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1. 最悪の異世界転生


 少し前から何となく彼氏の様子がおかしい。

 そんな気はしていた。

 でも、私はそのことに気付かないフリをしていた──────



「────お前とはもう付き合えない。別れてくれ」


 その日、私は付き合っていた彼氏にそう言われた。


「は?」

「他に好きな人が出来たんだ」

「は??」


 この人は私にとって初めての恋人。

 ゲームだの漫画だの小説だの趣味に没頭する私に初めて出来た彼氏という存在。


(他に好きな……人って……)


 私はチラッと彼の横にいる女性に視線を向ける。

 彼の腕にはクリッとした大きな目をした小柄で可愛らしい雰囲気の子がいて、彼に腕を絡めて私のことを見てクスクスと笑っていた。


(……別れ話の場に新しい彼女を連れて来たということ?)


 あまりの無神経さへの苛立ちとショックで頭の中が混乱した。

 その後もこちらの新しい彼女は私と違って可愛いだの癒し系だの色々と言い訳めいたことを言っていたけれど、ほとんど頭に入って来なかった。


 ただ、はっきりと分かるのは浮気されていたということだけ───




「はぁ……見て見ぬふりをしようとした結果がこれとか最悪……」


(様子がおかしいと感じてはいたのに……こんなのただのバカじゃん)


 一緒にいてもスマホばっかり見ていて私の顔も見ようとしない。

 何を聞いても生返事ばかり……


「何がお前は、別に俺がいなくても趣味があるじゃん……よ!」


 彼に言われた言葉や新しい彼女の顔が頭の中をぐるぐる回る。

 そうして失恋のショックでぼんやりしながら歩いていた家までの帰り道。

 歩道橋の階段を上っていた私に向かって突然背後から声が聞こえてきた。


 ───危ない!


(え? 危ない? 何が?)


「うあっ!?」


 そう思って振り向こうとした瞬間、正面からドンッと勢いよく“何か”がぶつかって来て、自分の身体がフワッと宙に浮いたのが分かった。


(────!?)


 人にぶつかられたのだと気づくまでに少し時間がかかった。

 しかし、それが分かったところで…………もう遅い。私の身体は……


 ────あ、落ち……る。


 私は思いっきりギュッと目をつぶった。

 分かる……

 ダメだこれ、絶対にヤバいやつ───────……



✲✲✲✲✲



 あんな形で彼氏に振られてあっさり人生が終わりを迎えるなんて─────ふざけんなっ!


「……え!?」


 ハッと目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。

 いや、正確にはただの部屋じゃない。

 部屋中に湯気がモコモコしている。


(湯気……?)


「へ……? なにこれ、どういうこと?」


 慌ててキョロキョロと左右を見渡す。

 モコモコの湯気、お湯に浸かっている自分の身体。


(私、いつの間にお風呂に入ってた?)


 でも、どう見てもうちのバスタブと違う。

 こんなに広々と足なんて伸ばせない。

 それより、もだ。

 自分は歩道橋から落ちなかったっけ? と疑問に思う。


(え? よく分からないけど私、生きてるの?)


 ペタペタと顔やら身体を触ってみる。

生身の身体────そう思った時だった。


「失礼します────エドゥイナ様?」

「声が聞こえましたので。どうかされましたか?」

「え……?」


(誰!?)


 シャワーカーテンらしきものがシャッと開けられて見知らぬメイド服を着た女性が数人現れた。


(メ、メイド喫茶!? まさか私、メイド喫茶にいるの!?)


「……」


 いや待て。

 行ったことないけど、メイド喫茶は風呂入るところじゃないだろ……

 自分でそんなツッコミを入れつつ、現れたメイドさん(?)たちを浴槽の中からじっと見つめる。


「……」


 メイドさんたちは私を見てにこっと微笑んだ。


「エドゥイナ様。熱くはありませんか? お湯加減はどうですか?」


 エドゥイナ?

 って誰のこと!? どちらさん!?

 今は湯加減とか聞いてきている場合なの!?


「……????」


 状況が理解出来ず私の頭の中は、はてなマークだらけ。

 “エドゥイナ”って誰?

 だって私の名前は……


「エドゥイナ様、今夜は初夜ですからしっかり身体を磨きましょう!」

「う、ん?」


 ……待って。

 待て待て待って!

 今、この目の前にいるメイドさん、なんて言った?


(しょ……やぁ?)


「エドゥイナ様の美しさで、ぜひ殿下を虜にしてくださいませ」

「そうですわ。エドゥイナ様こそが殿下の寵愛を受けるに相応しい方ですから!」


(でんか……)


「ええ! 決してあんな見た目だけの中身が空っぽな下賎な女には負けてなどいられません」

「……?」


(ちょうあい? みためだけのなかみからっぽのおんな? げせん?)


