11. ヒロインとざまぁ要員
果たしてセオドラがなんて言うのか。
私はドキドキしながらゴクリと唾を飲み込む。
(やっぱここは物語やゲームの世界……なのよね?)
「……えっとですね、それはその……こ、この世界……」
「ええ」
「う、うう……」
その先こそが知りたいのに。
セオドラは躊躇っていてその先をなかなか口にしてくれない。
(こういう場合って急かせば急かすほど喋ってくれなくなるのよね)
仕方がないので、ここはゆっくりのんびりお茶を飲んで待つことに決めた。
セオドラが淹れてくれたお茶は結構美味しい。
そんなことを考えながらお茶の入ったカップを口元に運んだ。
しかし……
「……ええっとですね……」
「……」
ゴクッ
もはや、何杯目になるかも分からないお茶を無理やり飲み込んだ後、チラッと時計を見上げる。
かれこれ五分くらい経ってない?
私はそっと自分のお腹を押さえた。
さすがにお茶で場を繋ぐのもそろそろ限界、お腹がタップタプ!
「──セオドラ様!」
「っ! へ、へい!」
「えっと、その、うう……どれも全て聞き飽きましてよ! わたくしのお腹の平和ためにも、もうこちらからズバリお聞きしますわ!」
「エ、エドゥイナ様のお腹の平和……?」
キョトンとしたセオドラの視線が私のお腹に向かったけれど無視をした。
今は説明している場合じゃない。
私はずばり訊ねる。
「この世界は前世で言うところの創作された世界───そしてあなたはその内容を知っている……という解釈でよろしくて?」
「……!」
コクコクコクと勢いよく頷くセオドラ。
素直じゃん。
最初からこうして問い詰めておけばよかったと少し後悔する。
「やはりそうでしたのね? ───では、セオドラ様! あなたこそがこの世界のヒロイ……」
「───違いますっっ!!」
(へ?)
セオドラは私の言葉に被せるほどの勢いで強く否定した。
「ちが、違うの、です。この世界のヒロインは私じゃありませんん……」
「は? ……セオドラ、様……じゃ、ない?」
「…………はい」
目を逸らして気まずそうな顔で頷くセオドラ。
私は驚きで目を丸くした。
ちょっと前世の記憶のせいで中身はやっべぇ感じのセオドラだけど、前はあんなにもヒロインヒロインしていたのに……違うだと!?
「え? じゃあ、もしかしてヒーローもあの色ボ…………んンォん! ジャイルズ殿下ではないんですの!?」
「いろぼ……? あ───いいえ! ヒーローはジャイルズ殿下、です!!」
「!」
スンッと真顔になる私。
(そこはジャイルズ殿下なんだ……)
そこに関しては色々思うことはあるけれど、そりゃ溺愛王子だものね。
どう考えてもあれはヒーロー枠よね。
ダメダメ度が酷いけど……顔もイケメンだし。
じゃあ、ヒロインは? って話になる。
「───はっ」
(ん? え? 待って?)
ふと嫌な考えが頭をよぎって私の顔がピシッと固まった。
今、ものすっっっっごく嫌な予感がした。
まさかね、と思ってセオドラを見ると、セオドラはうつむいていて表情がよく見えない。
そんなセオドラが、ポツポツ語り始める。
「…………こ、この世界は、前世で言うところ、の小説……の世界なんです」
「小説……」
乙女ゲームではなさそうな感じはしていたけれど、そっちかと納得。
では、登場人物に覚えのない私は前世で読んだことのない小説の世界の話なのだろう───……
そう分かったところで私の中で渦巻く嫌な予感は消えない。
むしろ強まった。
「コホンッ……セオドラ様、ちなみにその小説のタイトルを覚えているかしら?」
「……」
セオドラはそっと顔を上げた。
そして、目を泳がすとたどたどしく口を開く。
「タ、タイトルはですね ─── “君を愛することはない”と言った王子が────」
「う、あぁぁぁあ!? ストップ! ちょっと! いったん止め! 今すぐ口閉じて!?」
「……!」
思わずエドゥイナとしての振る舞いが全て吹っ飛び、素で叫んでセオドラの発言に待ったをかける。
その先を聞いたらいけない───これは完全に私の防衛本能が働いた結果だ。
(だって私、あの時に自分でも思ったじゃん)
ドクンッドクンッ
心臓がバクバクしてきた。
背中にも冷たい汗がスーッと流れていく。
“君を愛することはない”
本当にこんなこと言う人いるんだ!? って。
それで……
このセリフを言った奴ってほぼほぼ後半、手のひらくるくるして溺愛してくるんだから、って。
私にとっては、“これから君のことを愛しますよ”という前フリの言葉にしか聞こえない……って。
(~~~っっ)
私はおそるおそるセオドラの顔を見つめるながら訊ねた。
「ねぇ? …………まさ、か、わたくし……? この世界のヒロインはわたくし、とか言うん……じゃ」
「……」
少し間を置いたセオドラは、目を伏せながら静かに首を縦に振った。
(────ひっ!)
その瞬間、ゾワッと全身に鳥肌が立つ。
無理、無理無理無理!
