表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/26

15. 謝罪の理由

 

(ス、スライディング土下座ーーーー!?)


 なんで殿下がこんなことをしてんの!? と理解出来ずに硬直していると突然横からグイッと腕を引っ張られた。

 そしてその場に怒鳴り声が響く。


「殿下! 一体あなたは何をしているのですか!?」

「ラ、ライオネル……」


 殿下は土下座の体勢は崩さずにそろそろっと顔だけを上げてライオネル様を見つめる。

 そんな殿下にライオネル様はめちゃくちゃ怒っていた。

 顔も声も放つオーラも怖い。


(そりゃ、王太子ともあろう人が土下座だものね……)


 こんなことをした理由は不明だけど、王太子ともあろう人がホイホイ頭を下げるのは良くない。

 だから、主人に怒りたくなるライオネル様の気持ちはとても良く分かった。


(で? なんで私はライオネル様に腕を引っ張られたわけ?)


 そこだけ不思議に思っているとライオネル様が眉をつりあげて再び殿下に向かって怒鳴る。


「あなたは! セオドラ妃のように勢い余ってエドゥイナ妃にぶつかっていたらどうするおつもりだったのですか!」

「え!」

「ラ、ライオネル……?」


(い、今、ライオネル様(この人)なんて言った?)


 私は自分の耳を疑う。

 聞き間違いでないのなら今、ライオネル様は私のことで怒らなかった?

 チラッとライオネル様の横顔を盗み見てみる。

 彼は怒りオーラ満載の真剣な顔で、自分の主でもある殿下に楯突いていた。


「またエドゥイナ妃が転んでしまって今度こそ怪我でもしたら、どうするおつもりなんですか! 全く……!」

「ライオネル……」


(も、もしかして……)


 ライオネル様は、王太子が土下座という体勢で頭を下げたことにではなく……

 私のことを心配して……怒ってくれている、の?


「……っ!」


 そう思ったら胸がキュッと強く締め付けられた。

 ライオネル様の行動や言動には本当に調子が狂わされる。


(何それ……!)


 そんなライオネル様の横顔に思わず見惚れていると未だに地面に這いつくばっている殿下が細々とした声で言った。


「だ、だが、エドゥイナへ謝罪する際はこうするべきだ、と言われた……」

「言わ……」

「……れた?」


 誰に? と首を傾げた私とライオネル様の声が綺麗に順番に続く。

 そしてハッと気付く。


(言われた……ってまさか……)


 ───そうよ。

 なぜ、“土下座”の概念がない世界で、殿下がスライディング土下座なんてものを披露したのか。

 私に謝罪する理由は謎にしてもこの“スライディング土下座”で思い当たる人物は一人しかいない。


「うわぁ! ジャイルズ様、初めてなのに完璧です……!」


 奥からパチパチと手を叩きながら歩いてくる音がする。


「そ、そうか?」

「はい! ランディングも停止位置もお辞儀も完璧!」

「そ、そうか。だがこの体勢はなかなか足にくる……ぞ?」

「それは慣れですよ、慣れ!」

「そ、そうか……これは慣れ……るのか、くっ」


 殿下の部屋の中からひょこっと顔を出して拍手しながら殿下と和やかに会話を始めたのは……


(セオドラーーーー!!)


 やっぱりお前かぁ! と心の中で叫ぶ。

 そういえば、セオドラはスライディング土下座が十八番とか言っていた。

 なんて行動を王太子に仕込んでるのよ……! 思わずとツッコミたくなった。


「……殿下! とりあえずここは立ちあがって! 部屋に入りますよ!!」

「むっ……」


 扉の入口で王太子のこんな姿はまずいと判断したライオネル様が殿下を促す。

 言われた通りに殿下は立ち上がろうとした。

 しかし、すでに足の痺れが開始していたのか、バランスを崩して思いっきり顔をしかめた。


「ダ……ダメだ、立てそうにない。こ、この恐ろしい現象は……なんなのだ?」


(痺れだよ!)


