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13. 要求は“離縁”です

 

(ふぅ……)


 カチャカチャとお皿の上で動くカトラリーの音だけが部屋の中に虚しく響いている。


「……」

「……」


 今、私の向かい側に座っているのはジャイルズ殿下。

 一応、私の夫。

 何故か今朝、今日は私と昼食を共にすると言った殿下はすっぽかしたりせずちゃんと時間通りに部屋にやって来た。


 ……しかし!


(ひとっことも喋らないんだけど!?)


 挨拶以降一言も喋らない。

 何が楽しくて愛し愛されてもいない夫と向かい合って無言で食事をとらないといけないの?

 殿下の行動が理解出来ない。


「……」


 私はチラッと目線だけ殿下に向ける。

 相変わらず───顔はいい。イケメンなのは認めよう。

 黙々と静かに食事を摂っている様子もさすが王子。

 所作も丁寧でとても様になっている……

 だけど───


(全っっ然、私の胸がときめかない!)


 “エドゥイナ”はこんな殿下の態度にもキャー! カッコイイですわー! と常に胸をときめかせていたけれど、“私”の心は全く動かない。


(やっぱり前世の最後の記憶────失恋のせいなのかなぁ……?)


 実は今朝、私と食事をしたいと言っていると聞いて、この世界の“物語”が本来の道筋とやらに動き出してしまったのかと思ってドキドキした。

 でも、殿下のこの様子……さすがに取り越し苦労だったみたいでホッとする。

 目の前にいる私のことなど眼中に無い感じ、殿下はこれまでと変わらず私を毛嫌いしたままだと感じる。


(でも、それならそれでこの時間は何事って話)


「───なぜ、ですの?」


 そろそろいいか、と思い私はそっと口を開いてみた。


「……なぜ?」

「はい。なぜ、本日の殿下はわたくしと食事を共にしようと思われたのです?」


 私が投げかけた疑問を聞いた殿下は食事の手を止めると顔を上げた。


(……あ)


 その表情はものすごく嫌そうで“大変不本意”なこと───そう言っている顔だった。


「…………それは」

「それは?」

「……くっ!」


 殿下はギリッと歯を食いしばり目も泳ぎまくっていて非常に言いにくそうにして躊躇っている。


(吐け! 吐くのよ! さっさと吐けぱ楽になれるわよ!)


 そう思った私は強めの声で呼びかける。


「殿下!」

「うっ……! ライオネル! ライオネルだ!!」

「っ、はい? ライオネル様?」


 なぜかここでライオネル様の名前が出てきた。

 私の胸が少しドクンッと跳ねた気がするけど──きっと気のせいだと自分に言い聞かせ続きを聞くことにする。


「ライオネルが私に言ったんだ!」

「何をです?」


 私は眉をひそめた。

 あの堅物男……いったい殿下に何を進言しやがった?


「私はもっとエドゥイナと話してみるべきだ、と!」

「───!」


(……え?)


 思ってもみなかった言葉に私は呆けて言葉を失う。


「ライオネルは! 自分と先入観を持ってエドゥイナのことを見ていたから……私にもちゃんと“今”のエドゥイナを自身の目で見るべきだ……と」

「……今の?」


 ドクンッと胸が跳ねた。

 さすがに今度のドクンッは気のせいじゃない。

 すごい勢いでバクバク鳴ってる……!


(何しちゃってるのよ……あの堅物男!)


 心配してくれるのは結構だけど、そうまでして私と殿下に結婚したままでいて欲しいのかと思ったら、今度は胸がキュッと締め付けられた。


(~~~っ、バカっ!)


