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湿気の正体

翌朝。

 目を覚ますと、湿気は当たり前のように僕の部屋にいた。


「おはよー、春斗!」


 テーブルの上には、いつの間にか用意されたトーストと目玉焼きが並んでいる。

 僕は呆然と立ち尽くした。


「……え、ちょっと待て。これ、誰が作ったんだ?」

「私だよ!」

「いや、君は……湿気だろ? 物理的に無理だろ」

「ふふん。ほら、食べてみなよ。ちゃんと焼けてるでしょ?」


 恐る恐るかじったトーストは、こんがりと焦げ目がついて、ほんのり甘いバターの香りがした。

 ――味がする。温かい。

 夢じゃない。幻覚でもない。


「なんで……実体があるんだよ」

「それはね――」


 湿気はわざと勿体ぶって言葉を切り、瞳をきらりと光らせた。


「あなたがそう望んだから」

「僕が?」

「うん。ひとりがつらくて、でも誰にも助けを求められなくて……心の奥で『誰か』を呼んだ。その声に、私が応えたの」


 胸の奥がざわめく。

 確かに、誰かにいてほしいと、ずっと願っていた。

 でも――。


「……じゃあ、君は僕の妄想みたいなものか?」

「違うよ。妄想なら食べ物を作れないでしょ?」


 湿気はぷくっと頬をふくらませ、僕の腕をつねった。


「いって!」


 鋭い痛み。確かに、そこにいる。


「じゃあ……本当に何者なんだ?」


 問い詰めると、湿気は少し真剣な顔になった。


「私ね、人の『孤独』に寄り添う存在なんだと思う。……でも、それ以上のことは、私自身もよくわからない」

「わからないって……」

「実体を持ったのは、あなたが初めて。だから、私も自分のことを知りたいの」


 そう言って湿気は微笑む。

 けれど、その瞳の奥には、ほんの少し不安の影が揺れていた。



 学校では相変わらず、僕は誰とも話さない。

 けれど湿気は、隣でずっと見守っていた。


 彼女は見えないはずなのに、ふとした瞬間、誰かが僕を振り返る。

 まるで湿気の存在が、空気に揺らぎを生んでいるかのようだった。


 放課後。帰り道。

 湿気がぽつりとつぶやいた。


「春斗。私がどうして実体を持つようになったのか……知りたくない?」

「……知りたい」

「なら、一緒に探そうよ。あなたが私を呼んだ理由、そして――私がなぜ、この世界にいられるのか」


 その瞬間、胸の奥がざわりと震えた。

 湿気という存在は、ただの慰めじゃない。

 もっと大きな謎を抱えている。


 僕は気づいた。

 彼女の正体を知ることが、僕自身を知ることにつながるのだと。


「でも、その前にお互いの事を知らなきゃ」

「う、うんそうだね」


湿気と僕の生活が始まった。



ここまで読んでくれてありがとうございます

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