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16. 幸せは自分の手で掴み取るもの

 

────


「……はぁ」


 私は深い深ーい大きなため息を吐く。


(まさか……こんな展開が待っているなんて)


「エドゥイナ様、大丈夫ですか?」

「……セオドラ様」


 声をかけられてそっと顔を上げるとセオドラが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫───じゃないわよ」

「ですよねぇ……」

 

 “素”の口調での受け答えを聞いたセオドラも苦笑した後、悲しそうに目を伏せた。

 この展開はセオドラとしても複雑な気持ちなのだろう。


(すんなり離縁出来ると思ったのに────……)


 ジャイルズ殿下からの残念なお知らせを聞いた後、殿下とライオネル様は公務があるからと執務室に戻ってしまった。

 今後どうするかはまた別の機会を設けて話すことになっている。

 残された私とセオドラは、隣室──セオドラの部屋で少し話をすることにして移動。

 今はようやく腰を落ち着けたたところ。




「エドゥイナ様───これはやっぱり“強制力”ってやつなんでしょうか?」

「え?」


 お茶のセットの用意をしてくれて自らテーブルまで運んで来たセオドラがソファに座りながらそう言った。


「強制力って……あのよくある?」


 私がゴクリと唾を飲み込むとセオドラも真顔で頷いた。


「そうです。今、私たちが生きているこの世界みたいな転生物語の中で、ネタに困った作者が便利に使っちゃうまるで言い訳のような───アレです」

「言い方ーーーー!」


 セオドラが世の中の全作者を敵に回すような発言をしているので私は慌てて止める。

 すると、セオドラはうるっと目に涙を浮かべた。


「この世界、色々と私の知っている展開とは異なってましたけど……一番の核となる部分は変わらないのかもしれません……」

「一番の核って?」

「そんなの!」


 セオドラが涙を拭って顔を上げる。


「ヒーローとヒロイン……つまりジャイルズ様とエドゥイナ様が結ばれて……私がざまぁされる展開のことですよぉぉぅーー」

「ひっ!」


 その想像したくもない展開に私は顔を引き攣らせる。


「やめて! そんなの絶対お断りですわよ!」

「私も嫌です…………」


 シュンッと落ち込むセオドラを見て私はふと思った。


「セオドラ様。そういえば、聞きそびれていたのですけど」

「何ですか?」

「セオドラ様は殿下のこと、お好きなんですの?」

「……」

「セオ……」


 私のその質問にピタッと動きを止めたセオドラ。

 そして一瞬、間を置くとボンッと一気に顔が赤くなった。


(えっ! えええ!?)


 分かりやすいくらい真っ赤なんだけど!?

 これには質問した私の方が驚いてしまう。

 そんなセオドラは真っ赤な茹でタコのような顔で叫んだ。


「エドゥイナ様! な、なななんて質問するんですかぁ!」

「え……いや、だってちゃんと確認していなかったって思いまして」

「だ、だからって! そ、そそそんなこと……聞かれたら、うぅぅ……」


 ポポポッとさらに赤くなっていくセオドラ。

 しかも、恥ずかしいのか両手で顔を覆ってしまう。


(なんだ……セオドラはちゃんと殿下のことが好きなんだ)


 セオドラはしどろもどろになりながら口を開く。


「その、えっと、……ジャイルズ様はちょっと頼りなくて不器用な所もありますけど」

「ちょっと……かしら?」


 だいぶ頼りなくない? と思ったけれどここは余計なことは言わずに黙っておく。


「優しいんですよ。こんなに鈍臭い私のことを見ても……笑ってバカにすることなんてしません……」


 セオドラがどこか遠い目をしながら語る。

 その表情を見て思った。

 前世で私が浮気されて失恋して傷ついていたように、セオドラだって嫌な思いをして傷ついた過去が沢山あるのかもしれないと。


(過去の失敗を明るく笑って話していたから気付かなかった……)


 そんなはずないのに。


「スライディング土下座だって、本当に大真面目に習得してくれたんですよ? あんな人初めてです……」

「セオドラ様……」


(別に私はスライディング土下座での謝罪を求めてはいなかったですけどね!?)


 普通で良かったのよ、普通で……

 でも。

 私はライオネル様に引っ張られた所の腕の部分にそっと触れる。

 殿下がスライディング土下座を披露したおかげでライオネル様が私のことを心配してくれていることが分かっ…………


(────ち、違う! 私ったらこんな時に何を考えてるの!)


 脳内で浮かんだライオネル様の顔を必死に打ち消して自分に叱咤してからセオドラのことを見る。

 すると、セオドラはどこからどう見ても恋する乙女のような顔をしていた。


「えっと、セオドラ様? 変なことを聞いてごめんなさいね? わたくしには殿下の良いところがあまり浮かばなかったものですから……」

「ジャイルズ様の良いところですか? あぁ、それならやっぱり一番は────ふふ」


 セオドラが頬を赤く染めたまま、とても可愛らしく微笑んだ。


「やっぱり?」

「そんなの決まっていますよ─────顔です顔!」


(…………ん?)


 ピタッと私は動きを止める。

 今、なんて?

