12/05 時事問題予想その3②――印パ衝突
あるネット記事が、「〇〇すればいいというわけではない」といった感じの見出しを載せていた。
〇〇に何を入れても意味が通りそう。「ズルい」タイトルではある。
「」を付ければいいというわけではない、みたいに。
[今日のタイトル]
今日の記述分は少な目なので、単語を羅列するのではなく、きちんと文章で書こうと思う。
ガンディーの死後、インドとパキスタンは分離独立した。
藩王国とりつぶし政策――日本で言う改易みたいなもの――を生き残った僅かな藩王も、どちらかの政府に合流した。(シッキム王国のように保護国化しただけのものもあるが)
そんな中で、ある問題が発生した。カシミール帰属問題である。(なおポーランドのカシミール大王とは関係ない)
カシミール藩王国の君主はヒンドゥー教徒であるのに対し、その人口の大半はムスリムであった。
そのため、帰属の決定を先延ばしにしていたのだが、パキスタンがしびれを切らして侵攻し、それに伴いカシミールはインドへの帰属を決定し、カシミールに加勢した。第一次印パ戦争の始まりである。
出来立てほやほやの国際連合が介入し、軍事境界線でカシミールは分割された。
それでも幾たびか衝突は重なり、それが再び臨界点を迎えたのが1965年の第二次印パ戦争である。
某有名サイトではその理由を「インドが実効支配しているジャンム=カシミールの完全統合を宣言したこと」としているが、実行に移されたのは2019年のことである。裁判所は2023年に合憲と判断した。英語版wikiにも自分が見る限りそういった記述は見当たらなかった。情報plz。
SEATO(東南アジア条約機構)とCENTO(中央条約機構)に加盟し、西側諸国からの武器支援を利用しようとしたパキスタンだったが、実質的に敗北し、国際司法裁判所の下で再び停戦した。
それから6年、今度はパキスタン領東ベンガルが独立戦争を開始した。
まあ、大体イギリスのベンガル分割令のせいだと思えばいい。
地図を見てもらえれば分かるが、そもそも東パキスタンと西パキスタンは地理的に断絶している。
いくら宗教が同じだからと言っても、これだけ離れていれば民族・文化は異なってくる。
西側の抑圧的な統治も相まって、1971年、不満が爆発したのだ。
インディラ=ガンディー(ネルーの娘。夫はパールスィーと呼ばれるゾロアスター教徒)はそれに介入し、第三次印パ戦争が始まる。
インド側が優位に戦いを進め、東ベンガルはバングラデシュとして独立した。
1998年には、両国が核実験を行った。なお、平和的核開発を目的とする実験なら、1974年にインドで「微笑むブッダ」作戦が行われている。
余裕ができたらじっくり読みたい文献:https://www.nids.mod.go.jp/publication/kiyo/pdf/bulletin_j5-1_3.pdf




