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17. 実家へ

 

 たとえ、行先は実家と言えども、私は一応王子の妃という身。

 前世の世界のように行ってきます、ただいま~! とホイホイ気軽に帰るわけにはいかない。

 だから当然、私には護衛もつくのだけど……


(……なぜ?)


 私に同行して共に実家に向かうはずの護衛の中にめちゃくちゃ見知った顔がいる。

 彼は腕を組んで立っていて表情は相変わらず? ムスッと不機嫌そうにしていた。

 おかしい。

 私の視力が変なのかなと思い目を擦る……も何も変わらない。


(どこからどう見てもあれ、ライオネル様に見えるんだけど?)


「────ライオネル様」

「……妃殿下? どうされましたか」


 そろそろっと彼の元に近付いて声をかけた。

 ライオネル様は私に呼びかけられて眉がピクッと反応した後は、じっと私の顔を見つめる。

 喧嘩したいわけじゃないので、私は微笑みを浮かべながら問いかけた。


「どうされました? ではなくて。なぜあなたがここに?」

「護衛の一人だからですが?」


 何をそんな当たり前のことを聞いてくるのですか?

 そう言わんばかりの怪訝そうな表情で即答してくるライオネル様。

 私の笑顔が引き攣る。


(知っとるわ!!)


 そうだけどそうじゃない!

 私は騎士でもない殿下の側近であるこの人がここにいる理由を知りたいのよ!!


「……聞き方を間違えましたわ。なぜ、あなたがわたくしの護衛として同行しようとしているのかしら?」

「それはもちろん貴女のことがし……────コホッ、貴女が殿下の側妃だからです」


 済ました顔でそう答えるライオネル様。

 しかし、その返答を聞きながら私は、んん? と眉根を寄せる。


(今、何か別の言葉を言いかけなかった……?)


 聞き直したいけどライオネル様(この人)は絶対に答えてくれない気がする。

 仕方がないから続きを促した。


「つまり……わたくしの護衛兼監視みたいなもの、という解釈でよろしくて?」

「…………まあ、そうです……ね」


 何だか歯切れの悪い返答に聞こえたけれど、よくよく考えればライオネル様は私の実家訪問の様子を殿下に報告するというお役目でもあるのかもしれない。

 こういう時にめちゃくちゃ思う。


(妃の立場って不便だわ……)


 実家に里帰り訪問するだけで許可だのなんだの。

 いざ、出発となれば護衛だの付き添いだの監視だの……

 王子と恋に落ちて、もしくは見初められてハッピーエンドとなる物語はたくさん巷に溢れていたけれど、実際その先に待つ“現実”はなんて厳しいのか。


(セオドラくらい、顔! 権力! 最高! って割り切ってないと無理よ……)


「妃殿下?」

「……!?」


 そんなことを考えて黙り込んでしまった私の顔をライオネル様が覗き込む。

 その顔の近さに驚くと共にドキッと胸が跳ねた。


「な! なんでもありませんわ! い……行きますわよ!!」

「妃殿下!?」


 私は慌ててライオネル様から顔を逸らすと体の向きを変えて早足で馬車に向かった。

 ───が!


(…………なぜ?)


 そうして乗り込んだ馬車の中で二度目のなぜ? が発生。


(なぜ、ライオネル様まで私と同じ馬車に乗るかな……)


 さすがに二人っきりではない。

 それでも彼が自分の目の前に座っていることが何だか落ち着かない。

 そのせいで目線がついあちらこちらに泳いでしまう。


「妃殿下───緊張されているのですか?」

「え?」


 ライオネル様に訊ねられて顔を上げた。

 問いかけてくる彼は真剣な顔。


「妃殿下が今回、実家に訪問される理由は……まあ、想像がつきますから」

「……」


 私は膝の上で両拳を作りギュッと握りしめる。

 だって、そうでもしないと全身が震えてしまいそうだった。

 私は目を伏せながらそっと口を開く。


「これは緊張……なのかしらね」

「妃殿下?」


 ふぅ、と息を吐く。

 前世の記憶を取り戻すまでは全然思わなかったけど……


(あの父親……苦手なのよねぇ)


 以前のエドゥイナと気が合っていたことを思えば、今の私と気が合わないのも当然。

 全く相容れる気がしない。

 そして今、父親は私が離縁のことを口に出したせいでかなり怒っているはず。

 めちゃくちゃ不機嫌で出迎えられるだろう。

 その後は確実に強い口調で叱責される。

 もしくは……


(強い気持ちでいなくちゃとは思うも、何だか身体が震え───)


「───昨日、セオドラ妃が」

「は、い? セオドラ様……?」


 突然、ライオネル様がセオドラの名を出した。

 どうしてここでセオドラが出てくるのか分からず、顔を上げた私は首を傾げる。


「エドゥイナ妃……貴女との話を終えた後でしょうか」

「……?」

「殿下の執務室にいらっしゃいました」

「え! そうでしたの!?」


 私との話って立派な妃になるように言った後のこと……よね?

 かなり、やる気を出してメラメラしていたけれど一体何をしに殿下の元へ……? と不安になる。

 ドキドキしながら続きを聞いた。


「セオドラ妃は執務室に入るなり、えっと殿下の前で……土下座ぁ⤴? とかいうあの不思議な体勢を取りまして」

「っっ!」


 グフッと吹き出してしまった。


(セオドラっっ!? 何してるの!)