そんな言葉が頭の中を駆け巡った。
そして同時にハッと気付く。
「セオドラ様! それですと、あなた! あなたの立ち位置は……まさか!」
「……」
私がそう声をかけた瞬間、うるっとセオドラが涙目になった。
それだけでもう全てが察せた。
「ご……ご想像……の通りです。私、のこの世界の立ち位置は」
(あああ……セオドラが口にするのを躊躇っていた理由が分かる)
そりゃ、こんなこと自らの口で言いたくないわよ。
私でも言いたくない……
「最終的に主人公ヒロインとヒーローにボッコボコにされる、“ざまぁ”要員ですーーーー……」
「……!!」
(やっぱりーー!)
声にならない叫びをあげて私はぐぁぁぁと頭を抱えた。
「セオドラ、はヒーロー……ジャイルズ殿下の恋人として登場する、んですけど」
「恋人、ね」
あるある!
「でも実は性悪、という本当の性格がバレてしまい……」
「実は性悪、ね」
あるある!
残念ながら今、目の前のセオドラからは性悪のしの字もさっぱり感じられないけど。
「エドゥイナ様との本物の愛に気付いて目が覚めた殿下に捨てられて……殿下に溺愛され始めたエドゥイナ様のことを妬んで──」
「あー……」
聞けば聞くほどお決まりの破滅パターンを歩んでいる……
「醜い嫉妬心からエドゥイナ様の殺害計画を立てて───最後は私の首が吹っ飛びますーーーー!」
(処刑台はセオドラだったぁーーーー!)
そう、そういうこと……
この世界は“悪役令嬢”こそが主役の世界だったわけだ。
セオドラが私に怯えていたのはそういう理由……
「……ん? 待って? そうなると今のわたくしたちのこの結婚の状態は? どういうことなんですの?」
あれ? と思って私は首を傾げた。
だって、セオドラは殿下の“恋人”として登場すると言った。
ならば、おかしくない?
私の疑問にセオドラはテーブルの上でギュッと両拳を握り締めながら答えた。
「…………この世界の主人公でありヒロインの“エドゥイナ”は殿下の婚約者……のはずなんです」
「えっ!」
「私の知っているストーリーには“正妃”も“側妃”も出て来ません……」
「えっっ!」
「だって物語は殿下とエドゥイナ様の結婚式で終わりますから……」
「ひっ!? やだ!」
思わず悲鳴をあげてしまう。
(やめて! それは勘弁!!)
想像すらもしたくない物語のエンドに私は青ざめた。
「エドゥイナ様! 私にも、何がどうしてこんなことになったのかは分かりません……」
「セオドラ様……」
セオドラ様はキッと顔を上げると勢いよく立ち上がる。
「ですが! きっと、きっと、きっと私が何かおかしなことをしでかしたに違いありません!」
「お待ちなさい! なんでそんな発想になるのです!」
私の質問にセオドラは堂々と胸を張った。
「もちろん、この私が“何をしでかすか分からない人”と昔から皆に言われてきたからです! だって私は、あの日も───……」
「落ち着きなさい! ──それは前世の話でしょう!!」
「うっ……!」
そんな意味不明なところで自慢気に胸を張ってどうするのよ!
「ですが、本来は“相思相愛”になるはずのお二人の仲を引き裂いて、ざまぁされるはずの私がちゃっかり正妃の座になんてついてしまい、この度は大変申し訳ございま……」
「土下座はお止めなさーーーーい!!」
流れるように土下座をしようとしたセオドラを私は必死で止めた。
────
ヒロインは、セオドラではなく“私”だった!?
(……なんということ)
セオドラから衝撃の事実を知らされた私は、興奮するセオドラを無理やりベッドに寝かしつけてから正妃の部屋を出る。
話したいことは他にもあったけれど互いの混乱が酷いので、今日は一旦ここまでにしようと二人で決めた。
(とりあえず、私も部屋に戻って頭の中で整理したいわぁ)
だけど、これだけは分かる。
(今、完全に元のストーリーがとち狂ってる…………!)
ここは私とジャイルズ殿下が結ばれるストーリーの世界?
あんなにも口を開けばセオドラ、セオドラとしか言っていなかった王子と!?
「無いわ~……」
(……天地がひっくり返っても有り得ない)
肩を落とした私はヨロヨロとおぼつかない足取りで廊下を歩く。
セオドラと話をする時に着いてきていたメイドたちは返しちゃったから今は一人。
「どうしよう……これから離縁の話を進めていくつもりだったのに」
ぼっちなのをいいことに私はポソッと呟く。
このまま、元ストーリーからとち狂った世界のまま突き進むならそれで良い。
離縁万歳、私としては大歓迎。
けれど、
何かの拍子に世界が本来のストーリーに戻ろうとしてしまったら?
「……っ」
そんな不吉なことを考えてしまってゾクッと寒気がした。
自分の身体をギュッと抱きしめる。
「出来る、わよね? …………離縁」
「─────エドゥイナ妃!」
そんな不安を口にした時、背後から声が飛んできた。
(ん? この声……)
この声も何も、今の私を“妃”と呼ぶのは“彼”だけだ───……
何だか胸がドキッとした。
そうして少し、変な気持ちになりながら私は振り返った。