22. 押し売り
「エドゥイナ……本当に君はライオネルと、モニョモニョ……なんだな」
「はい?」
モニョモニョ?
殿下と並んで陛下の元に向かう途中、ジャイルズ殿下がしかめっ面で何やら言い出した。
しかし、声が小さすぎて何を言われたのか分からなかった。
「すみません。殿下、もっとはっきり言ってくださいます?」
「うっ……」
私がじとっとした目で見つめると殿下は明らかにたじろいだ。
「ライオネルとの、こ、交際について報告……は受けたが信じられなかった」
「ああ、椅子から転がり落ちたそうですわね? 打ち付けた腰は大丈夫ですの?」
意地悪くそう言ってやったら殿下の顔がカッと赤くなった。
「ライオネルの奴余計なことを……!」
「───そんなに驚くほど意外でしたの?」
「え? ああ。だって君たちは互いにいがみ合ってるとばかり───……」
殿下のその受け答えに思わず苦笑する。
おそらく誰に聞いても同じ言葉を言われそう。
「ふふふ、あの融通の利かなそうな堅物性格の向こうに見え隠れする優しさに絆されてしまいましたわ」
「エドゥイナ……」
私の発したそんな言葉に殿下は驚いたのか目をパチパチと瞬かせながら私を見る。
「ジャイルズ殿下を追いかけていたのは完全に身分とその顔が目当てでしたけど」
「おい!」
「ライオネル様とはそういうのではなくて……」
「……」
「なんですの?」
今度は殿下の方がじっと私を見てくる。
その視線が妙に意味深だったので聞き返した。
「いや……エドゥイナもそういう顔が出来たんだな、と思った」
「喧嘩売ってます? 買いますわよ?」
私は指をポキポキ鳴らしながら笑顔を浮かべる。
それを見た殿下は小さく悲鳴を上げて青ざめながらブンブンと首を振った。
「だが、よく分かった───き、君は本当にライオネルのことが好きなのだな」
「はい!」
私が満面の笑みで頷くと、殿下が今度は目をまん丸にして私の顔を見つめた。
今度はなんだ?
「なんですか?」
「コホッ……いや、もっと前から君がそんな風に笑う人なのだと知っていたなら───」
殿下が頬をほんのり赤く染めて軽く咳払いする。
私は冷たい目で殿下を見返す。
「ああ、そういうのお断りしますわ」
「なっ!?」
「手のひら返しは気持ち悪いので結構ですのよ。やめてください」
ボキッ
私は思いっきりフラグを叩き折る。
本来のストーリー? っぽいものがチラチラ垣間見えそうになった気がしたのでここは全力でフラグを叩き折って回避させてもらう。
(やめてよね! ハッピーエンド目前なのに)
「なっ……! べ、別に変な意味ではない! ただ君のことを見直せたのではないか……と」
「ですから、そういうのが手のひら返しと言うのですよ?」
「!?」
この人は知らないだろうけど、世の中にはギャップ萌えとかいう言葉があるのでね。
油断ならないのよ。
ここまで来てフラグが立ちそうな発言とかは本当に勘弁。
「……殿下? わたくしたちの今の目的はなんです?」
「離縁!」
「そうですわ! あなたはセオドラ様とわたくしはライオネルと生きていく……」
「ああ」
殿下は力強く頷いてくれた。
なんだ、ちゃんと分かってくれているじゃないの。
「では───そのために今やるべきことは?」
「父上たちの説得!」
私はよく出来ました、と言わんばかりに微笑む。
「さあ、無駄話は終わりにして行きますわよ!」
「お、おう!」
いざ、ラスボス(?)の元に───
─────
「────君があれだけ強く主張をして来たから、私はジャイルズを説得したというのに今さらどういうつもりなのだ!」
「そのことにつきましては大変、申し訳なく思っておりますわ」
そうして始まった陛下との対面。
分かってはいたけれど、陛下はなかなか認めてくれようとはしなかった。
「それもまだ結婚してそんなに経っていない。いったいジャイルズの何が不満なんだ!」
───全てです。
そう答えたくなったけど、はっきり言葉にして横に並んでいる殿下がショックを受けて使い物にならなくなっては困る。
(結構、この人打たれ弱いのよねぇ……)
ここは仕方がない。私が大人になろう。
ふぅ、と軽く息を吐いてから顔を上げて真っ直ぐ陛下の目を見て私は答える。
「不満などございませんわ」
「なに? 不満はない?」
ピクッと陛下の眉が反応する。
「はい。わたくしが愚かだったのです。結婚してからジャイルズ殿下がどれだけセオドラ様のことを愛しているのかを知りました」
「ジャイルズが?」
「……なんの後ろ盾もなく身分も低い。教養もなければマナーもなっていない。そんなセオドラ様のどこが良いというのか……殿下には相応しくない──わたくしがそう感じていたことは事実です」
「ふむ……」
陛下は私の言葉に反論しなかった。
おそらく陛下も私と同じことを思っていたのだろう。
(セオドラ……あなたのこの先はまだまだ前途多難よ)
陛下は形式上、セオドラのことは認めても心の底では納得しきれていない様子が見て取れる。
「お、おい! エドゥイナ……! 君はなんて言い方をす……」
「──!」
(お黙り! この色ボケ王子!)