 私は脳内ツッコミを入れる。

 慣れない正座してりゃそうなるよ。

 でも、そんなことは知らない青白い顔でプルプル震える殿下を見たライオネル様が驚きの声を上げた。


「はい? 立てなくなった……? セオドラ妃! あ、あなたはいったい殿下に何を仕込んだのですか!」

「土下座です!」

 

 セオドラが笑顔で即答する。


「どげ……?」

「ど・げ・ざ! です!」


 セオドラがにっこり笑顔を深めて説明した。

 意味が分からなかったライオネル様が思いっきり顔をしかめる。


「と、とにかく! 殿下がこのようなってしまわれたのはその、ど、どげざぁ⤴? とかいうのが原因なんですね!?」


(ど……)


 ウグッ

 吹き出しそうになって耐え切れなくなった私は口元を押さえて肩を揺らす。


(土下座ぁって何!? ライオネル様、なんで最後に語尾上げた!?)


 私が必死に笑いを堪えていると、セオドラはライオネル様に向かって淡々と答える。

 セオドラは私と違ってライオネル様の土下座の発音を気にしている様子もない。


(セオドラ……強者すぎるわよ)


「はい! ジャイルズ様はずっと私の元で土下座の特訓していたので……こればっかりは仕方がないですねぇ」

「くっ……セオドラの指導は厳しく…………そして習得するまでは長く険しい道のりだった……」


(は?)


 殿下は殿下で特訓とやらの時間を思い出したのか苦痛の表情を浮かべる。


「こんなにも身体の隅々にまで苦痛を伴うような謝罪をするのは生まれて初めてだ……あと屈辱感もすごい……」

「ジャイルズ様、最初はへったくそでしたからね。教え込むの苦労しました!」


 セオドラがやり切った感満載の得意そうな顔でえっへんと笑った。


「……さすがセオドラだ……だが、今の未熟の塊でもある私にはピッタリの罰だ」

「いえいえ、ジャイルズ様。私もとても良いものを見せていただきました」

「この立てなくなる恐ろしい現象に比べたら、これまで苦痛だった剣の修行なんて大したことはなかったと思えてくる……」


(はぁぁ!?)


 剣の修行より土下座の方がですって!?

 あと自分を未熟な塊って言ってるけどなにごと!?


 段々、脳内ツッコミが追いつかなくなって来た。


「なっ! 剣の修行より厳しい? い、今のこの体勢がですか……!?」


 ライオネル様が驚愕の表情を浮かべる。


「ああ、そうなんだ。ライオネル……よって今の私は立てそうにない……」

「そんな!」


 殿下が阿呆なことを言い出したせいでライオネル様までおかしな反応しちゃってるじゃん!

 ライオネル様は苛立ったようにギリッと唇を噛んだ。

 なんて軟弱な王子……と歯痒く思ったのかもしれな───……


「つまり、殿下とセオドラ妃は───そんなにも厳しい体勢を取って謝らなければならないほど酷いことをエドゥイナ妃にしていた……?」


(へ!?)


 私は焦った。

 阿呆の二人にのせられて堅物ライオネル様までもが変な方向に勘違いし始めてしまった。


「ああ……これは間違いないわ。エドゥイナ様! 私の使命はこの国に土下座を普及させることかもしれません……!」

「は?」


 セオドラが両手を握りしめ、目をキラキラさせながら私にそう言った。


(セオドラーーーー! 話聞いてーー! 絶対違う!)


「…………私の力が及ばず、すまない……エドゥイナ」

「は?」


 その横でガクッと項垂れる殿下。


(そもそも殿下は何に謝っているわけーーーー!? その話を聞かせて!)


「そんなにも酷いことをエドゥイナ妃に……主と言えど、さすがにそれは許せない……」

「は?」


 青白い顔で怒りのオーラを放ってプルプル震えるライオネル様。


(ライオネル様は勘違いとその殺気をしまってーーーー!)


 ……ダメだ。

 とにかくここは私がしっかりしないと……!

