湿気の正体
翌朝。
目を覚ますと、湿気は当たり前のように僕の部屋にいた。
「おはよー、春斗!」
テーブルの上には、いつの間にか用意されたトーストと目玉焼きが並んでいる。
僕は呆然と立ち尽くした。
「……え、ちょっと待て。これ、誰が作ったんだ?」
「私だよ!」
「いや、君は……湿気だろ? 物理的に無理だろ」
「ふふん。ほら、食べてみなよ。ちゃんと焼けてるでしょ?」
恐る恐るかじったトーストは、こんがりと焦げ目がついて、ほんのり甘いバターの香りがした。
――味がする。温かい。
夢じゃない。幻覚でもない。
「なんで……実体があるんだよ」
「それはね――」
湿気はわざと勿体ぶって言葉を切り、瞳をきらりと光らせた。
「あなたがそう望んだから」
「僕が?」
「うん。ひとりがつらくて、でも誰にも助けを求められなくて……心の奥で『誰か』を呼んだ。その声に、私が応えたの」
胸の奥がざわめく。
確かに、誰かにいてほしいと、ずっと願っていた。
でも――。
「……じゃあ、君は僕の妄想みたいなものか?」
「違うよ。妄想なら食べ物を作れないでしょ?」
湿気はぷくっと頬をふくらませ、僕の腕をつねった。
「いって!」
鋭い痛み。確かに、そこにいる。
「じゃあ……本当に何者なんだ?」
問い詰めると、湿気は少し真剣な顔になった。
「私ね、人の『孤独』に寄り添う存在なんだと思う。……でも、それ以上のことは、私自身もよくわからない」
「わからないって……」
「実体を持ったのは、あなたが初めて。だから、私も自分のことを知りたいの」
そう言って湿気は微笑む。
けれど、その瞳の奥には、ほんの少し不安の影が揺れていた。
◇
学校では相変わらず、僕は誰とも話さない。
けれど湿気は、隣でずっと見守っていた。
彼女は見えないはずなのに、ふとした瞬間、誰かが僕を振り返る。
まるで湿気の存在が、空気に揺らぎを生んでいるかのようだった。
放課後。帰り道。
湿気がぽつりとつぶやいた。
「春斗。私がどうして実体を持つようになったのか……知りたくない?」
「……知りたい」
「なら、一緒に探そうよ。あなたが私を呼んだ理由、そして――私がなぜ、この世界にいられるのか」
その瞬間、胸の奥がざわりと震えた。
湿気という存在は、ただの慰めじゃない。
もっと大きな謎を抱えている。
僕は気づいた。
彼女の正体を知ることが、僕自身を知ることにつながるのだと。
「でも、その前にお互いの事を知らなきゃ」
「う、うんそうだね」
湿気と僕の生活が始まった。
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