引き出しを開けて小さな箱を取りだした。

　私は何それ？ という目でその箱を見つめる。

「これまで貴女が持っていた物に比べたら値段はしないし宝石も小さいと笑うかもしれませんが」

「え……？」

　ライオネル様が箱をパカッと開けて中から“それ”を取り出す。

　“それ”を見た私はハッと息を呑んで目を見張った。

（どうして───？）

「本来？ は、跪いてこれを見せながら言うそうですね？」

「……」

　言葉が出てこなかった私は目線だけ上げる。

　ライオネル様は静かに微笑むとそっと私の左手を持ち上げ……

　そして、それ───指輪をそっと私の左薬指にはめた。

「───結婚してください、と」

「！」

　状況を理解したら、ブワァァと私の頬が一気に熱を持つ。

　そのまま震える声でライオネル様に問いかけた。

「なん、で……」

「セオドラ妃から聞きました」

「えっ！」

　ライオネル様は少し照れくさそうに頬を掻きながら言った。

「いくら気持ちは通じ合っていると分かっていてもプロポーズは絶対しなくちゃダメ！ 指輪を絶対に忘れないで！ 跪いて目の前でパカッと指輪の箱を開けるのよ───と」

「……」

「それが乙女の夢ですからって」

（セオドラーーー！）

　堅物男に何を仕込んでるの！ と文句を言いたい。

　言いたい……けど。

　セオドラのその教えだと……

「なぜ、跪かなかったのです？」

「……それは」

　ライオネル様が気まずそうに私から目を逸らす。

「それは？」

「……」

　なかなか答えてくれようとしないので、ムッとした私がグイッと迫るとライオネル様がうっ、とたじろぐ。

「跪いて結婚を乞うても良かったんですが……」

「……」

「エドゥイナ(あなた)とは対等でいたいと言いますか……」

「……」

「同じ目線で俺の想いをきちんと言葉にしたく───」

「ライオネル!!」

　私はライオネル様の言葉を途中で遮ってギュッと抱きつく。

「ありがとうございます……」

「エドゥイナ？」

「わたくしも、あなたが大好きですわ」

　嬉しい。

　セオドラのアドバイスを聞きながらも、ちゃんと自分流にしてくれたことが堪らなく嬉しい。

「あなたを後悔させません。必ずわたくしが幸せにしますわ！」

「待て…………それ、俺のセリフ」

「いいんです、こういうのは早い者勝ちでしてよ」

「なにっ!?」

「ふふ」

　ちょっとムキになるライオネル様が可愛くて愛しくて笑いが止まらない。

　クスクス笑っていたら、ちょっと拗ねた顔をしたライオネル様が顎に手をかけて私の顔を上に向けさせる。

　──チュッ

　あっと思った時には私の唇がそっと塞がれた。

（愛しい──大好き……）

　そんな気持ちがいっぱい詰まっているキスだった。

「……んっ」

「エドゥイナ……」

　ああ、“幸せ”───私の幸せはここにある。

　そう実感した。

　ドサッ……

（…………ん？）

　随分とキスが長いなと思っていたら、何故かそのまま押し倒された。

　ライオネル様が上から私を見下ろしている。

（んんんん？）

　そこでハッと思い出す。

　─────ですから、このままあなたをソファに押し倒して───そして貴女のドレスの紐を緩めて脱がしていき……貴女の素肌を思いっきり…………

（こ、告白された時、なんか過激なこと言ってなかったっけ……？）

「ラ、ライオネル？」

「……エドゥイナ。知っていますか？」

　ライオネル様が顔を近付けてきて軽くチュッとキスをしたあと、もう一度じっと私を見下ろす。

「殿下やセオドラ妃が前向きに公務に取り組むようになったことで……」

「は、い？」

「その裏にいて彼らの心を動かしたのがエドゥイナ、あなただと徐々に広まり始め……」

「は、あ……」

　広まってるの？ と思った。

「今は、なんと貴女の評価が一気に上昇……」

「え……！」

（それは皆、チョロ……チョロくない!?）

　私が慌てているとライオネル様は面白くなさそうに顔をしかめた。

「貴女の良いところが皆にキチンと知れ渡るのはとても喜ばしくいいこと……なのですが」

「が？」

「よく分かりませんが、俺の胸……胸がこう、モヤモヤもするのです」

「……！」

（それは、“嫉妬”というやつではないかしら────!?）

「こんな気持ちは初めて知りました。そういうわけで……」

「で？」

　コホンッと軽く咳払いしたライオネル様は頬を赤らめた。

「俺はこれから思う存分、貴女を愛で倒したいと思います」

「!?」

（な、なんでその結論になったわけ────!?）

　堅物生真面目男の本性は、殿下に負けず劣らずの溺愛男だとこの時、私は知った。