 意味の分からない単語ばかりが飛び交う。


「????」


 この人たち、いったいなんの話をしているの?

 そもそも、ここはどこ?

 なんで歩道橋から落ちたはずの私が呑気にお風呂なんかに入っているの?

 生きてるの?

 どこも痛くないけど怪我は無かったの?


 聞きたいことはたくさんあるはずなのに上手く言葉が出できてくれない。


「エドゥイナ様! ご安心くださいませ!」

「!?」


 呆けていたら、ガシッとメイドさんその1に手を掴まれた。


「今は正妃の座は“あの女”のものですが、必ずやこの先、正妃の座もエドゥイナ様のものになる時がやって来ますから!」


 メイドさんその2もやはりガシッと私の手を掴む。


「どうか今は耐えてくださいませ。我々はエドゥイナ様の味方です!」

「ええ! 今夜が勝負ですわ!」

「……」


 せいひ? しょうぶ……

 もう、何が何だか分からない。

 しかし、このままでは、どんどん話に置いていかれてしまうことだけは分かる。

 なので、何から聞くべきかと考える。


「……」


 まずは、“エドゥイナ”という名前の人間のことから説明が欲しい。


「あ……」


 エドゥイナとは誰のことかと訊ねようと口を開きかけたその時、ズキンッと強い痛みが頭を襲った。


「……うっ!?」


(なに、これ……)


 そのまま一気に流れ込んで来たのは、

 今まさに私が誰なのかと聞こうと思っていた、“エドゥイナ”の記憶────


「エドゥイナ様!? 大丈夫ですか!?」

「突然、頭を押さえられて? どうされました!?」

「ど、どうしましょう! エドゥイナ様はこれから大事な“初夜”なのに!」


(初夜───ああ、そう……だ)


 目の前の女性たち──私付きのメイドたちが一斉にオロオロと慌て出す。


「……っ、大丈、夫」

「ですが、痛そうです!」

「エドゥイナ様!!」

「────っっ! お黙りなさい! わたくしが大丈夫と言っているでしょう!」


 私はズキズキ痛む自分の頭を押さえながらメイドたちに向かって声を荒げる。

 メイドたちはビクッと身体を震わせた。


「は、はい!」

「も、申し訳ございません……!」

「口を慎みます」

「……」


 シュンッと肩を落として静かになるメイドたち。

 私は額に手を当ててふぅ、とため息を吐く。

 ズキズキ……

 ダメだ。

 頭痛が治まってくれない。

 だけど、流れ込んでくる記憶でようやく理解した。

 これはあれだ。

 そう、あれ。

 私が大好きだった────


(…………これが、異世界転生ってやつ?)


 私はあの時、歩道橋から落ちて助からなかった。

 そしてこの“エドゥイナ”として転生……新たな人生を歩んでいた。

 そんな記憶がドバドバ流れ込んで来る。

 異世界転生って本当にあるんだ、とか。

 この世界は自分の知ってる漫画やらゲームやら小説の世界だったりするんだろうか、とか思うことはたくさん。

 でも────


(これ………………最悪だ。最悪の異世界転生だ……)


 私は……

 私の名前はエドゥイナ。

 この国の公爵令嬢で───……本日、この国の王太子でもあるジャイルズ殿下と結婚したばかり。

 新婚ホッヤホヤ!


(初夜とか言っていたのはそういうこと……)


 本来なら、そんな新婚ホヤホヤで幸せ絶頂で胸をときめかせているはずなのに。

 いや、正確にはつい今さっき記憶を取り戻すまでは浮かれていたし、胸もときめかせていた。


(……どうしよう)


 でも今なら……

 記憶を取り戻して、前世と今。

 客観的に物事を考えられるようになった今の私なら分かる。


 私、エドゥイナの現在は全然、幸せの絶頂なんかじゃない。

 だって今、このドバドバ流れ込んで来るエドゥイナの記憶が確かなら、

 私が転生したこのエドゥイナは……

 すでに相思相愛でラブラブな“正妃”のいる王太子殿下を無理やり脅して結婚を迫り承諾させ、

 とりあえずは自分を“側妃”として娶らせた。

 しかし、ゆくゆくは正妃の座を奪い取ることを虎視眈々と企んでる……


 ─────めちゃくちゃ性格悪い女!


 それがエドゥイナ……

 そして、何が最悪なのかと言うと……

 王太子殿下がそんなエドゥイナのことを毛嫌いしているということ。


 つまり、私は現時点で夫となった殿下に全くもって欠片も愛されてない、愛される要素すらない側妃に転生した─────……


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