 カオス再び! になってしまう。

 まずは、このピーチクパーチク騒がしい彼らを───黙らせる!

 私はすうっと思いっきり息を吸い込む。


「────お黙りなさい!」


 ダンッ!


 私は素早くヒールを片足だけ脱いでからその足を上げると、そのまま思いっきり床に降ろした。

 その音と振動に三人の口と動きがピタッと止まる。

 そしてそれぞれがゆっくりと首を捻って私に視線を向けて来た。


「「「……」」」


 私はそんな三人に向かってにこりと微笑む。


「ねぇ、皆様。お話はゆっくり───中でしましょうか?」


 私は親指を立てるとクイッと殿下の部屋を指す。

 顔を引き攣らせたライオネル様とセオドラは小さく頷いた。


「あ、いや……ま、待ってくれエドゥイナ。だから私は今、足が……」

「───殿下」

「ひぃっ!?」


 ────いいから死ぬ気で這ってでもついて来い。

 私は冷たく見下ろし目だけで殿下にそう訴えた。


「エ、エドゥイナ……」


 殿下は引き攣った笑いを浮かべながら、本当にズルズルと這って部屋の中に入っていった。


────


「……はい? わたくしと殿下の離縁は認められない、ですって!?」


 殿下の部屋の中に入り、ようやく腰を落ち着けて話を聞ける体勢になった。

 そして、そこで語られた内容は私にとっては最悪のお知らせだった。

 自分の顔がどんどん青ざめていくのが分かる。


(嘘……でしょう?)


「殿下? ……これはどういうことなのですか?」

「……」


 そう訊ねるも、とにかく気まずそうに私から目を逸らす殿下。

 深いため息と共にポツリポツリと語り出す。


「エドゥイナから離縁の話をされた後、すぐに父上……陛下に話をしに行った」

「はい」


 あれから殿下はちゃんとすぐに動いてくれていたらしい。

 では、なぜ?


「だけど、返ってきた言葉は“認めない”だった」

「え……」

「私たちの離縁したいという気持ちは一致している───そう何度も食い下がった……が陛下は首を縦には振らなかった」

「何故ですの!?」


 眉をつりあげた私が前のめりで詰め寄ると殿下も悔しそうな表情を浮かべる。


「エドゥイナ。君が私を脅して婚姻を迫った時の言葉を覚えているか?」

「わたくしが……婚姻を迫った、時……?」


 そう言われて記憶を探る。

 そうだ! 転生者である記憶を思い出す前の私、エドゥイナは……


「…………セ、セオドラ様は権力も財力もない男爵家出身ですから……後ろ盾がな、いわ、と」


 殿下は無言で頷く。


「でも、わたくしなら……わたくしを側妃としてでもいいから、とにかく娶れば───」


(あなたには最高の後ろ盾が手に入りますわよ? ……だ)


 そうだった。セオドラには対抗出来ない実家の力で思いっきりねじ込んだ。

 そして、その猛アピールは殿下にだけでなく陛下にも……した。


「……エドゥイナ、さらに君はこのことを聞いているかは知らないが」

「このこと?」

「君のお父上は、私が君を側妃としてでも迎え入れてくれるなら───その見返りにと大金も積んだそうだ」

「!?」


 私は目を見開き息を呑んだ。

 それは知らない。そんな話は聞いていない。


「お、お父様……が!?」

「君が私の不興を買って早々に離縁されるのを懸念したのだろうな」

「わたくしが離縁されないよう、金を出して手を回して……いた?」


 頭の中に父親の顔が浮かぶ。

 性格の悪かったエドゥイナによく似た傲慢な性格で権力大好きな父親……


「まあ、公爵もまさかエドゥイナの方から離縁を申し出るとは考えてもいなかったとは思うが」

「……そんな」


 なんて余計なことをしやがって……と苛立つ。

 殿下も苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「エドゥイナ」

「……」

「なんであれ、私たちはすんなり離縁……というわけにはいかないようだ────」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