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10. 正妃・セオドラ


(さて、邪魔者がいなくなったのは良いけれど)


 セオドラ……そろそろ、足痺れたりしないのかな?

 しかし、そもそもとして───


(なんで私が土下座されてるの?)


 私は腕を組みながら、うーんと首を傾げる。

 スライディング土下座による体当たりを謝ってくるのは分かるのだけど、そもそも何故初っ端からスライディング土下座をかまされたわけ?


(……解せぬ)


 セオドラが引きこもったことで、心配した殿下が公務を蔑ろにしたことは事実。

 だけど、それは私に向けて謝ることじゃない。

 だから、土下座して来た理由がそれじゃないことは分かる。


(なら、ジャイルズ殿下と結婚して正妃の座についていること?)


 それもセオドラが謝ることかというと違うと思うのよね。

 殿下と私──エドゥイナは婚約していたわけじゃないのだし。


「……セオドラ様」

「……!」


 声をかけると土下座したままセオドラの身体がピクッと反応する。

 自分一人でごちゃごちゃ考えても答えは出ない。

 ここはもう……

 ───とっとと吐かせよう!

 私はにこっと笑顔を浮かべて、なるべく優しい口調を心がける。


「とりあえず、顔を上げてもらえるかしら?」

「……ぅ」

「あなただっていつまでもその体勢では辛いでしょう?」

「ぃぇ………………な、慣れてまっす」

「……っ」


 私は吹き出しそうになるのを堪える。


(……ヤバい)


 セオドラ(この子)の前世がどんな人生を歩んで来たのか気になって仕方ないっ!!

 これはあれかな?

 ブラック企業にでも勤めてた??

 とはいえ、顔を上げてくれなきゃまともに話も出来ない。

 そこで、何かいい方法がないかと考えた。


(あ! さっき居酒屋の店員のような掛け声を出していたわよね?)


「……」


 ちょっと試してみるか……と思った私は息をすぅっと吸い込む。


「───生一つ!」

「へ、へぇいっ! 生一丁!!」


 ガバッとセオドラが元気よく顔を上げた。

 見事な流れるような受け答え……


「……」

「…………ぅあっ!? や、」


 私と目が合ったセオドラは、ハッと息を呑むとサーッと青ざめた。


「ふふ。ようやくあなたの顔が見れたましたわね? ────ごきげんよう、セオドラ様?」

「ひぃ……」


 セオドラは真っ青な顔で涙目になっていた。


────


「あ、あああの、こちら生ではありませんが……」

「……」


 気を取り直してセオドラの部屋に入ると、セオドラはおずおずとお茶を出して来た。

 冷静に考えると、妃……それも正妃自らお茶を淹れるってなかなかよね。

 そう思って苦笑する。

 でも、人払いは必須だったから仕方ない。

 私はカップを手に取りそのお茶を一口飲んだ。


(うん、普通に美味しいお茶!)


「ホホホ! 飲めるものなら“ここ”でもグビッとお風呂上がりに生ビールを一杯飲みたいところですわねぇ……」

「!」


 私のその言葉にセオドラがハッと息を呑む。

 そして、オロオロし始めたと思ったら慌ててうつむいてしまう。

 その様子を見ながら私は段々と心配になってくる。


(大丈夫? ……本当にヒロインパワー消えちゃってない?)


「セオドラ様。もう、面倒なので単刀直入にお聞きするわ!」


 ビクッとセオドラの身体が震える。


「あなた────転生者ね? そして出身は日本。そして、あなたのバイトだか仕事だかは───居酒屋!」

「──な、何故!? 私のバイトまでぇぇぇ!?」


 セオドラがガバッと勢いよく顔を上げて驚愕の表情で叫んだ。


(分かるわーー!)


 むしろ、同じ転生者なら分からない方がどうかしているレベル。

 ちなみにどうやらバイトだったらしい。


「うぁ……じゃなくて! えっと……その……」

「転生者よね?」

「うぁ……」

「日本よね?」

「うぁ……」

「で、スライディング土下座があなたの十八番なのね?」

「!」


 セオドラはここでようやくコクリと頷いた。

 スライディング土下座への執着心が半端ない。


「えっと……私、転生者です……エドゥイナ様もなんですよね?」

「───ええ。居酒屋では枝豆と生ビールは必ず頼んでいましたわよ」

「あ……ふふ」


 私がそう言うとセオドラは小さく笑った。

 この話題をふると少しは気が緩むのかもしれない。


「それで? セオドラ様はいつから転生者としての記憶をお持ちなんですの?」

「!」


 私からのその質問にセオドラ様がアワアワし始めた。

 すぐ挙動不審になる子ね……と呆れる。


「…………エドゥイナ様がジャイルズ殿下の側妃になられた……時、です……」

「え!」

「え?」


 私たちは顔を見合わせる。

 それほぼ、同じじゃん!!