「エドゥイナなんか別に今も昔も変わらんだろう! そう言ってやったら冷たい目で更にきつく縄で縛られた!!」

「……そう、ですか」

「もうギッチギチだった……本当にあいつのやることは容赦がない……!」


 そんな殿下は昨夜のことを思い出したせいなのか更に興奮し始めた。


「分かるか!? ぐるぐる巻きだぞ、ぐるぐる巻き! それなのにちゃっかり手だけは自由に動かせるように配慮していたんだぞ!」


 頭を抱えてうぁぁぁ、と唸る殿下。

 百年の恋も冷めそうなイケメンが台無しになる顔をしている。


「手だけ動かせる? ああ、書類のサインが必要ですものね」

「そうだ。おかげですごく捗った!」


(捗ったのかよ!)


 効果絶大じゃん!

 思わず脳内でツッコミを入れる。


「コホンッ…………まあ、おかげでこの後は愛しのセオドラとの時間を作れるわけだが……」

「────そうですか。それは良かったですわね」

「……」


 しれっと惚気られたので、私がサラリとそう返事をすると殿下が怪訝な表情で黙り込んだ。


「……どうされましたか?」

「いや、ライオネルの言う“変わった”はよく分かっていなかったが」


 殿下は眉間に皺を寄せたまま、顎に手を当ててマジマジと私を見てくる。


「?」

「君は以前は明らかにセオドラに対して敵意をむき出しにしていた様子だった……」

「────言ったでしょう? 妃には妃同士の話がありますの、と」


 私はやれやれと肩を竦めながら、カップを手に取ってお茶を飲む。

 すると、殿下はピクッと眉を上げてすかさず訊ねて来た。


「その言い方───まさか、セオドラと仲良くなった……のか?」

「仲良く……」


(なった、と言ってもいいわよ、ね?)


 転生仲間だし、憎めないドジっ子だし。

 私は自分が処刑台送りにされるのも嫌だけど、セオドラが処刑台送りにされるのも見たくない。

 どっちがヒロインだとかはどうでもいい。

 ただただそう思う。


「コホッ……ま、まあ、(腹を割って)彼女と話をしてみましたら案外───……」

「そうなんだ! セオドラはとってもとってもとっても可愛いだろう!?」

「!」


 殿下が急に何かのスイッチが入ったかのように前のめりになった。

 別に私、可愛いとは一言も言っていませんけど?

 幻聴が聞こえたらしい殿下の表情は嬉しそうで、セオドラのことが好き好きオーラがダダ漏れている。


「セオドラに初めて会った瞬間から私の心は───」


(うっわ、ベタ惚れのまんまじゃん……!)


「セオドラは、ちょっと抜けてるところもあるが、そこも最高で───」


 変なスイッチが入ってしまったのか、その後も殿下の殿下による殿下のためのセオドラの惚気というマシンガントークが開始した。



(……くっ、もう色んな意味でもお腹いっぱい!)


 殿下の惚気全開の話を聞きながら私はそっと自分のお腹をさする。

 食事と惚気話でもうお腹が満腹だった。

 しかし……

 ジャイルズ殿下はよほどこれまで女性との免疫がなかったのかしら?

 これは初恋に浮かれている少年みたいだ。


(だとしても……デリカシーが無さすぎでは?)


 この人は今、目の前にいるのが自分の“もう一人の妃”だってこと、すっぱりさっぱり忘れてない?

 以前の殿下を追いかけていたエドゥイナを前にしてこんな話をしようものなら、刃傷沙汰になってもおかしくない。


「……」


 “本来”ならここまで惚れ込んだセオドラの本性が実は性悪だと発覚しショックを受けていたところで、エドゥイナからの愛を知って手のひらクルクルするらしいけれど……

 確実にそのフラグはへし折れてる。

 ────それなら、切り出してもいいわよね?

 今の機会を逃したら、次にいつこの人と顔を合わせるチャンスが巡ってくるか分からないもの。

 決心した私はスゥッと息を吸い込む。


「……殿下」

「なんだ?」

「殿下のセオドラ様への深い愛、よーーく知ることが出来ましたわ」

「ああ、そうだろう? 分かってくれたなら嬉しい。とにかくセオドラは……」

「!」


(もういいって! お腹いっぱいだってば!)