「……ぅ」
余計な口を挟もうとしてきた殿下を私はひと睨みで黙らせる。
「ですが、セオドラ様と接する機会を頂いてわたくしは考え直しました」
「なに?」
「セオドラ様はまだまだこれから磨けば光る、いわば原石のような存在───」
私はふふっと笑う。
どんくさい所は置いておくとして、あの素直さとガッツ力はセオドラの最大の武器だ。
「わたくしのような邪念の塊とは違います」
「……」
無言で私を見つめる陛下。
その横で何故かうんうんと誇らしげに頷くジャイルズ殿下。
(おいっ!)
思わず蹴っ飛ばしてやりたくなった。
そんな気持ちをどうにか抑え込んで私は続ける。
「これから先、時代も変わっていくことでしょう」
「……」
「凝り固まった古き考えなど取っ払われ新しい風が吹く時が。その時に必要なのはわたくしではなくセオドラ様です」
「ふむ。随分とセオドラ妃のことを買っているようだな」
陛下はため息と共にそう言った。
私はにっこりと笑う。
「───陛下も彼女ともっと話してみればきっとお分かりになられますわ」
「……む」
「まだ、ろくに会話をしていないのではありませんか?」
その指摘は図星だったのか陛下はバツの悪そうな表情を浮かべた。
「何より、ジャイルズ殿下がこんなにも大切に想っているんですもの。きっと陛下も気に入られることでしょう!」
「…………む」
(ふふ、セオドラの押し売りはいい感じにいきそうね……)
さあ、次は雰囲気を変えてしおらしくいくわよ~
私は瞬時に目を潤ませる。
「国民もそんな相思相愛の二人の姿を見て胸を熱くすることでしょう……」
「胸を……?」
「───ですが、わたくしはそんな二人の愛を邪魔するような人間にはなりたくありません」
ここでポロッと涙を一筋流してみる。
陛下はギョッとした顔で動揺を見せた。
ちなみに殿下は口をあんぐり開けて間抜けな顔で私を凝視している。
気持ちは分かるけど、その口を閉じろ! と今すぐ言いたい。
「わたくしは側妃としてでなく、別の立場から二人を見守る者になりたいのです」
「別の……?」
「ジャイルズ殿下とセオドラ妃、二人に誠心誠意を持ってこれから先、お仕えすることを誓いますわ」
「……」
「離縁したからとて、これまで援助したお金を返せなどとは申しません。この件はすでに父も納得してくれています」
「……!」
金の話を出したら明らかに陛下の心が揺らいだのが分かった。
(お父様は納得した……というより“させた”の方が近いけど)
ま、結果オーライ、同じよね!
「し、しかし……だな。君はジャイルズと結婚したのだから……」
「いいえ! 誠実なジャイルズ様は、セオドラ様を裏切れないと言ってこれまでわたくしに指一本触れておりませんわ!」
私はちょっと食い気味に答える。
陛下はチラッとジャイルズ殿下に視線を向ける。
殿下は無言で頷いた。
「この件に関しては証言出来る者はたくさんおりますわ!」
「そ、そう……か。だが……」
「ですから、離縁後のわたくしのこれからについては何も心配ございません」
私はまたしても食い気味に答えた。
よし! ───ここからは一気に畳み掛ける!
「ああ、ですが……離縁後、そんなにわたくしの動向が心配ならどうぞわたくしに監視をつけるのもよろしいかと思いますわ」
「監視だと?」
「ええ、ほら……殿下にはとーーっても忠誠心の強い部下がおりますわよね?」
「ん……んん? それはデイヴィス家の……」
「ええ、ええ! そうです、ライオネル・デイヴィス様ですわ!! 彼ほど殿下に対して忠義に厚い部下は他におりません!」
私はここで一気にライオネル様を推し進めていく。
隣りの殿下はまだ間抜けな顔で口をあんぐり開けて私のことを見ていた。
え? いきなりライオネルを引きずり出して何を言い出してる?
そんな顔をしているけど無視。
(だって、そんなの……)
私はフッと笑う。
離縁成立後に、私とライオネル様が多少イチャイチャしていても周囲に疑問に思われないよう念の為の保険よ!
「ライオネル・デイヴィス───彼も“殿下のためになら”喜んでわたくしのことを四六時中監視することでしょう!!」
ばばーんと大きく胸を張って私は言い切った。
─────
陛下との話を終えて私は謁見室から退出する。
殿下は陛下とまだ二人で話すことがあるらしく私だけが先に出て来た。
あー、肩凝ったわ~と首をゴキゴキしながら歩き始めたところで背後から声をかけられた。
「エ、エドゥイナ……!」
「!」
その声に振り返るとそこに居たのはライオネル様。
どうやらずっとここで待機していたらしい。
「は、話し合いは……どうなりました、か?」
「……」
ライオネル様は心配? いや少し不安そうな顔で私を見ている。
「殿下との離縁は───」
「ライオネル!!」
ニンマリと笑った私はライオネル様の名前を呼んだあと彼に向かって勢いよく駆け出す。
「……え?」
そして思いっきり彼に向かって抱きついた。