「え? というの、は? エドゥイナ様……は?」

「わたくしは“初夜”のためにとお風呂に入っている時でしたわ」

「ええ!?」


 セオドラは驚きの表情を浮かべたあと、小さな声でポツリと呟いた。


「…………それは、色々な意味でもすごいタイミング、でした、ね……」

「ええ、そうね。ハッと気付いたら部屋中が湯気だらけでしたもの」

「湯気!」


 そんな私の言葉に小さくクスクスと笑うセオドラ。

 その顔はエドゥイナの記憶にある憎いくらいの可愛いヒロインとしての笑顔を思い出させた。

 なんだ、ちゃんと笑えるんじゃないと安心する。


(しかし、なるほど……)


 私たちは、ほぼ同じ頃に転生者としての記憶が戻っていたのか。

 それでセオドラはパニックになって混乱して引きこもり状態になった、と。

 私もそうだけれど、セオドラも前世だった頃の人格の方が強く出て来てしまったのだろう。


(愛しい人の人格がいきなり変わったんじゃ、さすがにあの色ボケ王子も驚くか……)


 ほんの少し同情はする。

 しかし、あそこまで公務を疎かにしたのはダメ。

 今頃、ライオネル様にチクチクたくさん叱られているのだろうなと想像したら私の頬が勝手に緩んだ。


「…………エ、エドゥイナ、様?」

「はっ! し、失礼……」


 急にニヤけた私を不審に感じたのかセオドラが怯えた目で私を見ている。

 私もなんで頬が緩んだのかよく分からず必死に戻した。


「コホンッ──と、とにかく! セオドラ様も前世の記憶持ち───だから、スライディング土下座が得意……などと言っていたんですのね?」


(まあ? 前世の記憶があっても私は全く得意じゃないけどね……!)


 こんなん初めて聞いたわ。

 しかし、セオドラはコクコクコクと頷く。


「失敗するなんて、思わなかったんです…………私、居酒屋のバイトで……いつも失敗が多く……て……」

「ああ、つまりバイトで失敗をして怒られた時に土下座を?」


 なるほどね。

 でも、謝るのに土下座する? と不思議に思いながら訊ねる。

 すると、セオドラはビクビク肩を震わせながらも話してくれた。


 そう───スライディング土下座、習得までの道のりを。


「……担当はホール、だったんですけど…………キッチン担当から料理を受け取っていざ運ぼうとすれば、転んで料理をぶちまけ……土下座」

「あー……」

「お客様には何分待たせるんだ! と怒られては……土下座」

「……あー……」

「ちなみに…………キッチンの床はベトベトなのでスライディングは難しいです……お気をつけ下さい……」


(するかーーーー!)


 なんでだよ!

 私は頭を手で押える。

 これまでの人生で土下座はもちろん、スライディング土下座なんてしたことないし、エドゥイナとして生きている今はもっとする予定ないから!


「ふぅ、で? 他にはどんなミスを?」

「あ、はい。そうですね……テーブルの空になったグラスとお皿を下げようとすれば…………気づくと粉々」

「粉……?」

「粉々です」

「……」


 なんでだよ!

意味が分からない!


「足が絡まりバランスを崩すたびに───お皿とグラスはよく宙に舞っていました……」

「あーー……」


(───つまり、転んだという解釈でいいの……?)


「それから───……伝票打ち間違えてお客さんから三万円多く貰っていたこともあります…………」

「ぼったくりぃぃぃ!?」

「あああ! いえ、もちろん慌てて連絡して返金をしました! …………ですが、怒り狂う幹事だったお客さんの前でも…………土下座」

「……そ、う」

「振り返れば、土下座と共に生きていた人生───でした」


 セオドラがフッと笑って遠い目をする。

 そんな人生の振り返り方をする人に初めて会ったんですけど!?


「あなた……それでよくお店をクビにならなかったですわね?」

「あ、いえ。お店は転々と……」

「……」


 よく分からないけれど、ドジっ子の域は軽く超えてることだけは理解した。

 これ以上の土下座謝罪エピソードはお腹がいっぱいになりそうだったのでそろそろ話題を変える。


「土下座に関してはもう結構でしてよ。それより何故、あなたはわたくしに謝ろうと思ったのかしら?」

「うっ!」

「あなたはジャイルズ殿下に見初められ求められて妃になった方。一方、わたくしはそんなあなたたちの間に割り込んだ、いわば──おじゃま虫ですのよ?」

「う、うう……」

「セオドラ様、あなたが謝るのはおかしな話ではなくて?」


 するとセオドラの目が盛大に泳ぎ始めた。

 見るからに汗がダラダラと滝のように流れ出した。

 あまりのヤバさにこっちもギョッとする。


(なんて言うか───コントの塊のような人ね)


「セオドラ様?」

「えっと、それは……その……こ、こここの世界が……」

「この世界?」


 私はピンッと来た。

 もしかして、セオドラはこの世界のことを知っている────!?


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