 まだまだ続きそうな惚気話を慌てて私は遮る。


「ですから────わたくしは!」

「う……うん?」

「ジャイルズ殿下! あなたと離縁したいと思っております」


 私のその言葉に殿下はパチパチと目を瞬かせた。


「り?」

「離縁です」

「……りえ?」

「離縁ですわ」

「…………りえん?」

「離縁でしてよ」

「………………りえん」


(なによ、その顔……)


 殿下はポッカーンと口を開けた間抜けな顔で固まった。

 りえん……と何度も呟いては頑張って脳内変換を進めているみたいだった。


「りえん、理炎、李淵、理園、利苑、リエン……」

「……」


(気のせいかしら? “離縁”に辿り着けていないような……)


 仕方がないので言い換えることで念を押す。


「殿下! わたくしはあなたの側妃の座を降りたいのです!」

「側妃の座……り、離縁! そうか! 離縁のことか!」


 ようやく脳内理解が追いついたのか殿下はハッとして目を見開いた。


「ですから、わたくしは先程からずっとそう言っていましたわ?」

「むっ……」


 殿下はキッと厳しい顔になるとガタンッと椅子から立ち上がる。


「離縁だと!?」

「ええ」

「~~っ!? エドゥイナ! 忘れたのか!? この婚姻は君が無理やり私の側妃の座にと押しかけて来たんだぞ!?」

「忘れてはおりません」


 クワッと殿下の目が更に大きく見開く。

 そしてバンッとテーブルを強く叩いた。


「それを今更……? き、君はいったい何を企んでいるんだ!? 何が狙いだ!」

「ですからあなたと離縁したい、ですけど?」

「むっ…………あ、そ、そうか」


 ハッと我に返った殿下は先程までの勢いが一気に萎みそのまま着席する。

 そして、テーブルの上でギュッと両拳を強く握った。


「ほ、ほほほほほ本当に望んでいる、のか?」

「ええ」

「あ、ああああああああ後から、嘘でした~とは言わない、な?」

「ええ」


(語彙力低下してない?)


「ほほほほほ本当望んでますし、ああああああああ後から嘘だとも申しません」

「~~~ッッッッ」

「……」


 私は頭を抱えて吃り続ける殿下の姿を白けた目で見つめる。

 本当に色々心配になるわ、この王子。

 ライオネル様が縄を持ち出したのも納得……しちゃう。


「手続き───進めてもよろしいかしら?」

「───分かっ……た」


 コクコク頷く殿下。

 でも、その顔は少し呆けている。

 信じきれてないのかもしれない。


(話がいきなり過ぎて薄気味悪く感じているのな……)


 殿下の立場からすれば、私の方が見事な手のひらクルクルよねぇ、と苦笑する。

 とはいえ、私はこのまま離縁に向かって突き進ませてもらうけどね!


「ありがとうございます! それでは離縁、よろしくお願いしますわね、殿下!」

「あ、ああ」

「ホホホホホ、わたくしたちの離縁に乾杯ですわ!」


 カンパーイ!

 私は満面の笑顔でお茶のカップを掲げる。


「あ、ああ……?」


 私の勢いにつられて同じようにカップを掲げる殿下。

 私は乾杯しながらニンマリ微笑む。


(殿下、離縁を嫌がる様子はなかったわ……)


 ここで、変な世界の力が働かないか少しヒヤヒヤしたけどこの反応なら大丈夫そう。

 やはり殿下はセオドラ一筋のまま!


(よしよしよーし!)


 このまま……離縁の手続きをサクサク進めて私は側妃の座からは解放よ!!

 周囲には驚かれるかもしれないけれど、そもそも私は妃になってまだたったの数日。

 悪評名高い私、エドゥイナを引き止める人なんてあの堅物男のライオネル様以外にはいないはず!



 ────そう、思っていた。


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