 聞き間違えたかな? そう思っておそるおそるセオドラの顔を見る。

 すると、セオドラは目をキラキラと輝かせながら言った。


「もう、何よりあの顔ですよ!! 顔! あんなイッケメ~ンは前世じゃ絶対に拝めません!」

「イッケメ~ン……」

「顔、金、身分…………ジャイルズ様は何でも持っています! そしてなんと将来は最高権力者ですっ!」


 清々しい程の開き直り方に思わず笑ってしまう。

 その考えは、まさにざまぁされるヒドイン思考じゃない?


(でも……)


 顔だろうとなんだろうとセオドラなりに殿下のことをちゃんと想っているのなら……

 やっぱり“側妃”なんて存在はいない方がいい!


「セオドラ様!」

「へ、へいっ?」


 すっかり油断していたのかまた前世の癖が出て返事をするセオドラ。

 少々、先行きに不安はあるけれど───……


「わたくしはやはり、殿下との離縁を望みます」

「エドゥイナ様……?」

「ですから、セオドラ様。この件、あなたにも協力していただくわ!」

「え? 私が?」


 キョトンとするセオドラに向かって私はにっこり笑って大きく頷く。

 セオドラは困った顔でオロオロしながら言った。


「スライディング土下座くらいしか出来ない私に何が…………あ! エドゥイナ様のお父様に私がスライディング土下座して離縁を認めるようお願い……」

「ちがーう! 違います! そしてスライディング土下座のことは一旦、忘れなさいっっ!」

「ひぇっ!?」


 私が叱るとセオドラが小さな悲鳴を上げて小さくなった。

 油断すると土下座思考ばかりになるセオドラには気を付けないといけない。


「コホンッ……父親のことはわたくし自身がどうにかすべきこと。あなたにお願いすることではなくってよ」

「で、では? 私は何をすれば!?」

「……」


 またしてもオロオロするセオドラの肩を私はガシッとしっかりと掴む。

 そして、しっかり彼女の目を見て言った。


「あなたは……これから誰からも文句が出ないくらいの立派な妃になりなさい」

「りっぱ……な?」

「ええ」


 私は軽く微笑むと強く頷く。


「側妃なんかいなくていい、必要ない───誰もがそう思って認められる立派な妃ですわ」

「誰もが……認める……?」

「そうです」


 今のセオドラには後ろ盾と言えるものがない。

 頼れるのは殿下の愛だけ。

 その愛に甘えて溺れてお姫様のようにひたすら守られて生きる道も……あるのだろう。

 でも……


「セオドラ様、わたくしは幸せって自分の手で掴み取るものだと思っていますの」


 だから私は離縁して自由を手に入れることを諦めたくはない。


「自分の手……で? で、でも私……土下座すること以外になんの取り柄も……」

「そんなことはないでしょう? あなたには、その素直さと明るさと前向きさと……何よりガッツがありますもの」

「ガッツ……?」


 話を聞いた限りだけど、前世であれだけのことをしでかしても生きて来れたんだもの。

 相当ガッツはあると思うのよ。


「ですから、スライディング土下座に向けていたような情熱をお妃教育に向けなさい!」

「土下座への情熱……?」

「そうですわ。だって助走の長さから膝を折って滑り込むタイミング、お辞儀の角度……あなたは研究に研究を重ねて極めたのではないの?」

「……あ」

「そこまでの追求心があるあなたなら、どんなに厳しいお妃教育だって乗り越えられますわよ!」

「────!」


 かなりの無茶苦茶理論だけど何故かセオドラの心には響いたらしい。

 セオドラの目がキラッと輝いた。

 嬉しくなった私はフフッと微笑む。


「そしてこれが何より重要なのだけど───」

「な、なななんですか!」


 私はセオドラの目をじっと見つめてからフッと鼻で笑う。


「ダメダメなお妃はざまあされる確率が非常に高いけど……」

「っ! ざ、ざまぁ……」


 セオドラがピクッと震えた。


「立派なお妃がざまぁされることはなくってよ!」

「────!」


 クワッとセオドラの目が大きく見開いた。


「ざまぁ……されない?」

「ええ!(多分だけどね)」

「……」


 私が頷くとセオドラは目をキラキラさせたまま、何やらブツブツ呟き始めた。

 そんなブツブツした独り言を終えるとそのまま勢いよくガシッと手を握られた。


「───エドゥイナ様!」

「は、い?」

「分かりました! 私、エドゥイナ様の言うように────絶対に立派な妃になってみせます!」

「……」


 セオドラのやる気はメラメラ燃えていた。


(そんなにざまぁされたくないのね……)


 そう思ったけれど動機はなんでもいい。

 別に殿下への愛でもざまぁへの恐怖でも構わない。

 重要なのは、側妃なんて要らないと思ってもらえるほど正妃であるセオドラが立派に成長することだから。

 そして私のすべきことは──────……




 そして翌日。

 私はお城からの外出を申し出た。


「エドゥイナ様、外出されるんですか?」

「ええ。クロンプトン公爵家までね」


 メイドに訊ねられて私は頷く。

 クロンプトン公爵家は私の実家だ。


(出来ることならもう顔を合わせたくはなかった……でも)


 ギュッと強く拳を握りしめる。


 ────私の目的(しあわせ)を邪魔するなら父親であろうと誰であろうと排除するまでよ!


 そうして、私は父親に会いに行くことにした。



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