12/17 おフィンランドですわ―
[世界史小噺]
フィンランドの女性参政権について話をしようと思う。歴史的な範囲で。ところでどこからが歴史なのだろうか。時事問題にするには遅すぎるなぁ。
少し前に解いた過去問に、ニュージーランド、オーストラリア、トルコ、フィンランド、オランダ、スイス、日本で女性参政権が導入された順番を答えよ、という問題があった。
手持ちのどの資料集にも書いてねぇよとぶっ飛ばしたくなるような問題だったが、解説を読んで一応知識だけは頭の中に入れておいた。
そのおかげで、テレビのクイズ番組で「世界初の女性参政権が導入された国は?」といった問題が出たとき、気持ちよく家族に高説を垂れることができたのは良かった。良くないか。
知恵袋で「常識問題です」とか書かれていたのを見たが、教科書一冊にしか載っていない、かつ日頃ニュースに載らない情報を常識問題と言うのはどうかと思う。
そもそも当時は「フィンランド大公国」であり、主権国家ではないのだから、これを女性参政権の導入と言ってしまうのは――と思う、というか「絶対に解けない世界史」にそう書いてあった。
自分だったらニュージーランド、オーストラリア、日本、トルコ、イギリスの女性参政権を正しく並び替えろくらいの問題にするけどなぁ。
そろそろ本題に戻るとして、フィンランド議会は1906年、ロシア帝国政府によりスウェーデン統治時代の議会に代わる形で設置された。名をエドゥスクンタ(eduskunta)と言う。
時の皇帝は、ザ・反動なニコライ2世。なぜ彼が非ロシア人にこのような譲歩を行ったのだろうか。
答えは簡単。日露戦争のせいである。啓蒙専制を行ったアレクサンドル2世がフィンランド議会の拡大を行ったところにニコライ2世が締め付けを行ったのだが、日露戦争やそれに伴うごたごた――血の日曜日事件とかへの対処で一部政策が緩和された。議会開設もその一環だと思われる。
余談だが、日露戦争って歴史的に意義のある戦争だった、というのは殊更に強調されないような気がする。そういうことを知ったのも高校生になってからだし。中学生とか小学生に教えてもしょうがないか。ならば戦争してもいいのか、となられても困る。
独立、ドイツ人の国王即位・退位や、内戦を経て「フィンランド共和国」は成立した。
ちなみに、ロシア時代と比べて女性議員は一時減少したそう。「ロシア化」を強制されたとはいえ、比較的平和な時代だったということだろうか。ただこの平和を甘受することが良いことだ、と自分は言い切ることができない。
短命国家について調べるたびに「この国家に住んでいた人々の一日と、自分の一日は等価なのだろうか」と自問します。
その結果日々を大切に生きる――ということもなくただのうのうと生きています。
現代のフィンランド議会には、オーランド諸島の自治区からも議員を1人出しているそうです。
hoi4で非武装地帯になっている北海に浮かんだあそこ。地域の旗がほぼスウェーデン。