「……今までの自分は殿下に甘えきっていた、ごめんなさい! といきなり反省の言葉を口にされました」

「え?」

「そして何かしら理由をつけては逃げ回っていたお妃としての教育を改めてきちんと受け直したい───と直談判されていました」

「……」


(何となくそうかもとは思っていたけど……)


 やっぱりセオドラ、お妃教育の類からは逃げていたんだ……

 殿下も甘やかしてそれで良しとしていたのだろう。


「そういうわけで、セオドラ妃は本日、朝食を終えた後から勉強が始まりましたよ」

「!」

「殿下もセオドラ妃のそんな姿に心打たれたようで、今日は文句も言わずに公務に取り掛かってくれています」


(……殿下、チョロいな!?)


 とは思ったけれど、案外そういうものなのかもしれない。

 大事な人が頑張っていたらそれを応援したいし、自分だって頑張ろうって思える。

 そうやってお互いを高めていける相手こそがパートナーとして相応しいと言えるのだと私は思う。


(……私は殿下を見ていてもそんな気持ちにはならない)


 確かにこの世界のヒロインは私なのかもしれないけれど、もう元の物語なんて関係ない。

 “ジャイルズ殿下”にとってのヒロインは私じゃない。

 やっぱり───セオドラなんだ。


「セオドラ妃をやる気にさせたのは貴女でしょう? エドゥイナ妃」

「……え?」


 ライオネル様の言葉でハッと我に返る。


「セオドラ妃はエドゥイナ様に言われた言葉で目が覚めた……と口にされました」


 そう言ったライオネル様はその後、顔をしかめた。


「…………その後に口にされていた内容は支離滅裂な言葉が多くて俺にはあまり理解出来ませんでしたが」


(セオドラ……興奮して前世の言葉でも多用したのかな)


 そんなことを考えて苦笑していたら、ライオネル様が静かに頭を下げた。

 その姿に私はギョッとする。


「ありがとうございます」

「なっ!? 頭を上げて! それはなんのお礼ですの!?」


 顔を上げたライオネル様は大真面目な顔で私の目を見つめる。

 目が合って胸がドキッとした。


「エドゥイナ妃、あなたのおかげで二人が変わるかもしれません。臣下としてこれほど喜ばしいことはありません」

「わ……わたくしは……」

「ですから、これは殿下に仕える臣下としての礼ですが?」

「くっ……」


(堅物め!)


 私はプイッと顔を逸らす。


「結構ですわよ! あなたにそんな素直に頭を下げられると……そ、そう! なんだか気持ち悪いんですもの!」

「なっ……気持ち悪い!?」

「ふんっ!」

「貴女って人はもう少し言い方というものが───」


 そのまま私とライオネル様はいつも? のような言い争いに発展。

 気がつけば震えそうになっていた身体も落ち着きを取り戻していた。

 そうしてライオネル様との言い争いを終え、息切れして疲れ切った頃、私の乗った馬車は実家の公爵家に到着した。



(ホホホ、相変わらず無駄に広くて大きい家よねぇ……)


 邸の外観を眺めながらそんなことを考える。

 さすが金と権力だけはたんまりある公爵位を持つ実家。


(いったい私を離縁させないためにいくらお金を積んだのやら……)


 私は呆れながら深いため息を吐いた。



────



 部屋の入り口に差し掛かると私は父親に向かって静かに頭を下げる。


「ご無沙汰しております、お父様。本日は大事なお話があって参りましたの」

「……」


 私の父親、クロンプトン公爵は机に頬をついてジロッとこちらを睨みつけるだけで何も答えない。

 しかし、眉間にはかなりの皺が寄っていて機嫌が悪いのは一目で分かる。

 元々、強面なのもあって威圧感が凄いのだから困っちゃう。


「お父様……」

「───エドゥイナ。お前はいったいどういうつもりだ」

 

 ようやく口を開いて言葉を発したお父様。

 その顔も声も鋭く部屋の中は一気に緊張感に包まれる。


「ですから、今日は……」

「お前は! いつからそんな愚かな娘になりさがった!」

「!」


 バンッと机を叩いて威嚇される。


「聞いたぞ? 殿下はお前が側妃として嫁いでからもあの小娘ばかり寵愛しているそうではないか」

「お父さ……」

「あんな我が家の足元にも及ばないほどのちっぽけな男爵家の令嬢に負けるとは! 恥を知れ!!」


 駄目だ。

 初手から怒りがヒートアップしていて全くこちらの話を聞こうともしない。

 仮にも正妃の座にいるセオドラのことを小娘呼ばわり。


「結婚が決まった時のお前の自信満々な言葉は何だったんだ! お前の魅力であの女から自分に殿下を夢中にさせてやると豪語していただろう!」

「……っ」


(やめてーー! それは黒歴史ーーーー!)


 かつての自分が堂々と……それも自信満々に吐いていたセリフをほじくり返されるほど辛いことは無い。

 ましてやこれは前世の記憶が戻る前の私……


「お前がこんなにも使えないバカで愚かな娘だとは思いもしなかった…………この役立たずがっ!」

「!!」


 バンッ!!

 もう一度机を強く叩き、怒りの形相のお父様は勢いよく椅子から立ち上がると私の元にズカズカとやって来る。

 そして私の目の前まで来るとブンッと思いっきり手を振り上げた。


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